□続・超自我問答
「――イヤよ」
気を取り直して、それではミルーエが愛飲するワインの銘柄を教えてもらおうかと診療所の隣にある扉を開けた私に、白衣を羽織ったフォウリー様が即答した。
キリキリと毒舌の余韻に軋む彼女の牙を見上げながら、私もドアノブを押し開けた状態のまま、三つ編みだけをガッカリと垂れ下げる。
いやCM明けに開かれた扉じゃないんですから、せめて二分は話題を温める時間を作っていただけませんか?
……私の発言はとりあえず全否定したくなる気持ちも分かりますが、お願いですからお話し合いの真似事くらいしましょうぜ。
「それこそ嫌よ。あなたが一人で私の部屋に足を運んでる時点で、ロクでもない頼み事なんでしょう? そんなモスキート音、聞きたくもないわ」
私はボウフラなのですから、モスキート音はまだ出ないと思いますよー☆
『怖いもの知らずというか、マスターは単に後先を考えていないだけなのでは?』
ニッコリ笑顔でフォウリー様のケアレスミスを訂正する私の背中で、聖剣が見下げ果てるようなくたびれた溜息を漏らした。
そのやり取りが功を奏したようで、フォウリー様は反射的に沸き上がった殺気を止めると、片眉を吊り上げながら腰に手を添えてこちらに向き直る。
「わかったわ。そこまで宣うのなら、最後までキチンと話を聞いてから却下して、その上で念入りに吸い殺してあげる。……ほら、とっとと話しなさいな」
なんか唐突に千夜一夜なデスゲームが開催されたんですけど……?
そもそも却下されることが大前提なのかと、私はぐったりと肩を落としながら現実逃避に半眼を彷徨わせた。
さすがは薬品庫という名目の、フォウリー様の研究室。鉄製の実験台の上では、日常生活であまりお目にかかることのない色彩の液体が、フラスコやグネグネしたガラス管を通して調合されていた。
そこに陣取る彼女の小脇にも、数列や文章がびっしり書き連ねられた黒板が鎮座していて。遠目でも知恵熱を発症した私は、眉をしかめつつ試験管を指差す。
ところで、それはいったい何を作っているところなのですか?
なんというか、とてもカタギが手にする系のドラッグに見えないのですが……
「ああ、これのこと? 言うほど危険なモノじゃないわ。兵が傷を負ったときにそれ一本で治療できる万能薬は作れないのかと、ダルに無茶振りされたのよ」
傷薬や化膿止め自体は、魔王軍にもすでに存在している。ここでディアボロスフェア様が要望しているのは、切り傷にも打ち身にも骨折にも毒にも効果のある、そんな十徳ナイフみたいなマジックポーションのことだ。
なにせ魔王様でもトップを勤められてしまう程度には、根が荒くれ揃いの軍隊である。衛生兵以外に薬品の区別など付くはずもなく、誤薬のインシデントが日常茶飯事に発生しているとのことで。
そのような問題への対処として、現場から『瓶が一つしか無ければ根本的に間違えようがない』という実に脳筋な対策案が提示されたのだった。
「十中八九、実現は不可能だと思うのだけど。連中を納得させるためにもデータは取らないとだからね。それに他の製薬作業にも流用できるかもしれないから、全くの骨折り損というわけでもないわ」
ポーションといえば聞こえはカッコイイが、ようは回復の魔法陣を液状に加工した代物である。その性質上、効果は一律一定にしか定められず、また“再生”(以前ミルーエが翼を繋げたアレ)のような大魔術を落とし込むのも難しい。
だからと言って、単純に複数のポーションを混ぜ合わせたところで薬効や魔法が干渉するだけだし、下手すると副作用まで増強されてしまうことになるわけだ。
「ただでさえ魔法仕込みの薬品は不安定さが付きまとうのだから、品質管理のためにも複合薬という考え方はオススメしないのだけどね。まあ、禁忌を知っておくという意味では、製造元としてそのうち調査すべき事柄ではあったわ」
実験棟で予算と研究員を注ぎ込むでもなく、フォウリー様が私的にシコシコ検証している時点で、所詮は趣味レベルの扱いということなのだろう。
サイエンティストの悲哀を垣間見た私は労いを籠めて三つ編みを揺らし、そこで我に返ったフォウリー様は歯軋りを響かせながらギロリとこちらを睨みつけた。
「なんであなたにこんな話を聞かせなくちゃいけないのよ……! それで用件はなんなの? 雑談がしたいだけならさっさと消えてちょうだい」
おおっと、失礼致しました。私の中の死にたがりな子猫ちゃんが、ついつい好奇心に九尾を振ってしまいました。
そんなに難しいお願いではないのです。酒蔵の管理はフォウリー様の管轄だとお聞きしまして、よろしければ、中の一本を私奴に恵んでいただければと――
「嫌よ」
二度あることはなんとやら。フォウリー様は舌打ち混じりに牙を覗かせると、揉み手を擦りつつ愛想笑う私をズバッと切って捨てた。
むしろ予想通りの展開ではあるのだけれど。若干ズッコケ気味に肩を落とした私は、どうもすいませんとオデコに手を当てて間を取り繕う。
どこか古臭い私のリアクションをしばし見据えたフォウリー様は、仕方がなさそうに嘆息すると、実験台の黒板に手を添えて視線を逸らした。
「大方、ミルーエにゴマをすりたいからあの子の好きなワインを寄越せ、とか言い出すつもりなんでしょ? それならなおのことお断りよ」
エスパー?! やっぱり皆で私の心を読んでるのですね!?
フォウリー様のえっち!すけべ!ヘンタイ! ――吸血系巨乳美女!!
『次第に怖くなって雑な誉め言葉で締めてるのがあまりにも三下すぎる』
思考盗聴に恐れ戦くように三つ編みを握りながら自らを抱き締める私に、蔑みに柄頭を細めた聖剣が冷静なツッコミを入れた。
一方のフォウリー様も面倒臭そうに歯軋りを鳴らすと、実験台に腰を預けて寄りかかり、話題の巨乳をギュッと持ち上げるみたいに腕を組んでみせる。
……ノーブラでもあの立体感なのに、寄せてあげると迫力がケタ違いだな。
……ミルーエたんもそうだけど、魔族のクーパー靱帯は化け物か?
大変喜ばしいことに(『喜ばしい?』)魔族はたわわな胸の女性が多く、それなのに、どうやらブラジャーやコルセットの文化があまり浸透していないらしい。
歓喜に悶える三つ編みを握り締めた私がゴクリと生唾を飲み込み、そんな感情を“伝心”してか、フォウリー様は汚らわしげな眼差しを向けてくる。
「なぜ私が酒蔵の管理を任されているのか、考えてはみなかったの?」
フォウリー様が管理している理由、ですか?
様々な薬品を取り扱っている都合上、工業用か否かに関わらず、アルコールもその範疇に入るから――とかでしょうか。
もしくは、錬金素材を集めるために独自の商流を保有されていて、その関係でガルトライオ様から酒類の発注も任されているからとか?
「……なんでこういうときだけ頭が回るのよ、あなたは」
どうやら私の返答はほぼ的中だったようで、フォウリー様はとても人を褒めているとは思えない口調で、忌々しげに歯軋りを高鳴らせた。
それからえほんと喉を鳴らして話題を戻すと、ここで話すことはオフレコだと示唆するように、胸を支えながら人差し指を立ててみせる。
「それも間違いじゃないけど、もうひとつ。私の研究の中では、人間側の土地でしか採取できない動植物や鉱石が必要となるときもある。……そんなとき、私は裏で人間の商人に文を出して取引していたの」
俗に“闇ルート”と呼ばれるヤツですね。戦争前はもちろんのこと、あの戦争の最中ですら、魔族と商談を交わす強欲な商人の噂はありましたからねえ。
「そうよ。だから“人間の国で作られているワイン”なんてレアな品物も、わりと頻繁に手に入れることが出来るというわけね」
なるほど。つまり、そのような御禁制の品が兵士たちの目に触れないように――
「私以外に、誰があの子からワインを守れると思うの?」
……かしこまっ!
たしかに。自分の大好物が其処にあると分かっていて、あの傍若無人な大魔王の末孫が指を咥えて我慢できるはずもなかった。
全く予想外な解答ではあったが、むしろ心の底から納得しかない摂理の流れに、私は脊髄反射でピースサインを半眼に添えてウィンクする。
突拍子もない私の奇行に眉をひそめたフォウリー様は、溜息と引き換えに牙を擦り合わせ、俯くようにまぶたを落とした。
「そうじゃなくても、あの子は無類の酒好きなのよ。これまでどれだけの酒樽が倉庫から消えたことか。私の苦労があなたに解かるかしら?」
ミルーエがザルを通り越してワクの域に達した酒豪であることは理解しました。
……しかし、あの娘ってそんなにお酒が大好きだったんですねえ。恥ずかしながら、四六時中一緒に過ごしているというのに管見にして気付けませんでしたよ。
「こっそりメイドの仕事をサボって一献あけるくらいには、酒浸りで自堕落な娘だったわよ。……そう、あなたが魔王城にやって来るまではね」
ふぇっ?
唐突に己が存在を提示されて、私は間抜けに小首を傾げながら半眼を指差した。
本当に意味が分からないわよね。と、くたびれた表情で頭を振ったフォウリー様は、それでもミルーエの心境に共感するように天井を仰ぎ見る。
「あなたが気付けないのも当然よ。あなたのお世話係を買って出てから今日まで、ミルーエはずっと酒断ちしているんだもの。酒臭いメイドなんていないから――なんて、これまで一度として気にしたことがなかったクセにね?」
……
「どうせ、発情期を迎えて前後不覚になっていたあの子に、調子に乗っていろいろ仕出かしたってところでしょうけど。……ミルーエのことを無下に扱うというのなら、私も容赦しないから覚悟しておきなさい」
そう言って向けられた眼差しにいつもの殺気は籠っておらず、代わりに燈されていたのは、義理の娘を心配する継母のような感情だった。
私は深呼吸と共にフォウリー様の発言を噛み締めると、彼女の想いと真正面から相対するように、足のスタンスを広げて三つ編みを奮わせる。
いいえ、むしろ今の話を聞いてあの娘への愛がもっと深まりましたよ。
仮初めの主従として、それから同世代の女友達として。ミルーエとはこれからも仲良くやっていきたいと思います☆
「フン、口ではどうとでも言えるわね」
私の真面目な返答がそれはそれでなんとなく気に入らなそうに、フォウリー様はツンデレに顔を逸らして牙を擦った。
チンチンチン!と。ちょうどそのタイミングで小さな金属音が聞こえてきて、疑問符を浮かべる私の前で、フォウリー様は白衣から懐中時計を取り出す。
ああ、それが音の正体ですか。ガルトライオ様が持ってるのと同じ物ですかね。
アラームも鳴らせるだとか物凄いオーバーテクノロジーと申しますか、それを作ったのもやっぱりミルーエたんなんですか?
「………………」
フォウリー様から突き返された視線は、まるで実験動物を観察するようだった。
「えっ、なにその反応?」と戸惑う私を放置して、彼女は試験管の状態を黒板に記録し、それをテーブルに戻してから再び懐中時計をかざしてみせる。
「ボウフラ娘。……あなた、これが何だか判るの?」
あらためて問われると不安になっちゃいますけど、時計、ですよね? 人間社会だと錘や魔法石を動力源にするのが主流で、一般市民には手が出せないほど超高級品かつ、装置自体も大掛かりな代物ですが……
そうか、べつにゼンマイ仕掛けに拘る必要はないですもんね。内部の歯車を自前の魔力で代用できるなら、それくらいの小型化も可能というわけですか。
「――その思考の流れで、どうしてあなたはこの物体を“時計”と認識できたの?」
……
…………
………………ッ!!?
フォウリー様に指摘されて、私はハッと半眼を見開いた。
背中では聖剣も驚きに柄頭を見開いていて、室内はこぽこぽと薬剤がアブクを立てるだけの静寂に包まれる。
人間社会では錘や魔法石が主流のはずなのに、どうしてゼンマイや歯車という概念が私の脳内から溢れ出したのか。
それ以前に、どうして初見でソレを“手の平サイズの時計”と看破できたのか。
至る因果が逆なのだ。それが“小型の時計”であると教えられてから、小型化までに必要な仕組みを考えるのが自然な思考プロセスなのだ。
「ご察しの通り、これはミルーエが作った試作品の魔法式時計なのだけど。……普通の魔族は、このサイズの物体が時計だなんて思い至らないでしょうね。仮に気付いたとしても、ここから音が出るなんて発想には至らないはずよ」
今のボウフラ娘はまるで“機械式の懐中時計”が実在するという前提で物事を話していたと、フォウリー様は学者の貌で私を睨みつけた。
名探偵に追い詰められた犯人の心境で、私は唾を飲み込んで冷や汗を誤魔化す。
分かりました、フォウリー様。いや実は私自身これっぽっちも状況が分かっていないんですけども。
それでも、これだけは信じて下さい。――私は貴女の、ミルーエの、魔王様からの信頼を裏切るような真似は絶対に致しません。
「この際そんなことはどうだっていいわ。私は、あなたがいったい何処の誰で何者なのか、それを知りたいだけよ」
フォウリー様は赤い瞳孔をすぼめて本心を押し殺すと、解体用の実験動物を見下ろすみたいな真顔でこちらを見つめた。
それに対して、精一杯の覚悟を決めて三つ編みを振り回した私は、拳を握り締めながら彼女に向かって威風堂々と左足を踏み出してみせる。
明日までお待ちください! 明日の朝一番に、ミルーエのご機嫌を取り戻した私が最高の釈明をご覧に入れましょう!!
『いろんな要素が混ざりすぎてて出来の悪いキメラみたいになってんぞー。っつーか、発言内容がどうたてまつられてもこっけいでカッコウ悪い』
なんならこの場で靴を舐めて命乞いすることも厭わぬ覚悟で宣言する私に、聖剣が柄頭をジトらせつつ雰囲気を壊さない程度のツッコミを入れた。




