□小話5:子供達との破断
ウーくんカワイイよウーくん☆
ハアハア(*´Д`) と息を荒くした私は、漆黒の毛皮に包まれた彼の小柄なボディをギューッと抱き締める。
いつもの保育所、昼食前の微妙に手持ち無沙汰な時間帯。マリアさんにヘルプを頼まれた私は、子供たちに囲まれながらウーくんを抱っこして恍惚に浸っていた。
ウーくんもウーくんで、片手間に行うブラッシングを心地よさそうに受け入れており、ときおり行われる優しくかつ大胆な犬吸いも全然気にしていない様子で。
ああ、このモコモコで温かな魅惑の体毛が私をダメにしてしまう……
プニプニなお腹もフニフニな関節も、乳臭さの中にほんのわずかに混ざっている獣臭すらもが愛おしいよ、ウーくん……
……
ねえねえウーくん? 一生養ってあげるからさ、一度お姉ちゃん家の子になってみる気はないかなー?
「「 逃げろウーくん、そいつはワナだ!! 」」
私が息を奮わせながら半眼をギラつかせると、背後からゴブろーくんとリザりんくんが大声で両手を掲げた。
しかし、夢見心地のウーくんに幼馴染みの警句は届かなかったようで、私は追い込みをかけるように彼の喉元をわしゃわしゃとマッサージする。
えっへっへー。どんなもんだい、幼少期から村長さん家の家畜相手に磨き抜かれた私の毛繕いは気持ちいいだろー。
あたしンちの子になれば、毎日毎晩このフィンガーテクニックで昇天し放題だぞー? 今なら綱引きとボール遊びもセットで付けちゃうぞー?
「ん~~♪ んにゃ~~~♪」
「ヤバイ、ウーくんがネコなで声をあげはじめたぞ! あれはかんぜんにオチちゃうスンゼンの合図だ!!」
「どうしよう、ゴブろーくん! このままだとウーくん、おねーちゃん家の子になっちゃうよーっ!!」
「そもそも、おねえちゃんもまおうさまにやしなわれてると思うんだけど……」
ゴブろーくんが劇画調の表情で危機感を煽り、それを聞いたリザりんくんがオロオロと取り乱しつつ右往左往して。一方で、紅一点のハピちゃんだけは、私に向かって真顔で手を掲げながら歳不相応にリアルな意見を述べていた。
いつの時代も、人間も魔族も関係なく、バカ男子より女の子の方が現実主義者であることは変わらないらしい。
そこに気づくとはやはり天才かと最大級の賛辞を送りつつ、私はウーくんの尻尾の付け根をナデナデする。
『よーしマスター、そこまでだぞー。それ以上手を下に伸ばしたら、オレっち本気で大声を挙げるからなー?』
「――あらあら、今日も皆さんにぎやかですね」
背中の聖剣が大きく息を吸い込んで威嚇の声を発したところで。建物の裏手にある炊事場に繋がる扉を開けて、デキャンタ入りミルクと山盛りのクッキーを抱えたマリアさんが姿を現した。
私の周りにいた子供たちは、それに気づくと一斉に歓声をあげながらマリアさんの下へ殺到していく。
同様に、ウーくんもぴすぴす鼻を鳴らしたかと思うと、私の腕からぴょこんと飛び降りテコテコ走り去っていった。
チクショウ、あと一歩でウーくんを堕とすことが出来たというのに……
『オレっちも、あと一歩でマスターを提訴しなきゃいけないところだったよ……』
私たちは全く異なる意味合いの溜息を吐きあいながら、マリアさんからオヤツを受け取っている子供たちの輪へ目を向けた。
そしてその和気藹々さに綻んでいると、聖剣がいまだにジトッと柄頭を細めたまま私の方を見据えてくる。
『……なあマスター? 他の魔族の子供には普通なのに、なんであのウルファンに限って、マスターはそこまで過剰な愛情を注いでるんだ?』
なんでって、ウーくん滅茶苦茶カワイイじゃん?
そうでなくても、私は猫とか犬とかモコフワな小動物が大好きでね。領主館に勤めてた頃、よく野良猫を匿ってはお局様にドヤされたもんさ。
『あー。まあたしかに、一応ギリギリ小動物への接し方で許される範疇か?』
あとはなんて言ったらいいのか、ウーくんを抱っこしてると幼児化した魔王様をあやしてる気分になるんだよねえ。
あの脳筋様にもあんなヌイグルミみたいな時代があったのかと思うと、ついつい今のうちから私好みに調教してやりたい感情が――なんだよ、その目付きは?
『……べつに?』
腕の中にウーくんサイズの魔王様を抱っこする妄想を働かせていた私は、再びジト目に戻った聖剣に疑問符を返した。
聖剣は首を振るように柄頭を動かすと、視線を前方に逸らして質問を誤魔化す。
……? ってかさあ、私のことなんかより、そろそろおまえの正体について話を聞かせてくれてもいいんじゃないか?
エクスのときはただの聖剣に過ぎなかったおまえが、どうしてこうもペラペラと小うるさいインテリジェンスソードになっちゃったのか。“異世界からの使者”とはいったいどういう意味か。
周りの魔族は「聖剣だから」で納得させることが出来ても、ガルトライオ様たち四天王はエクスと実際に死闘を繰り広げた仲なんだし、そう簡単にはいかないぞ?
『一から詳しく説明するのはかまわないんだけど、だいぶエターナルチャンピオンな話だからなあ。……いや、むしろ逆にそっちの方が都合が良いのかもな』
難しそうに瞳をひそめていた聖剣は、踏ん切りがついたように見つめてきた。
そして片眉を吊り上げている私に向かって一度まばたきすると、周囲の耳を気にしつつ小声で囁くように語りかけてくる。
『今度、その四天王とやらをひとところに集められるか? 出来れば他の魔族とか、魔王本人には極力盗み聞きされないような環境でさ?』
……やれと言われれば、頑張ってセッティングしないでもないけど。
……それよりも先に、まず今この場で教えてくれれば良い話じゃないのか?
『いやだって、マスターだけだとちゃんと理解してくれなさそうだし……』
ケンカを売ってるのかこの聖剣は!と私が奥歯を噛み締めたところで、お菓子を抱えたゴブろーくんが駆け寄ってきた。
慌てて表情を取り繕う私に対して、ゴブろーくんは挙動不審に後ろを見回してから、なんだかちょっとツッケンドンな感じにクッキーを突き出してくる。
「……コレ、ねえちゃんの分だから」
ありがとうと返す前にそれを押しつけると、ゴブろーくんはそのまま逃げるようにダッシュで皆の輪へ引き返していった。
私は呆けた表情で手元の割れかけたクッキーを見下ろし、すると今度はマリアさんがこちらに歩み寄ってくる。
「今日は本当に助かりました。どうぞ、エルザ様も召し上がってください」
えっと、それじゃあお言葉に甘えましていただきます。
一礼してからサクサクとクッキーをかじると、口の中に甘い砂糖の味わいと濃厚なバターの風味が広がった。
その脳を蕩かす麻薬のような食感に、硬かった私の表情も思わず綻ぶ。
「最近、彼と懇意にして頂いているようで申し訳ございません。両親が仕事で忙しいためか、少し難しい性格に育ってしまいまして」
いえいえ、そんなの気にすることないですよ。あんな程度、私が面倒を見させられてた村長さん家の悪ガキたちに比べれば、まだ全然可愛いものですから。
でも、ゴブろーくんもやっぱりまだまだ子供ですね。
私の部屋に遊びに来てるときは「おねえちゃん!おねえちゃん!」ってベッタリ懐いてくれてるのに、こういう場所だと出会った当初みたいなツンデレさんに戻ってしまうんですから。
「……そうですね」
クスリと、何故だかマリアさんは口元を押さえて忍び笑っていた。
その笑顔の意味が分からなかった私は、バツの悪さを隠すように残りのクッキーを一気に平らげる。
ごちそうさまでした、マリアさん。とっても美味しかったです。
「それはどうも、ありがとうございます」
お世辞ではなく、ここで出されるお菓子はどれもこれも本当に美味しいですよ。
魔族の皆さんって普段の食事はまるで気にしないのに、お茶とか菓子には砂糖やハーブをふんだんに使用してますよねえ。
「全ての魔族が味を気にしないわけではありませんが。……ただそうですね。私たちにとって食事とは生きるために摂る物であって、楽しむ物とは別けて考えられているということです」
だから、普段食べるものは味より量を重視して、代わりに嗜好品であるお茶とか菓子にはとても力を入れていると?
「そのような認識で、間違いないかと思います」
フムフムと頷いてみせる私に、マリアさんはニッコリはにかみながら答えた。
その色香にボッと頬を染めた私は首と一緒に三つ編みを振り回し、不思議そうにそれを眺めた彼女がぴこんと指を立てる。
「あと、こちらの土地では調味料となる植物が貴重という側面もありますね。魔族は人間と比べて食事量が多いので、全てに味を求めていたらとても供給が追いつかないのです」
……たしかにそれもそうですね。
というか、もしかしてマリアさんは人間の料理をご存じなのですか?
「はい。戦争中に人間の国に潜伏していた際、食文化に関しても色々と調べさせて頂きました。今日のクッキーも、そこからレシピを持ち帰ったものなのですよ?」
背中の翼と尻尾をさり気なく揺らしながら、マリアさんはミルーエともまた違う穏やかな微笑みを返してくれた。
否。ミルーエが天使であるなら、きっと彼女は女神様なのだろう。
誰も彼も灰汁が強すぎるこの城に置いて、マリアさんは容姿も所作も性格も漬かりぐあいもちょうど良い。まぞくづくしの中ですっごく爽やかな存在だ。
そんな感じでうおォンと独り悦んでいる間に、おやつを食べ終えた子供たちが再びこちらに押し寄せてきた。
彼らはいつの間にか聖剣に興味を持ったようで、私を取り囲むや否や、口併せしていたかのような聖剣コールが巻き起こる。
「おねえちゃん、せいけん見せてせいけん!」
「そうだよ、せいけん振ってよせいけん!」
「わたしも見たい!せいけん見たい!!」
……人気者はつらいねえ、聖剣くん。
『ノリが完全にヒーローショーのそれなんだよなあ。……別にイイんだけどさ』
淡泊に返しつつも、わりとチョロインな聖剣は意気揚々と柄頭を見開いていた。
その様にやれやれと嘆息した私は、鞘から聖剣を引き抜きつつ、格好つけるように天井に向かって高々と掲げてみせる。
よーしオネエチャン聖剣振っちゃうぞー!!
『マスターの方がおだてられてんじゃん。なんかもう見てらんないな』
みんなー、これがチキンウィングアームロック。
世間一般には“アームロック”と呼ばれてる輸入雑貨貿易商の奥義だぞー。
『鳥でも翼でも腕でもないし、もはやただのソードブレイカーだろうがあっ!?』
穏やかな日差しを浴びて、保育所には心地良い聖剣の悲鳴が響いていたと言う。




