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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
第〇-2冊目【それぞれの魔王様観察日記】
826/839

□鍋にシャンパンを受けながら





 とっぷり闇に沈んだ小屋の窓から、ほのかな灯かりと焚き火の煙が立ち昇る。





 ねぐらへと急ぐムクドリが煙の魚臭さに思わずバレルロールし、地上でもおこぼれを狙う山猫が鳴き声と共に瞳を輝かせる中、家の囲炉裏では串に刺されたイワナがヂリヂリと音を鳴らし炙られていた。

 そんな焼き魚たちに囲まれて、五徳の上では鉄鍋が王者を気取るようにグツグツと湯気を立たせていて。焦げた敷物に胡坐を掻いたゴブろーくんは、どこかそわそわした様子でその様を眺めつつ、ときどきチラリと下家を盗み見る。


「~~~~~☆」


 作っているのは鍋料理だというのに、なぜかコロッケとスパゲティの調理手順をまとめたオリジナルソングを口ずさみながら。

 膝立ちになって鍋を覗き込み、星と三つ編みを揺らして煮え具合を確認しているのは、長剣を背負ったままエプロンを前掛けしたエルザだった。


 赤魚の干物を筆頭に、長ネギや青菜やキノコが山と盛られた海鮮鍋。と思わせておいて、底から掬い上げた鴨肉をスープと一緒にツマミ食いしたエルザは、真顔で舌なめずりしつつ自らの腕前を自画自賛する。


「さすがわたし、カンペキな仕上がりだぜ。……ゴブろー、もう少しの辛抱だからね。食べればゴブろーもきっとペロリヤーナだよ☆」

「だからそのペロリヤーナっていったい何なの?」


 先程からちょくちょくと歌詞に雑ざって自己主張していた謎言語を引き合いに出されて、ゴブろーくんはジトッと視線を澱ませて彼女を見据えた。

 しかし、エルザは気にすることなく口元を吊り上げて鼻息をムフらせると、傘のように回転させたオタマを鍋に突っ込んで煮汁をぐるぐると掻き回す。


「……」


 “間接キス”という単語が脳裏を掠めたものの、それを口に出すほど愚かでなかったゴブろーくんは、窓枠に眼力を向けて忍び足で近づく猫を追い払った。

 それから囲炉裏に顔を戻せば、エルザが我が家のシェフを気取るように食器を置き、その上に焼けたイワナを盛り付けていく。


 ――前話の幕間にて、ゴブろーくんの下に帰還したエルザが抱えていたのは、閉店間際の商会をこじ開けて買い付けた大量の薪と食材とお酒だった。

 彼に貰った銀貨すらほとんど使い尽くして。わたしの勝手だし!と強引に押しかけ女房した彼女は、そのまま囲炉裏に火を点けて料理を始めてしまったのだ。


 途中、調味料が足りないことに気づいて管理人のお爺さんのところへ借りに行ったり、そのついでで菜園の野菜をお裾分けしてもらうなどしたけれど。

 当初のゴブろーくんの予想に反し、エルザは実にテキパキと作業を進めていた。


「そこら辺はお姉ちゃんとお母さんに鍛えてもらったからね。今日のちゃんこ鍋だって、お姉ちゃんの直伝なんだよ☆」

「キミのお姉さんって、例の“デートでは男が奢る”云々言ってたヒトだよね……」


 だいたいチャンコって何?と正直不安に駆られながらも、ゴブろーくんは彼女に取り分けてもらったお皿を受け取った。

 ゴブろーくんも魔族である以上、魚とは縁遠い生活を送っていたが。しかし香ばしく焦げた皮とふりかけられた青柚子の薫りに、喉が無意識にヨダレを飲み込む。


「お刺身とかも用意したかったんだけど、生け簀ごと運べる大規模な商隊でも来ないと海の魚は入荷しないんだって。……本当は女体盛りもしてあげたかったのに」

「それでもこんな立派なお魚を買って来てくれたんだから十分だよ! うわぁい、すごく美味しそうだなあ!!」


 女体盛りがなんたるかなど、知る由もなかったけれど。語感から危険攻撃を察知したゴブろーくんは、その突き技を寸でで避けつつ串焼きにかぶりついた。

 遠火の強火で丹念に燻されたイワナは、魚の脂と旨味をしっかり蓄えていて。ヒレの塩気とサクサク感に、彼は焼いただけの魚の味わいにまぶたを見開く。


「どうどう、上手く焼けてたかな? はい、ちゃんこもいっぱい食べてね☆」


 ゴリゴリに塩を振ったイワナとは対照的に、お椀によそわれたチャンコは塩分が薄く、赤魚と鴨の出汁が前面に出た優しい味付けだった。

 焼き目をつけた干物が磯の香りを醸し、長ネギと白ワインの甘み、そして隠し味のショウガが多国籍な具材を調えてくれる。そうして身体が炭水化物を求め始めたところに、不意打ちで現れたダンプリングが舌を喜ばせた。


「うん、お世辞抜きで美味しい。サカナって骨が気になる印象があったけど、これは全然だな。スープも焼き物も、気にせず丸ごと食べられるよ」

「そう言われると思って、念入りに火を通しておいたからね。赤魚も、見える小骨は捌くときに抜いておいたから……」


 ゴブろーくんの感想に答えつつ、エルザは焚き火に埋められていた土瓶を掘り起こす。灰を払って蓋を外せば、中から煮立った赤魚の骨酒が姿を現した。

 トドメとばかりにフォークで揺すってエキスを混ぜてから、エルザは小振りな茶碗に酒を注いで囲炉裏の縁に差し出す。


「お酒? ……サカナと煮込んだのもあるんだろうけど、不思議な淡い香りだ」

「ニホン酒だよ。お姉ちゃんが、こうすると美味しく飲めるって教えてくれたの」


 そもそも酒を温めて飲むことに馴染みのないゴブろーくんがおっかなびっくり口を付けていると、エルザが人差し指を立てて補足説明してくれた。

 言われて、これがオタク女が好んで買い漁っていた酒であることを思い出した彼は、エールや果実酒とも異なる透き通った清涼感にホウと溜息を吐き出す。


「今まで飲まず嫌いしてたけど、悪くないね。身体が芯から温まる感じがするよ」


 ゴブろーくんが食わず嫌いしていたのは魚料理も同じだった。

 地理的な事情はあれど、それ以上にまだ若い彼は、べつに肉でいいやと魚介を敬遠し続けてきて。これほど美味いのならコーデリアさんのお店で注文してみれば良かったと、己が見識の浅さに自嘲の笑みを浮かべる。


「あっ。やっと笑ってくれたね、ゴブろー☆」

「え……?」


 ようやく自らの食事を並べて正座したエルザが、頂きますと手を合わせた状態で彼に向けてはにかんだ。

 ゴブろーくんは初めて彼女が見せた感情の籠った微笑みに心を奪われ、また同時に、自分も皮肉以外の感情を滲ませていたことに驚いて口元を撫でる。


 誤魔化すように視線を戻せば、エルザはすでに真顔で串焼きにガッツいていて。

 ハムスターが如く膨らむ彼女の頬袋にガッカリと肩を落としながら、ゴブろーくんはあらためて出された料理を見渡した。


「ねぇ、ひとつ聞いてもいいかい?」

「んむっ? あらたまってどうしたの、ゴブろー?」

「夕食を作ってくれたのには感謝してるけど、でもなんでサカナだったの?」


 単純にそれが得意というだけかもしれないけれど。海産物の入手が難しいこの内陸部で、あえて魚にこだわる理由がゴブろーくんには見えてこなかった。

 その質問に半眼を瞬かせたエルザは、モフモフと顎を動かし追加の骨酒で喉を洗い流してから、何でもないことのように小首を傾げてみせる。


「魔族の領地ではお魚が全然獲れないって、お姉ちゃんに聞いてたから。ゴブろーにはわたしたちが住んでる土地の良いところ、いっぱい知ってて欲しいもん!」


 フンスッと串ごと両手を握り締めて、胸を揺らして背筋を伸ばしたエルザはそんなセリフと共に力強く頷いた。

 揺らめく焚き火を照り返す彼女としばらく見つめ合ったゴブろーくんは、足元の食事にゆっくりと視線を落としてから、かき込むようにチャンコを空にする。


「ホントにウマいよ。……おかわり、お願いしてもいいかな?」

「うっし、バンバン食べちゃってね☆」





「……まあ薄々こうなる予感はしてたけどさぁ」


 囲炉裏の灰を火箸で崩し、残った炭を陶器の壷に取り分ける。そうして炎が消え月明りだけが頼りとなった室内で、ゴブろーくんは深々と溜息を吐いた。

 部屋の隅には片付けた鍋や食器と、空の酒瓶が寄せられていて。そのまま視線を九十度旋回させれば、ふらふらと頭を揺らしてベッドに座り込んだエルザが、酒気を帯びた覚束無い手先で剣帯を外そうとしていた。


 暗くなってから宿を探すのが大変なことも、彼女が過剰な施しを嫌がる性格であることも分かってはいたけれど。

 それにしてもな状況と無防備に襟紐を解こうとするエルザの姿に、ゴブろーくんは努めて見ないフリをしつつ、自身も胸当てのベルトを外していく。


「だから飲み過ぎだって言ったんだよ。年齢はこの際さておくとしても、ゴブリンとヒュームとじゃ、アルコールの耐性からして違うんだから」

「うにぃ……。だって、ゴブろーと呑むの楽しかったんだもん……」


 ただでさえ間怠い半眼をとろんと脱力させて、ほんのりとそばかすを赤らめたエルザは、ベッドの脇に鞘入りの長剣を立て掛けた。

 そういうところもやはり本家(わたし)とは違うのだと実感しながら、ゴブろーくんは解除した武装を椅子の背もたれに乗せ、代わりにマントを手に掴む。


「オレは壁際(そっち)で寝るから、風邪を引かないように布団はしっかり掛けなよ。あと、水分補給は面倒臭がらずにしておくんだぞ」

「あはは、ゴブろーってばお兄ちゃんたちみたいだ~☆」


 ここまでの言動から予想するに、おそらく末っ子なのだろう。甘えるような口調で頬を吊り上げたエルザは、すぽーんと麻服を惜しげもなく脱ぎ捨てた。

 当然だが、緩めのスポーツブラに守られた豊満もぶるんと表へ飛び出して。ブフーッと唾を噴き出したゴブろーくんは、慌ててマントで自らの視界を覆う。


「いやいやちょっとナニやってんの?!」

「わたし寝るときは何も着ない派~。……ん、ブラジャーも脱いじゃえ」


 立て続けにごそごそと衣擦れの音が聞こえてきて、マントの向こう側の光景を想像してしまったゴブろーくんはまぶたをギュッと瞑った。

 その状態で石像のように固まっていると、脱いだ服と下着を天板に干したエルザが、雪ん子よろしく布団を全身に被って己が健全をアピールする。


「ゴブろー、やっぱりこっちで一緒に寝ない? せっかくちゃんとしたお布団があるのに、床で寝てたらもったいないよ」

「一緒に寝ません! ……あのねぇ。オレを信頼してくれるのは嬉しいけど、雄の前でそういうコトするもんじゃないぞ。間違いがあったらどうするんだよ」


 おそるおそるマントを退かしたゴブろーくんは、やれやれと嘆息しながらベッドの反対側の壁に背もたれ腰を下ろした。

 そのまま靴紐を緩めつつ彼女をねめつけると、エルザは彼の言葉がきちんと伝わっているのかも怪しい様子で、キョトンと疑問符を浮かべる。


「いくらわたしだって常識くらいあるよ? ゴブろーの前以外で、こんな破廉恥なマネするわけないじゃない」

「……。……。……! ///」

「……?」


 さもあたり前のように真顔を返されたゴブろーくんが、これまでとは違う意味で真っ赤に頬を赤らめた。

 そして、逸らすことなくジッと見つめてくる半眼に首を振ると、ゴホゴホと咳払いを連呼しつつ上体にマントを巻き直す。


「ま、またそうやってヒトをからかう! それにさっきも言ったけど、オレは故郷に許婚を待たせてるんだから、たとえ冗談でも女の子と一緒にいるのは――」

「大丈夫、わたしもべつに正妻さんたちと争うつもりはないから」


 それはもう自信満々に。言い訳がましく反論を紡いでいた彼に向かって、ムフーッと布団の下で胸を揺らしたエルザが背筋を伸ばした。

 対するゴブろーくんが理解不能な生物を畏れるように顔を起こすと、彼女は隙間から下腹部がチラ見えするのも構わずに、身を乗り出して人差し指を突き立てる。


「わたしのお姉ちゃんは言いました。『バレなきゃ犯罪じゃないんですよ』」

「――それってキミのお姉さんが大丈夫じゃないだけだと思うんだよなあ!?」


 なんかもはや彼女よりその姉の方にエルザ味を感じながら、ゴブろーくんはニヤリとアルカイックしている半眼少女に全力のツッコミを入れた。

 しかし、エルザは臆することなく「さすがのお姉ちゃんだね☆」と姉を賛美すると、置いていた長剣を引っ張り戻して抱っこするように谷間へと挟む。


「わたしが剣士を目指してるのも、お姉ちゃんの影響なんだ。お姉ちゃんみたいに強くてカッコイイ剣士に、わたしもなりたくてさ」

「エルザ……」


 ゴブろーくんの目の錯覚か。窓から射し込む月光を浴びた彼女は、儚げに神へ祈りを捧げる乙女のようであった。

 その映像に、自分も酔いが回ったかと目元を擦っていると、エルザが剣を抱いたまま興味深そうにフンスと鼻息を吹かす。


「ゴブろーは? なんで剣士になろうと思ったの?」

「オレはべつに、剣士になりたかったわけじゃなくて……」


 咄嗟にそう返答しながらも、自らの原点(オリジン)を思い出すことが出来なかった彼は、途方に暮れた表情でカーペットに視線を落とした。


 初めはただ強くありたかっただけ。両親を失った彼が第二の目標としたのが、ディアボロスフェア様の背中というだけだった。

 でも、それはすでに過去の周回の出来事で。親が生き延び、ディアボロスフェア様にも認められた現在にまで、どうして自分は剣を握ったままなのだろうか。


「オレは……。オレはたぶん、その理由を見つけるために冒険者になったんだ」


 月明りにかざした手の平を固く握り締めて、ゴブろーくんは己が魂に言い聞かせるように独り言を呟いた。

 そんな彼の決意を邪魔せぬように小さく頷き返したエルザは、長剣を脇に戻すと、ぼふんと布団を被り直してベッドの上で丸くなる。


「それじゃあ、わたしはそろそろ寝るね。おやすみ、ゴブろー」

「……ああ、おやすみない」


 布団からはみ出した三つ編みに、沸き上がる失笑を噛み殺して。

 ゴブろーくんも拳をマントの下にしまうと、片膝を立てた状態で静かに目をとじ


「――そうそう、おっぱいが恋しくなったらわたしはいつでもウェルカムだぜ☆」


「いいから早く寝なさい」


 不意打ちで起き上がりながら誘うように生乳を曝け出したエルザに対し、ゴブろーくんは『誰このジジイ』とコメントされそうな陛下顔で睡眠を促がした。





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― 新着の感想 ―
世界の人全員が美少女に見えて、自分もそう見える脳みそで生まれたかったなぁ。今更ながらゴブリンの癖に性癖に人がいるのはケモナー的な感じか?
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