表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
二冊目【テンノと私と彼女の裏設定】
68/848

□被害者なき犯罪





「ミルーエと仲直りする方法、だぁ?」





 昼食まで絶妙に時間があるものの、それでもくうくうおなかがなり始める頃。


 執務机と向かい合って面倒臭そうに決裁書の確認を行っていた魔王様は、若干呆れ気味な口調でこちらに流し目を返してきた。

 対する私は、その左手側に丸椅子を置いて踏み台にしながら、ぞんざいに放られる羊皮紙へと慣れた調子で魔王様のサインを書き込んでいく。


 ……そりゃまあ、私だって魔王様なんぞにヘルプを求めるのはどうなんだと思いはしましたよ?

 でも、なんだかんだ魔王様はあの娘の保護者なわけじゃないですか。肉親の情とまではいかなくとも、せめて機嫌が悪いときに何をプレゼントすれば媚を売れるかぐらいご存じなのではないかなあと。


「……生憎と、俺様はオマエほどせせこましく生きてないもんでな」


 ぬう、なんて役に立たない魔王様だ。


 私は逆ギレ的に頬を膨らませつつ親指をぺろりと舐めると、取り出した封筒を開いて念入りに折り畳んだ書類を突っ込んだ。

 そこへ脇で灯していた赤蝋燭を垂らし、軍旗(赤々と燃える漆黒の魔獣)が描かれたハンコでスタンプしてから、足元に置いておいた回収箱にポイ捨てする。


 じゃあ、もういっそのこと好きな食べ物とか好みの小物とか、その程度の雑なプロフで構いませんからとにかくナニカ思い出して下さいな。

 私が知ってるコトと言えば、意外とミーハーかつお手製のコスプレ衣装をヒトに着せるのが趣味ってくらいで。……それ以外の自分に関するシークレット・ガーデンを、あの娘は何一つ私に教えてくれないんですもん。


「んなこと、それこそ俺の責任じゃねーだろうが。そうだなぁ、好きな食いもんと言えばやっぱり肉か? 生の鶏肉とか、よく目を輝かせてパクついてやがるし」


 えっ、なにそれ超見たい! 目を輝かせながら美味しそうにご飯を食べてるミルーエたんの姿は、きっと絶対間違いなくカワイイと思います!!

 ……そのとき口に入っているのがドリップ滴る生肉だとか、鶏肉好きってそれ微妙に共食いなんじゃね?とか、ささやかな懸念点はいくつもございますが。


 今更ながらに考えてみれば、あの娘が食事をしている場面すらロクに見たこともないのだと、私は羽根ペンで頬を撫でながら身体を起こした。

 そんな私の三つ編みに目を留めた魔王様は、嗤いを噛み殺すように口元を吊り上げると、滲んだインクで台無しになった公文書をこちらに突き出す。


「なんか隠し事してるアイツが悪いみたいな雰囲気出してやがるが、逆にオマエはどうなんだよ。オマエだって、肝心なことは誰にも話してないんじゃないのか?」


 ……


 魔王様に図星を突かれて、私は誤魔化すようにプイッと半眼を逸らしながら、受け取った羊皮紙の表面を苛立ちを込めてゴリゴリとヤスった。

 それを見て小気味良く喉を鳴らした魔王様は、積まれた書類から新しい用紙を一枚摘まむと、よほど興味がなかったのか横流し同然にこちらへ投げて寄越す。


「ま、ようするにそういう知ったかぶりな態度が、一番ミルーエをイラつかせてるんだと思うぜ。喧嘩がどうこう言う前に、まずは我が振りを直すこったな」


 魔王様のその訓告は聖剣からも指摘されたことだった。

 ぐうの音も出せない私は、押し黙ったまま削りカスや石灰の粉を羽根部分で払い落として。しかし、結局は沈黙に耐え切れなくなって魔王様を睨みつける。


 ……魔王様の仰る通りだとして、ではあの娘になんて謝るのが正解なんですか?

 ……私はただキミともっと仲良くなりたいだけなんだって、たったそれだけの告白を、どう説明すればミルーエに信じてもらえるって言うんですか。


「そんなの俺様が知るかよ。どうせ俺は脳筋なんだろ? だったら、そのお上品な脳みそを使って、せいぜい自力で考えてみやがれってんだ」


 魔王様のいけずー!


 修正作業の終わった羊皮紙を突き返すと、魔王様はそれでパタパタと顔を仰ぎながら、ニヤリと意地悪小僧のような嘲笑を浮かべた。

 苛立ち混じりに投げられていた用紙を引っ掴んだ私は、魔王様に似せた文体で丁重なお断りの言葉を殴り書き、そして再び蝋付けと捺印を済ませてから回収箱へ叩き込む。


 ……。……まおーさまー。

「……。……ワインだ」


 思い屈した私が幼児退行と共に破れかぶれな涙目を向けると、魔王様はやれやれと溜息を溢しながらこちらを睨み返した。

 その思わぬ返答に「ふぇっ?」と呆けた顔を持ち上げる私と入れ替えに、別な書類へと視線を逃がした魔王様が、頬杖を突きつつ舌打ちを鳴らす。


「アイツは肉も好きだが、それ以上に変わった酒が大好物でな。どの銘柄がどうとかまでは覚えてないけど、エリーなら詳しく知ってるんじゃないか?」


 魔王様……


 実に投げやりな口調ながらも、私とミルーエの友情を憂いてのご配慮に、私はキュンと頬を染めつつ魔王様の横顔を見つめた。

 それを自覚した私はえほんえほんと咳払いで胸のつかえを除き、それからそわそわと前髪を整えると、とっておきのヒロイン顔で三つ編みをモジらせる。


 えっと、それでは、この情報のお礼は私のカラダでと言うことで……


「頼まれたって要らねぇよ、そんなもん。ってか、いったいなんの嫌がらせだ?」


 キャッ☆と頬を押さえてぶりっ子する私に、魔王様から返却されたのは、わりとガチめなドン引きと嫌悪の眼差しだった。

 せっかくヒトが放った渾身の冗談をひとかけらも解さない文字通りの露骨な反応に、私はぷくーっと頬を膨らませつつ乱れたペン先を雑紙で整える。


 なんですか、まったくもう。年頃の乙女に対してなんと失礼な。

 だったらむしろ教えて下さいよ。魔王様の好みの女性像ってやつをよお。


「なんでオマエの方がキレてんだよ……。そうだなぁ。雌の好みとかあんまり真面目に考えたことなかったが、あえて言うなら俺より大きくて毛並みが綺麗で牙が整ってて、そんでついでに尻のデカイ雌だったら言うことないな」


 いや本能に忠実過ぎんだろうが、この魔王様。前提条件がウルファン限定すぎると言うか、どーせ私には背丈も毛皮も牙も尻もねえよコンチクショウ。

 ……というか、なんで私はこんなどうでもいい雑談で精神にダメージを負ってるんだ? その現実の方が地味にショックなんだが、どうした私のゾンビメンタル。


『――盛り上がってるとこ申し訳ないんだけど。ちょっといいかい、お二人さん』


 苛立ちを込めて墨壺にインクを補充していると、ここまでだんまりを貫いていた背中の聖剣が唐突に声を発した。

 それを耳にした魔王様と私は同時に作業の手を止め、そして、仲良く首を傾げ合ってから柄頭に視線を向ける。


「んだよ、どうした聖剣?」

 そうそう、何の用だい?


『なんっつーか、もう少し早い段階でツッコミを入れておけばこんな事態にはならなかったんじゃないかって思うから、言いづらいところがあるんだけどさ』


「……?」

 ……?


 持って回った言い回しに、魔王様と私が疑問符を浮かべた。

 一旦嘆息混じりに目玉を閉じた聖剣は、面倒臭そうにゆっくり柄頭を開く。


『なんでナチュラルに魔王の仕事を手伝ってんの、マスター?』


 ……

 …………

 ………………?????


 それこそコイツの言わんとしていることが欠片も理解できなくて、私は怪訝に眉をひそめながら聖剣を睨みつけた。

 半眼を向ければ、魔王様も私と全く同じ表情をしていて。私たちは仕方なさげに溜息を漏らすと、幼児の戯言に付き合う感覚で聖剣に向き直る。


 大丈夫か、聖剣。とうとう思考回路がショート寸前になっちゃったのかい?

「そうだぞ、聖剣。コイツに仕事を手伝わせんのになんか文句でもあんのか?」


『どんだけ察しが悪いんだよ、この勇者と魔王?! むしろどんだけ仲が良すぎるんだよ、この勇者と魔王は!?』


 聖剣は限界を超えて瞳を見開くと、そこから唾まで噴き出しそうな勢いで八兵衛声を張り上げた。

 その声量を後頭部で受け止めた私は、心底うざったそうに眉間に皺をよせつつ、あーあーハイハイと耳の穴をかっぽじる。


 ホント鬱陶しい駄聖剣だな、おまえは。

 魔王様の忠実なペットたるこの私が、魔王様のお仕事を手伝ったからって何の問題になるって言うんだよ。


「……忠実なペット?」


 どうしてか、魔王様が真顔で問い直してきたけれど。フンスと鼻息を吹かして貧乳を張ってみせる私に、聖剣がくたびれた様子で柄頭をジトらせる。


『いや魔族の行政に人間が携わるとか、どう考えても問題しかないじゃん。なんで目安箱が誕生することになったのか、今一度その胸に手を当てて考えてみようぜ』


 まったくお堅い聖剣だね。そんなおまえに、先人が残した名言を授けよう。


 ……バレなきゃ犯罪じゃないんですよ。


『一丁前に愚行権を振りかざす暇があったら、ソクラテスの勉強もしてくれませんかねぇ。そのテンプレ詭弁ってば、二千年以上昔からご丁寧に全否定されてるんだからな。だいたい、こんなところがあの智将にバレたら――』

「魔王様、少々よろしいですか?」


 トントントンと。タイミングを計ったように執務室のドアがノックされると、とてもよく聞き慣れた美声が尋ねてきた。

 それを耳にした私は瞬時に筆記用具を片付けつつ机の前で腕立て伏せを開始し、魔王様も私に任せていた書類を自分の手元へと手繰り寄せる。


「……人間、貴様またここに居たのか」


 魔王様の許可を得てガチャリと扉を開いたガルトライオ様は、私の姿を見るなりモノクルの奥の蛇眼を不満げに細めた。

 それを受けて、私もふっふっとリズミカルに身体を上下させながら、ボディビルな笑顔で振り向きながら三つ編みを揺らし返す。


 これはどうも、ガルトライオ様。私はただ魔王様の御前で日課のストリート・ワークアウトをこなしているだけですので、どうぞお気になさらずに☆


「目の前でそんなことをされて気にしない魔族がいるものか。魔王様の仕事の邪魔になるのだから、次からは他の場所でやれ」

「べつに俺はかまわないぜ? 隠れてやったフリされるよりは全然マシだしな」


 ガルトライオ様がこちらを見つめる視線に殺気を込めると、すかさず魔王様がフォローするように嘲笑った。

 そんな魔王様を物言いたげな表情で見据えたガルトライオ様は、しかし結局何を反論するでもなく、持っていた紙束を机に提出する。


「先日お話ししていた決裁の書面が届きましたのでお持ちしました。こちらは急ぎになりますので、最優先での確認をお願いします」

「ああ、そうかい。ごくろうさん、任されたぜ」

「……」


 二つ返事で紙を受け取る魔王様をスルーして、ガルトライオ様が見つめていたのは、私が先ほど陣取っていた机のスペースだった。

 そこに残された不自然なインク汚れや羊皮紙の削りカスに目を留めたガルトライオ様は、腕立てを続ける私の背中に振り返りつつ口を開く。


「……ときに魔王様? 最近は随分と早く仕事を済ませられているようですが、何か心境の変化でもあったのですか?」

「なんだよ、その言いざまは。俺様はいつだって真面目に仕事してるだろうに」

「……誤字脱字や計算間違いも、だいぶ少なくなられたように感じますが」

「てめぇ、俺様がきっちり仕事するのになんか不満でもあんのか?」


 疑惑の眼差しで訝しんでみせる白蛇紳士に、魔王様も“支配者の威厳(ディグニティ・オブ・ドミネーター)”をバリバリに放出しながらケンカ腰に睨み返した。

 そんな一触即発の空気の中、何も出来ることのない私は、筋肉の神様に祈りつつただひたすらに腕立て伏せを繰り返すしかなくて。


「……今の書類、どうか今日中に提出をお願いしますね」


 最終的に折れたのはガルトライオ様の方だった。


 諦めるようにモノクルを弄って溜息を堪えた彼は、魔王様に向き直って深々と一礼すると、そのまま踵を返して部屋から立ち去っていく。


「おい人間、それが終わったらあそこの椅子も忘れずに片づけておけよ。――せいぜい、魔王様の“()()()”にならんようにな!!」


 バシーン!と。わざわざ私の心臓に言葉のナイフを突き刺してから、ガルトライオ様は思いっきり叩きつけるように執務室の扉を閉めた。

 その反動と余韻が完全に静まるのを待って、聖剣が恐るおそる柄頭を開く。


『あー。どうやら、智将殿にはとうの昔にバレてたみたいだな……』


 否、こういうときは発想を逆転させるんだよ

 ……ガルトライオ様に黙認を取り付けさせてやったぜと考えるのさ☆


『マスターのそのポジティブシンキング、いったいどこで購入できるの?』

「……本当にせせこましく生きてる小動物なんだな、おまえって奴は」


 勝気な笑みを浮かべて腕立てる私に、聖剣が言葉もなさげに閉口して。

 魔王様も呆れた口調で肩を竦めて羊皮紙を放り投げると、ガルトライオ様に同情するような表情で頬杖を突き直すのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ