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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
二冊目【テンノと私と彼女の裏設定】
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□私の知らないわたしの素顔





 ――待ってましたっ!!





 勢い任せに布団を蹴飛ばして跳ね起きた私は、邪魔なツインテールを振り払いながら一目散に机へと縋りついた。

 その上には、事前に用意しておいたメモ帳代わりの羊皮紙の切れ端が、羽根ペンとインク壺もセットで置かれていて。ネグリジェの裾を捲って椅子に座るのもそこそこに、私は壷のフタ石を外してペン先を突き入れる。


 空の彼方へまで自在に飛び出せるようになった、遥か遠い未来の時代。


 意志を持つように動く機械人形。それらを乗せた巨大な鉄船。星まで呑み込むサイズの要塞。それすら破壊する恐ろしい爆弾。

 飛び交う閃光。光の矢を弾く物理の御業。暗い海を彩る数多の爆発。超軽量化、ぶっ飛ぶマシン、まっ白け――いやタンマ、思考が逸れたのでちょい修正。


 マスケットとは違う超連射式の小筒、背中から火を噴き天翔けるフルプレート、何度死のうと生き返り続ける私。

 ……そして、そんな私の最期を看取った“ランドルギア”という名前のナニカ。


 よし、まだ忘れてない! ちゃんと思い出すことができて偉いぞ私!!


 ガッツポーズを作りながら窓へ振り返れば、まだ朝日の影しか見えない時間帯。

 直前まで垣間見ていた夢の内容を箇条書きに書き留めた私は、羽根ペンをスタンドに戻すと、傑作が刻まれた羊皮紙を射し込む淡い暁光に透かしてみた。


 薄暗闇で手元が見づらく、おまけに寝惚け眼で書き殴ったせいでだいぶ読みにくくはあったけれど。でも、脚本の大筋は十分に読み取れる。

 自分でも意味が曖昧なままに記された単語の羅列。しかしそれらを手元に己が記憶を掘り返せば、霞の向こうに消えた夢の残滓が、しっかりとした物語となって脳裏に蘇って来るようだった。


 逸る気持ちを落ち着けつつ羊皮紙を机に戻した私は、現実を確かめるように自分の手の平を見下ろしてひとりごちる。


 ヒのフのミと、あれからわずか三日で“アタリ”が引けたわけで。思っていたよりも早く“次の機会”がやって来たのは僥倖だった。

 もしかすると私が忘れてしまっているだけで、実は頻繁にこういう夢を見ていたのか? いや、末恐ろしくなるのでその可能性は考えないようにしておこう。


 ……とにかく第一フェーズの『ゆめにっき作戦』はこれにてひとまず完遂だ。

 となれば、ここは間髪入れずに第二フェーズへとクイーンを進めるとしようか。


 そうほくそ笑んだ私は、ベッドに立て掛けてあった聖剣へと半眼を向けた。

 剣帯に収められたままの小煩い柄頭も、今は眠るように閉じられていて。そんな彼に手をかざした私は、近頃ようやく身に馴染んできた“スキル”を発動する。


 ……“招聘(アポート)”


 ズクンと胸に疼きが走り、直後に緑色の光に分解された聖剣が私の右手で再構成された。それと同時に、家主を失った剣帯がバサリと音を立てて床に崩れる。


『ん~? なんだよマスター、まだ夜も明けきってないじゃないか……』


 まぶたをもにょもにょ擦るように。私が逆手持ちにした刺激で目を覚ました聖剣が、休日早朝に叩き起こされた中年オヤジみたいな口調でボヤいた。

 それからキョロキョロと目玉を回転させると、私たちが座っている場所に疑問符を浮かべてこちらへ焦点を戻す。


 ……というか、前からの疑問ではあったんだけどさあ。

 ……おまえって剣のクセして、わざわざ眠る必要なんてあるのか?


『それって聖剣差別だぞー? オレっちだって起きてれば疲れるし、睡眠で整頓したい記憶もあるんだよ。――で、そんな格好のままで何やってたんだ?』


 背伸びをする人間よろしくギューッと柄頭に力を籠めた聖剣が、ぱっちりと瞳を開いてこちらを見つめてきた。

 そんな剣身を机の上に寝かせた私は、口元を隠すように羊皮紙を手に取ると、どこぞの魔王様よろしくニヤリと頬を吊り上げる。


 ちょいと良からぬことを企んでましてね。おまえにも協力をお願いしたいのさ。


『マスターの方からオレっちにお願いだなんて珍しい。ひょっとして今日は雪でも降るんじゃないかー? ……それくらい重要な話をオレっちに頼みたいと?』


 茶化すように柄を奮わせた聖剣が、途端に真面目な表情でこちらを見据えた。

 対する私も神妙な顔で彼に頷き返すと、しかし、冗談めかせて人差し指を唇に添えつつツインテールを振るってみせる。


 なあに簡単なことさ。おまえみたいな駄聖剣にだってできる、簡単なお仕事だ。

 ――私はこれから夢の登場人物になりきってみせるから、もしそいつに人格が乗っ取られそうになってたら、全力でこっちに引き戻してちょうだいな。


『……。…………。………………はい?』


 それじゃあよろしく哀愁ー☆


『ちょっ、マスターたんまタンマ!? もうちょっと具体的な説明を――』





――――――――――

 私は研究所で生み出された、いわゆるデザイナーベビーだった。


 生みの親や育ての親はいたが、その人たちもただの一研究員に過ぎず、血液とタンパク質以上の繋がりは存在しない。

 基礎性能の向上と戦闘意欲の制御、そして度重なるクローン処理に耐えうるだけの精神構造の構築。つまるところ、当時運用が加速していた“クローン傭兵”の素体を作るための研究成果が、この私である。


 もちろん、そのような非人道的行為が内外から批判されないわけもなくて。

 ほどなくして研究所は小惑星ごと消失し、奇跡的に脱出できた“兄弟たち”と私は、この激動の宇宙を散り散りに彷徨うこととなった。


 自分で語るのも恥ずかしい話ではあるが、研究所時代の私は本当に夢見がちな少女だったと記憶している。


 様々な人体実験を受ける傍らで、漫画やアニメのデータを盗み見ては、そこに登場するヒーローと自らを重ね合わせていた。

 そんな夢を抱いた子供が、放浪と成長の果てに“クローン傭兵”という本来あるべき鞘へ戻ってしまったのは、なんとも皮肉な顛末なのかもしれない。


 ――“私”はいったい何番目の私だったのだろうか。


 ある日降り立った戦場で。発掘中だった古代宇宙文明の遺跡の中で。

 私は“ランドルギア”を自称する、不思議なレーシングバイクと邂逅した。


 こんな端的すぎる説明では何を言っているのか分からないかもしれないけど、私は実際に宇宙の片隅で出会ったのである。

 とてもつい最近掘り起こされたとは遺失物とは思えない、やけに目立つ白銀のスポーツタイプオートバイに。しかも、それはあたり前のように喋ったのだ。


 そしてそのバイクは、私にあるお願いをしてきた。

 『宇宙消滅の危機が迫っている。キミに世界を救って欲しい』と。


 いくらかつて夢見る少女だったとしても、さすがにそんな荒唐無稽な話を信じるほどバカではない。最初の最初は、私も普通に彼の言葉を笑い飛ばして。

 しかし運命というものなのだろう。次々と巻き起こるホットスタートな事態に流されて、私は気が付けばそのバイクに跨り宇宙を駆け巡るハメに陥っていた。


 どれほど旅を続けたのか。何年と掛けた小説数十冊分に渡る大冒険のようにも、1クールアニメにすら満たない数ヶ月程度の小旅行にも感じて。


 そうしてとうとう宇宙の中心に到達した私は、暴走する遺跡のジェネレータを停止させるために、ランドルギアと共に炉の中へと飛び込んだ。

 音も生まれないネガポジが反転した世界で、崩壊するパワードスーツと溶けていく身体を必死に前進させて。なんとか制御端末に接触した私は、ランドルギアを自爆させることでその旅に終止符を打ったのである。


 大昔に原初の私が夢想していた、儚くも色褪せない英雄譚を思い返しながら。

 並行宇宙の彼方に生まれるという“次の私”へと想いを馳せながら。


 ……

 ……

 ……


 もう分かったでしょう? 貴女だって、本当は勘づいているのでしょう?

 これはもうアナタだけの物語じゃない。これは()()()()物語でもあるのだから。


〈そうでしょう? ねえ、()()()()()()――〉

――――――――――





『マスター!? おい、しっかりしろマスター!!』


 どうわぁああっ?!


 どっしーん!と。金縛りから突然解き放たれるように、聖剣の呼び声に三つ編みを痙攣させた私は、その反動で見事に椅子からズリ落ちる。

 時間差で舞い降りた羊皮紙を頭上に乗せながら、痛む尻を擦りつつ半眼を瞬かせれば、私が尻餅をついていたのは少しだけ明るさを増した己の自室であった。


『……大丈夫か、マスター?』


 えっと、まあうん、ケツがクッソ痛いことを除けば元気ハツラツだよ……


 今度試す機会があるとしたらベッドの上でやろう。そう心に誓いを立てながら、私はヨロヨロと起き上がって机に座り直した。

 そんな痴態を目にした聖剣が、ほっと胸を撫で下ろすように見つめ返して。ぶんぶんと頭を振って自分の経歴を再確認した私は、あらためて聖剣に問いかける。


 とりあえず現状報告してもらえるかな。……私は今、どんな感じになってた?


『どんな感じと言われてもなぁ。ぼんやり考えこんでると思ったら、いきなり戦々恐々とした顔で目を見開いたから、絶対これは異常事態に違いないと……』


 私の半眼が見開かれるのってそこまで異常事態かなあ?!


『素直に答えただけなのにこの仕打ちィ!?』


 デリカシーのない柄頭に向かって右肘を押しつけて全体重を押しつけると、聖剣が誠に遺憾であるとくぐもった悲鳴を発した。

 ……まあ、ショートコントはさておいて。なんにしても実験は大成功ということでいいだろうと、私は上体を戻して頭の羊皮紙を卓上に戻す。


『いや、一人で納得してないでオレっちにも詳しく説明してくれよ。マスターのやろうとしてることが、オレっち全く理解できてないんだが』


 ――コンコンコン、と。


 ではおまえの質問に答えてやろうと指を立てたところで、会話の腰を折るように部屋の扉が丁寧にノックされた。

 そういえばそろそろミルーエがモーニングコールに来る時刻だったかと、私は回答を一旦保留し、彼女を出迎えにドアの方へと足を運ぶ。


 おはようミルーエたん! いやあホントにグットタイミングだよ☆

 実は四天王たる大魔導師ロスケ様にお願いしたいことがあるんだけど……


「エルザ様、おはようございますー」


 ……。……スーさん?


 意気揚々と扉を開ける私の眼前に立っていたのは、釣りバカコンビの片割れにしてミルーエの同僚であるメイドのスラリンさんだった。

 その半透明の笑顔にあれ?と疑問符を浮かべていると、彼女は頭部のコアを回転させながら眉をしかめて頭を下げる。


「突然申し訳ありませーん。ミルーエちゃんからの要請を受けまして、今日からウチがエルザ様のお世話役を代行させて頂きますー」

『……それまたずいぶんと急だな。……あのハピオン、どうかしたのか?』

「ウチからはなんとも言えませんが。でも最近ずーっと“夜更かし”してたみたいですからねー? 繁殖期が落ち着いて、イロイロ思うところができたのではー?」

『……おい、マスター?』


 ニッコリと意味深かつ生暖かい微笑みを浮かべて顔を上げるスーさんに、聖剣が完全に疑いの眼差しをこちらにかざした。

 一方の私はゲホゲホとわざとらしい咳で気まずさを誤魔化すと、ミルーエが最後に登場してから今日までの幕間で起こったアバンチュールを思い出す。


 いやね? 正直に告白すると、あれからなんだかんだ、発情中のミルーエのお相手を務めてあげてたわけなんだけどさあ……

 あまりにも打てば響く童帝ボディだったもんで、私もついやりすぎたと申しますか、調子に乗ってあの娘のプライドをヘシ折っちゃってたかもなあって……


 てへぺろ☆ (・ω<)


『オレっちに腕が生えてたらあいつの代わりに殴ってた』

「何にしても早めに謝っておいた方がよろしいかと思いますよー? あの子ああ見えて頑固者ですから、下手に長引くといっそう意固地になっちゃうかもー」


 深刻そうな口調とは裏腹に、どこか現状を愉しむようにスーさんがはにかんで。

 そんな彼女の助言にゴフリと自責の念を吐血していると、そんな私たちの様子を見比べた聖剣も、柄頭をジトらせつつこれ見よがしな嘆息を吐いてみせる。


『オレっちのデリカシーを問う前に、マスターもその後先考えず調子に乗っちまう性格を改めた方がいいと思うぜ? あいつが大事な友達だってんなら尚更な』


 ……そだね、全面的におまえの言う通りだよ。


 どこか愉快気に瞳を細める聖剣に、私は力なく頷きながら、八つ当たりのデコピンをお見舞いしてやるのだった。





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