□小話6:聖剣との設定
「……さて、それでは説明してもらおうか」
聖剣に頼まれるまま予定を調整した私や四天王の面々は、地下にあるミルーエの隠し部屋に集合していた。
頭上には“室内照明”が輝き、立ち並ぶ実験机のひとつを間借りして。その上にゴトリと置かれた聖剣を観察するように、私たちはぐるりとテーブルを取り囲む。
えー。皆様、本日はお忙しい中を御足労いただき誠にありがとうございました。
本来であればこちらから赴くのが筋ではあるのですが。魔王様や他の魔族の闖入を防ぐという趣旨に基づき、ミルーエたんの工房を会場としてお借りさせて頂きましたことを先に謝罪致します。
……それでは聖剣さん、まずはお名前と前歴の方からお聞かせ願えますか?
『圧迫面接かな?』
えほんと咳払いしながら司会進行を務める私に、聖剣は(あとガルトライオ様も)なんでおまえが仕切ってるの?という視線でこちらを見据えた。
それから一度柄頭を閉じてムムムと唸った聖剣は、一転して真面目な雰囲気を放ちつつ、瞳を動かして四天王たちをぐるりと見回す。
『まず初めに前提条件として。マスター以外はオレっちの話を無理に信用する必要はないからな。ただの大法螺だと思ったなら、遠慮なく退席してくれ』
「異世界云々の話は我々も一応耳にしているが。……それ以前にこちらが問い質したいのは、貴様が本当に聖剣であるかどうかだ」
聖剣の注意事項を遮って、ガルトライオ様がモノクルを弄りながら問い掛けた。
実際、他の三人もそこが気になるのだろう。皆無言のまま、彼の言葉に賛同するようにジッと柄頭に視線を集めて。
聖剣は何故だか私に一度視線を送ってから、ガルトライオ様に瞳を返す。
『それだけは確実に保障するぞ。オレっちは今から数千年の昔に“神の一族”によって製造されたミスリル鉱の剣だ。適合した人間の魔力を糧とすることで“スキル”を発動させることができる、まあ“剣の形をした異能の杖”ってところだな』
……ウェイタミニッツ。
……なんか初耳の固有名詞だらけで、早くも脳がパンクしそうだぞ。
「創世から数千年の間、魔族と人間は度々大きな戦争を起こしてきた。その都度、各陣営には“魔王”と“勇者”が生まれて旗を振ってきたのだ」
「エルザ様の仰る通りぃ~今代の魔王は筋肉しか取り柄のないクソオヤジですがぁ~。本来魔王とはぁ~魔術に長けた魔族が名乗る称号だったのですよぉ~」
グルグルと三つ編みを回して混乱する私に向かって、ガルトライオ様とミルーエによる補足説明が入った。
顎に手を当てて情報を整理した私は、探るように聖剣へ半眼を向ける。
……聖剣とは、魔力に劣る人間を救うために“神の一族”とやらが遣わした、まさしく伝説の神聖なる武具ってことか?
そしてスキルとは、魔族の魔法に対抗するための力であると。
『少なくとも教会の聖書にはそう書かれているな。って言うか、なんで人間のマスターよりも四天王の方がその辺の事情に詳しいんだよ』
いやあ、私ってばホント宗教にこれっぽっちも興味が湧かなくてね……
これくらい一般常識だろと言わんばかりの聖剣に、私はテレテレと頭を掻きながら三つ編みを揺らした。
そこで「あれ?」と設定の矛盾に気づき、まばたき混じりに疑問符を浮かべる。
今の話を要約すると、スキルも魔法もエネルギー源は同じ魔力ってことだろ?
スキルが如何ほど高燃費な代物か知らないけれど。ただでさえジェネレータを持たない人間が、魔族に張り合う力なんて発揮できるものか?
そもそもの話だな、私が勇者に選ばれてる時点ですでに色々おかしいわけで……
『ああ、それらに関しても一応理由付けがあってだなあ――』
やっぱりおまえって聖剣を騙る悪霊なのでは?と私が訝しみ、対する聖剣はやれやれと嘆息しつつ釈明しようとして。
そんな私たちの会話に割り込んで、フォウリー様がギリッと歯軋りを鳴らす。
「……ボウフラ、ちょっといい?」
はいはい、なんでしょうかフォウリーさmキバがああぁぁぁー?!!
反射的に彼女の方へと半眼を向けた直後、背後に転移してきたフォウリー様の牙が、私の首筋にさっくり突き刺さった。
フォウリー様はそのままチュパチュパと傷口を舌で舐り回してから、適当なところで回復魔法を唱えて私を解放する。
テーブルに縋りつくことで、私は砕けた腰をなんとか支えて。それから危うくアヘりそうになる顔を引き締めつつ、舌なめずりしながら定位置に戻る彼女に抗議を申し立てる。
あのー、フォウリー様?! 食べられる側にも心の準備と言うものがございますので、せめて予備動作くらいは見せて頂けませんかねえ!?
いやマジで、これメチャクチャ気持ちいいので勘弁してくださいよ。
貴女に噛まれる度に、私は裏で悶々とした一日を送ってるのですからね。
「ふむふむ。そうか、この風味と匂いはそういうことなのね……」
切実なる陳情を一切無視して、フォウリー様は合点が入ったように頷いていた。
そしてすっかり学者の顔でこちらに振り返ると、「fufu…話を聞いてくれません」とヤケクソ気味に嗤っている私へ指を突き出す。
「ボウフラ娘。あなた、魔族と張り合えるような魔力を持ってるわよ」
……はい?
「大魔王ヴァナルガンドが残した医学書の中には『極稀に魔力器官を持って生まれてくる人間も存在する』という記述があるの。……実際に生きた症例を目にしたのは、私も初めてのことだけどね」
「なるほどなるほどぉ~それならわたしも納得ですぅ~」
彼女の爆弾発言を飲み込む前に、今度はミルーエがぽんと手槌を叩いた。
おいおい勘弁してくれよ。と泣きそうな顔で振り返ると、彼女は小気味良さげに失笑を堪えながら翼を揺らす。
「エルザ様の考えてることがわたしたち魔族に読みやすかったのってぇ~そういうことだったんだなぁ~って思いまして♪」
「……エルザ殿の感情の揺らぎが無意識下で“伝心(テレパス)”となり、周囲の魔族に思念波を発していると? フム、それなら私にも理解できる話だ」
ディアボロスフェア様が額を撫でつつ繰り返し頷き、その頭上でうたた寝していた黒猫が私をバカにする鳴き声をあげた。
それを受けた私はガックシと肩を落としながらも、途端に違和感の塊となった己の胸元をグリグリ撫で回す。
私の身体に魔族と同じ臓器が潜んでいる可能性がある、ですか……?
いやまあ、たしかに話の辻褄は合っちゃいますけど、べつにそんなオンリーワンなんて望んでないんだよなあ。
――そうだ、私にいい考えがある。
八兵衛野郎が私の魔力で動いているのであれば、いっそのことその魔力器官とやらを一思いに切除しちゃうと言うのはどうでしょうか?
フォウリー様であれば、それくらいの開胸手術は可能ですよね?
『……そこまでオレっちのことを毛嫌いしなくても良くない?』
「技量を買ってくれるのは構わないけど、魔力器官と言うのは体内に根を張っている臓器なのよ? 胸を開くだけならまだしも、取り除くとなると命の保障はできないわ。ボウフラはそれでも良いのかしら?」
わたしは一向にかまわんッッとでも言いたげに、フォウリー様は歯軋りを鳴らしながらこちらを見つめ返した。
それを聞いた私は「マジかよ……」と肩を落としつつ、周囲の同情を求めるようにシクシク嘘泣きを漏らす。
うう、平々凡々に生きてきた私がどうしてこんな目に……
「ヘイヘイボンボンにぃ~?」
涙をちょちょぎる私に向かって、ミルーエが物言いたげに眉をしかめて。
そんな私たちの小芝居など全く意に介さぬまま、ガルトライオ様の蛇眼が聖剣をギョロリと睨みつける。
「そろそろ論点を戻してもいいか? ……貴様が聖剣だとしても、その聖剣が人語を介したなどと言う逸話は我々も聞いたことがない。これに関して貴様はどう説明をつけるつもりだ?」
『……』
ガルトライオ様は脱線しかけていた話の流れを手早く修正し、私もとりあえず己の身体のことは棚の上に押し上げた。
そうして皆の視線が再び集まる中で、聖剣は説明しづらそうに柄頭を細める。
『正確に言うと“オレっち”は聖剣ではないんだよ。オレっちの名前はランドルギア。この世界の聖剣という役割に寄生した、別世界からの“救世の意志”だ』
?????
今度ばかりは私だけでなく四天王も全員疑問符を浮かべて固まっていた。
そのまま、互いが互いに目配せを送って質問権を譲り始めて。目頭を押さえて必死に思考を回していたミルーエが、おそるおそると言った口調で顔を持ち上げる。
「……つまりアレですか? 神の一族が聖剣を生み出したように、貴方も外世界の超常的存在に生み出された思念体であると?」
『たぶん、そういう話なんだと思うぜ?』
たぶん?
『オレっち自身、その辺りの細かい生い立ちを知らされていないんだよ。オレっちの正式名称は〈〈 物語救世プログラム RUNDOLLGEAR 〉〉、脳裏に刻まれた使命は〈〈 この世界を救え 〉〉だ』
「物語救世ぷろぐらむ……?」
「この世界を救え……?」
ディアボロスフェア様とフォウリー様が、もちろんガルトライオ様とミルーエだって、四人とも怪訝な顔を見合わせた。
しかし、不思議とそのふんわりとした概念を受け入れることのできた私は、こみ上げてきた頭痛を抑えながら聖剣と見つめ合う。
……
自分が救うという言い回しをあえて使わないってことは、おまえの立ち位置はあくまでも“英雄の介添人”ってところか?
その口調だと『これまでも数多の世界を救ってきました』とでも言いたげだが。
だがそんなことよりもだ。
救世プログラムとやらがこの世界の寄生先に聖剣を選んだってことは、ようするにおまえは、私に魔王様を倒させるために異世界から派遣されてきたのか?
『……オレっちも最初はそう思ってたんだけどさぁ』
自分で言い出したことなのに、聖剣の発言はいちいち頼りなさげだった。
その反応に私がより一層困惑を深めていると、何かにピンと来た様子でミルーエがバサリと翼を広げる。
「超常的存在に自我を与えられはしたものの、何を以って“救世”とすれば良いのか貴方自身把握していない、と言うことでしょうか?」
『……』
彼女の問いかけに、聖剣は気恥ずかしげに瞳を頷かせていた。
なんだよそれはと私たちは軽くズッコケて。聖剣はブンブンと首を振るように柄頭を動かすと、恥を忍ぶように視線を見上げる。
『でも、オレっちがこの世界に送り込まれたってことは、何らかの破滅的な物語が起こる予兆があったに違いないんだ! たとえばあの魔王が世界を滅ぼそうとしてる、とかさあ!!』
あのなあ、予兆もなにも世界はもう魔王様に征服されちゃった後でな?
仮に今の話がおまえの妄想でなかったとしても、これ以上のバッドエンドなんてどう転んでも起こりようが――
物語は確実に終局へと近づいていた。
『……マスター?』
「……エルザ様?」
聖剣とミルーエが、不意にセリフを区切った私の半眼を凝視していた。
咄嗟に三つ編みを掴んで硬直した私は、挙動不審に彷徨いそうになる眼球を誤魔化しつつ、精一杯虚勢を張って笑い声をあげる。
まったく、語るに落ちたなこの聖剣モドキめ。
異世界だなんだと適当な創作話を並べ立てて私たちを煙に巻こうとしても、そうは問屋が卸さないぞ。
皆さん、こいつの言うことに耳を貸す必要なんてございませんよ。きっとこいつはエクス亡き後の聖剣に取り憑いて悪事を企む怨霊の類に違いありません。
然るべき対処法としては、塩とお酢を用意して念入りにお祓いした後で、魔王様のお風呂の底に沈めるのが正解です。
ではそう言うことで。これにて終わり、閉廷、以上みんな解散です!
「ボウフラ娘……?」
「いきなりどうした、人間。この聖剣にはもっと尋ねたいことが――」
聖剣が魔王様に害をなすかどうか。ここで必要な情報はその一点のみでしょう?
私にその意思がなく、この聖剣にも八兵衛声で喋る以外の能力がないと言うのであれば、これ以上の詮索はもう無駄というものです。
救世だの破滅だの、そんな馬鹿馬鹿しい話題に付き合う義理はございません!!
「……いったい何をそこまで焦っているのだ、エルザ殿?」
真顔で核心を突いてくるディアボロスフェア様に、三つ編みを引き攣らせて。
しかし開き直りの極致で強引に聖剣を鞘にねじ込んだ私は、パンパンと手を叩きながら四天王を出口の方角へ追い立てる。
『――倒すべき敵に心当たりがあるんだな、マスター』
勢いに負けて浴場方面の隠し通路へ歩き始める四天王らを背景にしながら。
ジッとこちらの横顔を見据えた聖剣は、私の耳元で意味深な言葉を呟き返した。




