あるオタク少女の最後
家の玄関を開けた時のように、私はその一歩を踏み出した。
私はいわゆるオタク少女だった。
己のキャパシティが他人よりもだいぶ劣っていることは、自分でも子供の頃から重々理解していて。
体力面や知力面はもちろん、容姿の面すら決して誇れる相貌ではない。むしろ、見る人によっては不快に感じかねない程度には醜悪な外見なのだろうと、二次性徴を迎える前に悟り切っていた。
前髪を長くして、
縁の分厚い眼鏡を好み、
色彩から地味な服装で全身を隠す。
人並みに化粧でも覚えれば、多少は誤魔化せたのかもしれないけれど。
そんな苦肉の策に縋ったところで、異性からの同情と同性からの嘲笑を集めるだけだと言うことは、短い人生の中で嫌と言うほど身に染みていた。
一切の注目を浴びず、合切の視線すら求めないことだけが、この日本社会で生活するために私が取り得る最大限の防衛行動で。
引き篭もりとまではいかないが、他者とは必要最低限の接点しか持たない。自己肯定感など微塵も持たない私は、そんな学生生活を送っていた。
苦楽を共にする親友などおりはせず、
しかして、べつに孤独を愛していたわけでもない。
だから私は当然のようにネットの世界へそれらを求めた。
サブカルに傾倒し、
スラングとスタンプで会話を行ない、
関連グッズを買い漁ることで足りないリアルを補う。
拙いイラストも伸びない評価も辛辣なコメントも。自らの現実を思えば、優しさと人情味に溢れすぎていて涙が零れるほどだった。
自分自身からすら逃避した私にとっては過言なく、それらとの繋がりこそが生き甲斐であり、掛け替えない心の支えであった。
――掛け違えたのは、はたして何時からだったのだろうか?
動機からも判る通り、私は特定のナニカが特別好きなわけではなかった。
それでも世界との繋がりが欲しかったから、どんな些細な話題にも参加できるよう情報のアンテナを常に張り巡らせた。
そして、それがいつの間にか度を越し始めた。
広く浅くが、広く深くへ。
私にも理解できることが、私にしか共感できないことへ。
一度もらうと嬉しかった拍手が、一万回もらっても物足りない称賛へ。
もっと。
もっともっと。
もっともっともっと。
貪欲に、強欲に、悪辣に、劣悪に。
弱々しい心を満たすためだった技術は、いつしか抜き身の刀となって。
足りない現実を補うためだった知識は、いつしか棘付きの鎧となって。
誰と戦っているのか分からないまま、私は拳を振りかざして。
何と戦っているのか分からないまま、私は怒号を挙げ続けて。
戦って戦って戦い抜いて。
ふと我に返ったときには、私の手元には何も残されていなかった。
敵もなく味方もなく、刀も鎧も存在せず。唯一現実の私に寄り添ってくれていた“伺か”すら、私は自らの意志でアンインストールしていた。
あれほど待ち望んでいた学生時代はすでに終わっていて。親元も卒業し、職場は冷たく、安アパートは今にも朽ち果てそうで。
薄汚れた鏡に映る自分を覗き込んだ瞬間、私はとうとう正気に戻ってしまった。
――私の居場所なんて初めからこの世界には存在せず、
――そして第二の世界すら、私は自らの手で破壊してしまったのだと。
だから、私はその一歩を踏み出した。
月も昇らぬ深淵の中で、ガラス張りの吊り橋を歩くような危うさで。
私の肉体は重力に惹かれ、踏み出した太い脚は冷たい夜風に深々と沈みゆく。
驚くほどに心は平静。恐怖も苦悩も全く感じることのないまま、私は転がりながら深夜の闇に包まれ溶けていく。
遠ざかる風切り音と、襲い掛かる地上の雑踏。そして乱雑に空回りする視界の中で、見えないはずの新月だけが、何故か私の網膜にしっかりと焼きついて。
アスファルトが私を押し潰す直前。ポツリと一言だけ、生まれてから今までの人生でついぞ解けることのなかった己の命題を呟いた。
「わたし、そんなに悪いことをしたのかな……?」
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world:デイリーダイアリー
stage:魔王城 60日目
personage:エルザ
image-bgm:The Everlasting Guilty Crown(EGOIST)
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