□ハニートラップ・シェアクエスト
「ええ~!? わたしもゴブろーと同じクエストに行きたい~!!」
翌早朝、冒険者ギルドの依頼ボード前にて。
前屈のような動きと共に両手を握り締めたエルザは、しかし一ミリも揺るがぬ半眼で三つ編みを躍らせながら、ズタ袋を提げたゴブろーくんを覗き込んだ。
日課のクエストチェックに来ていた冒険者たちの注目が集まる中、日向師匠の眼差しでそんな彼女と相対した彼は、やれやれと諦めを込めて丸い頭を撫でる。
「だから、オレは手っ取り早く路銀を稼がなきゃいけないんだってば。当然リスクの高い依頼を選ぶことになるんだから、キミを連れては歩けないよ」
「少しくらい危険でも平気だもん! 絶対ゴブろーの邪魔はしないから~!!」
「山菜採りに藪へ入るのとはワケが違うんだよ? 採取すらロクにこなしたこともない駆け出しに、野犬や追い剥ぎの相手が務まるとでも?」
いいから素直に町中のお手伝いをするか、近場でヨモギでも採集してなさいと、ゴブろーくんは手近に貼ってあった『薬草の納品依頼』を差し出した。
その羊皮紙とゴブろーくんの顔とを見比べたエルザは、腕を組んで頬を膨らませるとプイッとそっぽを向いてしまう。
「前のギルドもその前もず~っと草むしりしかさせてくれなかったし、もう飽きちゃったよ。わたしは農家さんじゃなくて剣士になりたいの!」
「剣士になりたいのなら、なおのこと最初に選ぶべきは“採取クエスト”だよ。野を知り、世を知り、そしてヒトを知る。冒険者目録にもそう書いてあったでしょ?」
「……」
冒険者登録を行う際の講習で覚えさせられる分厚い教本を引き合いに出されて、エルザは半眼の下で気まずげに黒目を泳がせた。
さてはちゃんと読んでなかったな。と疑惑の視線を向けたゴブろーくんは、やや力尽くで依頼書を握らせると、自分はイノシシ駆除のクエストを引き剥がす。
「とにかくキミとはここで別行動だ。そもそも、べつにパーティーを組んでたわけでもないしね。……顔を見かけたら、またご飯くらいは奢ってあげるよ」
彼女を突き放そうとツッケンドンに言い放ったゴブろーくんだったが、しゅんと肩をすぼめるエルザに良心を締め付けられ、結局はそんなフォローを入れた。
そして、逃げるように足早にカウンターへと移動すると、受付嬢が片肘を突きつつ意味深長な微笑みと共に出迎えてくれる。
「なんだい、昨日の今日でもう女の子を引っ掛けたのかい。未来の嫁さんたちが家で待ってるってのに、アンタもスミに置けないねぇ」
「茶化さないで下さい。ゴブリンと話すのを物珍しがってるだけで、数日もすれば飽きますよ。――そんなことより、あの子の面倒を頼んでもいいですか?」
依頼書を提出するフリをしながらヒソヒソと、未練がましく掲示板を眺めているエルザの横顔を盗み見ながら、ゴブろーくんは受付嬢にそんな相談をした。
一緒になって彼女の三つ編みに目を向けた受付嬢も、いっそうカウンターから身を乗り出すと井戸端会議モードで囁き返す。
「わかるわかる。この辺では見かけたことない子だけど、それにしたって“私は世間知らずのド素人です”ってオーラが全身から出てるもんねぇ」
「そっちもですけど、どちらかと言うとその、社会規範の欠落のが問題と申しますか……。もっとこう、一般常識的な範疇から教えてあげてもらえませんか?」
「はあ? 一般常識ぃ???」
かくかくしかじかと、ゴブろーくんがここまでの出来事をオブラートに包んで報告すると、受付嬢は珍獣でも見守るような顔でエルザを凝視した。
いやそれにしても、ゴブリンに人としてのモラルを問われてしまうとは。はたして彼が真面目なのか、それとも彼女がふしだらすぎるだけなのだろうか……
そこまで考えたところで、受付嬢はピン!と悪巧みを思いついたみたいな嘲笑を浮かべると、依頼書にハンコを押そうとした手でゴブろーくんに耳打ちする。
「ちょいと。なんならアンタがあの子のクエストについて行って、手取り足取り冒険者のイロハを指導してやるってのはどうだい?」
「だから冗談は止めて下さいよ。ゴブリンのオレと一緒に行動してたら、周りからどんな陰口を叩かれるか知れたもんじゃないでしょうに」
「あの子がそれを嫌がるようなら、むしろちょうど良い縁の切れ目じゃないか。稼ぎが気になるなら“引率制度”も使えるし、こっちで色をつけてあげてもいいよ」
引率制度とは、ギルドから認定を受けた熟練の冒険者が、新人の低難易度クエストに同伴してその成長をサポートするシステムだ。
これは実地訓練という側面に加え、人脈を持たぬ新入りが気軽にパーティを組めるようにするための措置である。また、熟練者側もギルドから報奨金が得られ、自らやクランの名を売ることが出来るなどの利点があるのだ。
……言わずもがな、ルーキーを毒牙にかけようと制度の悪用を目論む者も少なからずいるので、ギルドの“人選”には慎重な判断が求められるわけだが。
「その点、アンタなら十分信頼に値する“冒険者”だろうさ。あの子に懐かれてるって言うのなら尚更、これ以上ない適任だと思うけどね」
「たしかに他の冒険者にお返しするとは言いましたが、でもそれにしたって……」
取った言質を振りかざすように受付嬢がほくそ笑むと、ゴブろーくんは勘弁してくれと言いたげに肩を落とした。
冒険者である以前に、自分たちは魔族と人間であり、またそれ以前に男と女だ。
生態や美醜の基準が違いはするものの、過去にゴブリンが女性を攫って慰み者にした事例があるのも事実。たとえ教会のプロパガンダが絡まずとも、ゴブリンとは人間種に最も嫌われている魔族なのである。
そんなゴブリンの自分が、ましてやまだ年若い少女と共に行動するなど……
「――ようお嬢さん、もしかしてクエスト探しで困ってるのかい!」
などと彼が言い訳の言葉を探して視線を彷徨わせていたところに、軟派で軽薄そうな男の呼び声が聞こえてきた。
振り返れば、如何にも稼いだ日銭で酒場にたむろしていそうな軽装の冒険者集団が、依頼ボード前に佇んでいたエルザをわらわらと取り囲んで。
その先頭を取り仕切るヒョロガリバンドマンみたいな男は、彼女の胸元を卑下た眼差しで覗き見しつつ、それでも一応の外面は取り繕って微笑みかける。
「俺たちは“燃える賢竜の団”。こう見えても、ここらへんじゃあそこそこ知られた名前のクランさ。それでお嬢さんのお名前は?」
「……エルザ・リーゼンフェルト」
自らの具体的な素性はふわふわと明かさず、一方で相手の個人情報は意地でも聞き出そうとするその勢いに、エルザもキョトンとした真顔で本名を答えた。
バンドマンは馴れ馴れしく彼女の隣に回り込むと、薬草採集の依頼書を強引に奪って目を通し、それから大根役者なわざとらしさで肩を抱き寄せる。
「この依頼を受けるつもりならグッドタイミング、俺たちも今日はそっち方面に足を延ばそうと思ってたんだよ。ここで会ったのも何かの縁、俺たち全員でやっちまえばあっという間さ。どうだ、手伝ってやろうか?」
「わたしはべつに……もっと剣士っぽい仕事の方が……」
「分かるわかる!薬草採集とかクソだせぇよな! じゃあこっちのクエストなんてどうだ。貴族の檻から逃げて野生化した虎の討伐だってよぉ!!」
「……。……アレって?」
なんでこんなに苛立っているのか、彼自身よく分かっていなかったが。まさに二枚舌といった前言撤回ムーブと、ゴブリン以上に醜悪な下半身思考に、ゴブろーくんはかつてない侮蔑の表情でバンドマンを見据えていた。
そんな彼の顔を面白げに見つめた受付嬢は、一転して困ったような溜息を吐きながら、隙あらばラッキースケベを狙う彼らに眼を向ける。
「“燃える賢竜の団”。この町ではあまり活動実績がないけど、たしかに聞いた覚えのある一党だね。……でもまあ、悪名は無名に勝るって感じかねぇ」
バレなければ犯罪ではない。しかし、たとえ記録上は無事故無違反であっても、彼女の言葉と苦笑が全ての罪状を論証していた。
バンドマンとその取り巻きは、煮え切らないエルザになおも距離を詰めて。
ともすれば「いいよ☆」と頷いてしまいかねない彼女の半眼に、ゴブろーくんは焦燥感を込めて受付嬢へと振り返った。
「ええとその、ギルド内であんなの放置してて良いんですか……?」
「ご存じの通り、冒険者間の“勧誘活動”にはノータッチがギルドの原則だ。無理やり連行されるならともかく、自分でついて行ったのならそれは自己責任さ。……冒険は旅に出る前から始まっている、冒険者目録にもそう書かれてるじゃないか」
「ッ……」
受付嬢の言ってることはごもっともで、そういう清濁すらをも併せ呑んできたからこそ、今日の冒険者ギルドの発展があるのだろう。
無慈悲にハシゴを外されたゴブろーくんはぐぬぬとカウンターを見下ろし、そして、そこに広げられたままの依頼書を思い出してハッとまぶたを開いた。
「いいじゃんかよ、水も食料も全部こっち持ちなんだぜ? もしお嬢さんがそのつもりなら、こんなはした金よりも稼ぐことだって――」
「まったく、なにフラフラしてるんだよ! こっちはもう登録が終わったぞ!!」
シュバッ!と居合抜きが如き体捌きでバンドマンの腕を跳ね飛ばしながら、入れ替わるようにエルザの後ろ腰を抱き寄せたゴブろーくんが、そのままスタスタと荒くれたちのスクラムから抜け出していく。
背後でバンドマンが何かを喚いていたけれど。完全無視で建物の外へ歩み出たゴブろーくんは、徒労の溜息を吐きつつエルザの腰から手を放した。
「ゴブろー、突然どうしたの? これってどういうこと?」
「……悪いと思ったけど、キミの冒険者番号を勝手に使わせてもらったよ」
そう言ってエルザの質問を遮ったゴブろーくんは、やれやれとズタ袋を肩に提げ直すと、小脇に挟んでいた羊皮紙を彼女に見せつける。
魔法の印刷機で模写された薬草採集の依頼書と並んでもう一枚。引率制度に関する条項が書かれた紙には、二人分のサインとギルドの認印が添えられていた。
「採取クエストの指導って理由で、臨時のパーティー契約をしたんだ。これに懲りたら、キミはもう少し自分の身の振り方を……」
「ゴブろーもわたしと同じクエストに行ってくれるの!?」
剣士が云々とは何だったのか。バンドマンとは打って変わって半眼を輝かせたエルザは、頬へキスせんばかりに腕に抱きつきながら顔を近づけた。
そして故意か過失か二の腕に胸を押しつけられたゴブろーくんは、ヒュッと心停止した心臓を叩きつつ、できるだけ素早く彼女を引き剥がして間合いを離す。
「今回だけ!今回だけだからね?! ……あのさぁ。偏見や分け隔てがないのがキミの美徳ではあるけど、それでも相手のことはしっかり見ないとダメだよ。あんな怪しい連中の誘いなんて、初手でビシッと断らなきゃ!」
「え? でも、ゴブろーが助けてくれたでしょ?」
彼女を諭そうとツッケンドンに言い放ったゴブろーくんに、エルザは心の底から不思議そうな真顔で小首を傾げてみせた。
そういうことじゃなくて!とつい声を荒げかけたが。ふと違和感を覚えて視線を向けると、彼女は後ろ手を組みつつ嬉しそうなアルカイックスマイルを浮かべる。
「ゴブろーってホントに優しいよね。なんだかんだ言ってても、ちゃんとわたしのことを助けてくれるんだもん☆」
「………………!?」
まさか、同じクエストに連れて行って欲しいがために、あえてバンドマンたち相手に優柔不断な反応を見せていたのかと。
考えてみれば、魔族の自分にあれだけ即断即決を繰り返してきたエルザが、不良程度に怯む謂われなどなくて。見事彼女の術中にハメられたゴブろーくんは、いっそ清々しく自嘲しながら目元を吊り上げる。
「……今度また奢るって話、あれはやっぱり無しね」
「うんうん、分かってるって☆ それでも最後には奢ってくれるんでしょ?」
ムフーッと、それはもう前方配偶者面で両手を握り締めながら。
それじゃあレッツらゴー!と船頭を気取るエルザを追いかけ空を見上げれば、カラスの番がアホーアホーとゴブろーくんにエールを送っていた。




