□小話7:魔王様との……
『ふーん。つまりその夢の中で、マスターは人間相手に戦っていたと?』
空に満月が輝く深夜の魔王城。
謁見の広間のさらに上。城本館の最上階は、すぐにでも舞踏会を催すことができそうなほど立派なダンスフロアとなっていて。
そのバルコニーの手摺りにもたれ掛かって月を眺めながら、私は背中の聖剣に向かって、ここ最近よく見る未来の夢の話を語って聞かせていた。
地上四階とは言え、魔族の建築物は人間のそれよりずっと造りが大きく広い。
そのため、この天守閣部分には山風よろしく冷たい強風が吹きつけ、私の身体から容赦なく体温を奪っていく。
晩春とは思えない気温差に、私は三つ編みを震わせつつ視線を下界に落とした。
城下町から明かりが消え、魔王城ですらほとんどの松明が落とされた暗闇の中。聞こえてくるのも、夜勤の巡回兵たちのちょっとした談笑の声で。
私と入れ替わるように月明かりを見上げた聖剣は、やれやれと溜息を吐く。
『……だから自分が人類の敵だなんて考えちまうのは、オレっちどうかと思うぞ』
聖剣へいつもの悪態を吐く元気もなくて、私は手摺りに頬杖を突きながら城壁の向こうに広がる街並みに半眼を細めた。
煙突から立ち昇る煙も途絶え、普段は活気に溢れた街を一時の静寂が包み込む。
その通り、所詮は夢の話だ。
でも、私が“世界にとっての巨悪”だと解釈さえしてしまえば。悪夢の中での葛藤とか諦念とか、そう言った感情が全て説明できてしまう気がして。
あの圧倒的なリアルを以って襲い掛かってきた、欠片も現実感がない世界の終わり方にも、全てに納得がいってしまうように思えるのだ。
『世界の終わりねぇ……』
言い出しっぺは自分だと言うのに、聖剣は半信半疑な様子だった。
異世界から来ただの世界を救うだのと眉唾な話題を振ってきた張本人のドライな反応に、私はムッと片眉を吊り上げて柄頭へ横目を向ける。
『マスターが未来を予知した可能性を全否定するわけじゃないけど。でもオレっち、ドラえもん時空には疑問を呈する派なんだ』
なんだよ、その悪魔合体に失敗したみたいな可愛らしい名称は? どことなく自分殺しな国民的アイドル臭を感じるぞ。
『いや、ほぼほぼ理解出来てるじゃん。……まあぶっちゃけアレだよ、“判っているなら未来は変えられる”って話さ』
……
実際問題として、聖剣が物語に登場する何日も前から、私はすでに夢でおまえと会話をしていたんだ。
異世界からおまえを遣わしたっていう創造主がどんな超越者か知らないけど。その異世界の力が何らかの形で私に影響を与えたと考えるのが妥当なんじゃないか?
『ああ、だから初対面のときからずっとオレっちを敵視してたわけね』
聖剣は切なげな吐息を吐きつつこちらに視線を戻して。
そして私たちは揃って肩を落とすと、あらためて晩春の満天月を眺める。
『一応、スキルには“先見の明(フォーキャスト)”ってのもあるけど、それは十数秒程度先の予測がせいぜいだ。外世界の力が影響してるにしても、そもそもオレっちが起動したのだってマスターが触れた直後なんだぜ?』
なんだ、じゃあやっぱりただの夢にすぎないと?
散々予告編で引っ張っておきながら、いざ封切りしたら、伏線なんてブン投げて明後日の方角に大暴投ってパターンとでも言うつもりかよ。
『そんなオレっちを責められても、さっぱり分からんとしか答えられないさ。いくつか仮説を立ててもいいけど、どれもこれも確証があるわけじゃない』
なにせ生後三週間なんだぜ?と、聖剣は円らな瞳で笑えない冗談を返してきた。
スンと真顔に戻って半眼を細めた私は、嘆息混じりに手摺りへ額を押しつける。
そういえばそうだったよねガチでドン引くわ……
こんなうっかり者の声が生後三週間とかマジ気持ち悪いんですけど……
『うん。とりあえず、マスターは後でオレっちと一緒に八兵衛さんに謝ろうか?』
聖剣の忠告を聞き流しながら、私は今日得た情報を脳内でシャッフルさせた。
本当に、何もかもがこれっぽっちも分からない。
結局は五里霧中というか、むしろいっそう八方塞がりになっちゃった感じで。
『むしろ、オレっちの方はマスターがどんな性格なのかだいぶよく分かったよ』
……んあ?
『マスターってさ、直面した状況に対して何でもかんでも“自分の責任”にしないと気が済まないタイプだろ?』
そんな評価を受けたのは、生まれて初めてのことだったけれど。何故だか聖剣の指摘は自然と私の腑に落ちていった。
たしかに、あれもこれもそれもどれも。
私はその全てを“自分の責任”だと受け入れて生きてきたのだから。
身体を起こした私が振り向くと、聖剣は笑うように柄頭を揺らしてみせる。
『まあ、こうして出会えたのも何かの縁だ。どうせもう切っても切れない関係になっちまったんだし、慌てず騒がずのんびりとやって行こうぜ、マスター?』
……まったくもう、コンチクショウめ。
……だから私は、おまえのことが生理的に嫌いなんだよ。
そうやって力なく毒づき返した私は、目を逸らすように城の全景を見下ろした。
悩みの種は何も解決することなく、
でも不思議と心は軽くなったように感じて。
「――こんなところで何やってんだ、おまえ?」
聞き慣れた呼び声に、しな垂れていた三つ編みがピクンと反応した。
そんなまさかとまばたきと共に顔を向けると、ダンスフロアの彼方から魔王様がドスンドスンと歩み寄ってくる。
……どうもこんばんはです、魔王様。
「……いや、少しくらいその嫌そうな顔を隠せよ」
まーいいけどさぁと頭を掻きながら、魔王様は当然のように私の隣に並んでドシンと手摺りに寄り掛かった。
仕方なく正面に体を戻した私は、バツが悪そうに魔王様の横顔を覗き見る。
本当にどうされたのですか、こんな夜更けにこんな場所まで来て?
正直、月を見上げて物思いに耽るようなキャラじゃないと思いますよ?
「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ。……なんとなく眠れなくってな。今さら酒を飲む時間でもなし、ちょっとぶらりと散歩してただけさ」
魔王様はそう答えて夜空を仰ぐと、それでおまえはどうした?と言いたげな表情でこちらに紅い瞳を向けた。
私は瞳を閉じて黙り込んだ聖剣を一寸顧みてから、誤魔化すように深い溜息を吐きつつジトッと魔王様を見据える。
まあ、私も魔王様と似たようなものですよ。
「わざわざ聖剣を担いでか?」
肌身離さず持参しておけと“命令”したのは魔王様じゃないですか。
私は心外だとばかりに眉を吊り上げ、口をへの字に曲げてみせた。
対する魔王様は牙を覗かせ嗤うと、どこか清々しげに満月へ視線を戻す。
「そういえば。今日はあいつらを集めて、いったい何をコソコソやってたんだ?」
……内緒です。
魔王様は意外と鋭い。そのことはここまでの共同生活で十分理解していた。
どうせバレているのだろうとは思っていたけれど。しかし面と向かって問われると少し戸惑ってしまい、私は韜晦するように顔を背ける。
「……良い夜だな」
三つ編みからどれほどの感情を読み取ったのか、魔王様は月を見上げたまま詩人のように同意を求めてきた。
釣られて半眼を向けると、月は太陽と異なる色彩で昏い大地を照らしていて。
……
…………
………………魔王様、たとえばの話ですよ?
沈黙に耐え切れなかったのは私の方だった。
緊張した面持ちで月から視線を外し、子供みたいな純真な顔で夜空を眺めている魔王様を見つめる。
それを受けて振り返った魔王様の瞳は、普段の脳筋ぶりが嘘のように優しくて。
たとえば……
たとえば。
私が魔王様に災厄をもたらす存在だとしたら、どうしますか?
『………………』
私が魔王様に不幸をもたらし、魔族を絶望に落とし込む存在だとしたら。
私が勇者として行き着く先が、そんなどうしようもない者でしかないとしたら。
魔王様はそれでも私に勇者に為れと仰いますか?
ううん、聖剣も勇者も関係なくて。
私と言う存在そのものが、魔王様に仇為す生き物なのだとしたら。
それでも魔王様は、私をペットとして飼い続けるのですか?
「………………」
魔王様はすぐには答えず、真意を探るように私の目を覗き込んでいた。
音もなく。
闇もなく。
ただ満月が見守るだけのこの舞台で。
「……はっ」
魔王様は笑った。
鼻で軽く笑い飛ばした。
「おまえが何を言いたいのかさっぱり分からん。この俺様にそんなこと聞いて、いったい何になるって言うんだ? そんな自分語り、軽く丸めて終わらせちまいな」
それはいつの日だったか、私が魔王様に対して言い放った言葉で。
「答えなんて聞くまでもなく分かってんだろう? ……だから俺は、おまえを飼うことに決めたんだからよぉ」
魔王様は意地の悪い嘲笑を浮かべると、私の頭上にその大きな手の平を乗せ、泣く子をあやすようにポンポンと叩いた。
反動に思わず瞬きしながら、私は月光に照らされた魔王様の紅い瞳を覗き込む。
「くだらないことを考えてる暇があるんだったら、とっととその聖剣を使いこなせるようになれ。それで俺に勝てたのなら、そんときは真面目に話を聞いてやるさ」
それでいいだろう?と、魔王様は牙を覗かせ無邪気に笑った。
魔王様から視線を外した私は、遠く星空の先に目を向ける。
こんなちっぽけな私には測り知れないくらい、
世界はどこまでも遠く果てしなく、
そして美しくて。
――良い夜ですね、魔王様。
「――そうだな、エルザ」
私たちは誰に憚ることもなく、いつまでもそんな物語を眺め続けていた。
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world:デイリーダイアリー
stage:魔王城 50日目 一冊目終了
personage:エルザ
ending-bgm:Velonica(Aqua Timez)
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