□小話4:ガルトライオ様との奥義
それほど急ぎの用と言うわけでもなかったのだけれど。
執務中の魔王様へチョッカイをかけに向かう道すがら。ふとガルトライオ様の執務室に半眼を留めた私は、そろそろ日記帳のページが無くなりそうだったことを思い出し、しばし逡巡した後にその扉をノックした。
家主の返事が聞こえて扉を開けると、奥にある執務机にガルトライオ様が座り、その机の前ではメイド長であるアルファルファさんが向かいあっていて。
二人は同時にモノクルとメガネをこちらへ向け、特にガルトライオ様は「貴様だったのかよ」とでも言いたげに嘆息する。
「……いったい何の用だ?」
いえ、こちらもべつに大した用事ではないのですが。
それにしたって、入室を許可したのは貴方様なのですから、そんな露骨に眉をひそめて嫌な顔しないで下さいよ。
私はお返しのようにむうっと頬を膨らませながらメイド長さんの隣に並んで。
そのまま二人の眼鏡を見比べてみると、説教を終えた後の教師と生徒の間に流れる微妙な緊張感を嗅ぎ取って三つ編みを揺らす。
……えーっと、御二人で何か大切なお話でもしていましたか?
……お邪魔なのでしたら、また日を改めさせて頂いてもかまいませんけれど?
「こちらもべつに大した用件ではないのだ。ただ、ちょっとな」
ガルトライオ様はそれこそ説教後の教師みたいにくたびれた溜息を吐きつつ、椅子の背もたれに寄り掛かっていた。
そして訳が分からず疑問符を浮かべる私に、メイド長さんが畏まりながら身体の向きを変えて私と対峙する。
「先日ウォルカーが起こした騒動の件で、司令からお叱りを受けていただけです」
クーデターの件? アレは責任のほぼ全てをウォルカーさんに被せることで、共犯者は軽微な社会奉仕刑だけって形にして円満解決させたはずでしょう?
「……言葉の節々から皮肉を感じるのは、私の気のせいかな?」
籠められたニュアンスの違いを敏感に読み取ったガルトライオ様が、ゲンドウスタイルで蛇眼を光らせていたけど。
そうは言っても、ウォルカーさん一人を悪者にすることで他の魔族に恩赦を与えるという彼の超法規的措置には、私も一家言があった。
魔王様への無用な反発を招かないためにも、『人間の命を狙ったことが悪いわけではない』と結論づける今回の対処は、有効だったのかもしれないが。
でも、それじゃあ泥を被ったウォルカーさんがあまりにも可哀想というか、彼の死が無駄死にすぎて思わず泣けてきてしまうのだ。
『あ、自分の命が軽んじられてることに怒ったわけじゃないんだ……』
「エルザ様のその利他的すぎるところは、少々問題があるように存じますよ?」
背中の聖剣が発したボヤきに乗っかるように、メイド長さんもシニヨンを揺らしながら小さく肩を落とした。
それからすかさず一礼して前言の非礼を詫びると、ガルトライオ様の代わりに私の質問に答え始める。
「逆賊への対処が遅れてエルザ様を危険に晒したことに加えて、SNSを無断で使用したこと。今回の失態を鑑みれば、私に対する懲戒処分と放逐は免れません」
放逐ぅ!? ちょ、ガルトライオ様、いくらなんでもそれは横暴すぎではっ?!
「勘違いするな、人間! ……そう言って辞表を提出しに来たアルファルファを、たった今、ようやく私が引き留めたところなのだ」
バァン!と執務机を叩いた私へ反射的に怒鳴り返しながら、ガルトライオ様は本当にお疲れの様子で再び椅子に身体を沈めた。
一方のメイド長さんも、強面の生徒会長みたいなノリでやれやれと眼鏡を弄る。
「まったく司令も物好きです。私のようなオニオンを重用することなどないのに」
「何度でも言うが、アルファルファの魔法には我々だって幾度となく助けられてきたのだ。……貴様の不幸には同情するが、そう自分を卑下するんじゃない」
不幸?
いったい何のことかと、私はまばたきしながら二人を見比べて。
しかしどちらもその問いに答えることはなく、ガルトライオ様はゴホンとわざとらしい咳払いを発する。
「とにかく立場ある者を無暗に処罰することはできん。ただし、仮にも大隊長に並ぶ管理者が、真っ先に自らを危地に晒すなど本来あってはならないことだ。今後はキチンと身分に相応しい振る舞いをするよう心掛けろ」
「……畏まりました」
メイド長さんはガッカリとうな垂れるようにお辞儀を返していた。
そんな彼女に何と声を掛ければいいか分からず、私は能天気に手槌を叩きながらガルトライオ様へニコニコと視線を向ける。
へー、メイド長さんって階級的にはそんな偉い魔族だったんですねー☆
そりゃそうか。メイド全員の業務をまとめてるという時点で城の内政に深く関与してるんだから、ある程度の地位は保障されてなきゃ逆に問題ですもんね?
SNSの有用性も加味すれば、むしろ五人揃って四天王に選ばれても不思議はないんじゃないですかねえ!?
『話題変えるのヘタクソか』
身振り手振りでゴリ押そうとする私に、聖剣がジト目でツッコミを入れた。
ガルトライオ様も同様の半眼でこちらを見据えていたが。色々と空気を読んだ結果、嘆息混じりに私の妄言に付き合ってくれる。
「まあ四天王に推したいという貴様の意見も分からなくはない。戦時中ならともかく、平時の四天王に求められる資質はアルファルファのような能力なのだからな。ロスケよりもよほど四天王を名乗るに相応しい人物だと、私だって考えるさ」
戦時中でも、メイド長さんの固有魔法は魔王軍の要になりそうですけどね。
城を丸々カバーできるほど広範囲な連絡網かつ、応用次第で敵味方の識別まで可能なレーダーともなれば、その活躍ぶりはまさに司令塔。早馬か伝書鳩くらいしか伝令手段のない人の軍隊など相手になりませんよ!
『……やっぱりと言うか、マスターってガチで魔族の肩を持ってるんだな』
ぐっと拳を握って熱く語る私に向かって、聖剣が消沈するような溜息を吐いた。
言わずもがななことを言い出す聖剣に小首を傾げてから、私はまあそれはさておきとガルトライオ様に視線を戻す。
ちなみに、クーデター中にどうして四天王ロスケは名乗りを挙げなかったのか。その理由を本人に確認してみたところ『その方が面白そうだったから』という身も蓋もない返答が返ってきた。
魔王様が不在の状況で他の魔族たちはどのように振る舞い、エルザ様はどのように動いて現状を打破するつもりだったのか。
ギリギリ限界の場面になるまでコッソリ陰で見守ってみたくなったのだと言う。
『ええぇ……』
ウォルカーさん以外にも黒幕が控えている可能性はあったことだし。
事件の背景を探るという意味では、傍観に回ったあの娘の判断は間違えてもいなかったと思うけどね。
「言い訳を考える手間を省いてくれて、私も助かるよ……」
指を立てつつフォローを入れると、ガルトライオ様は兄様みたいに嘆息した。
考えてみれば、ロスケがとっとと参上していれば、魔王様が宝物殿を蹴り壊す必要もなかったわけで。
憐憫の視線を向ける私に、ガルトライオ様はモノクルを直して対抗する。
「奴は昔からそうなのだ。天才のクセにあまり後先を考えないと言うか、目先の損得よりも自身の快楽を優先してしまう悪癖があると言うか……」
わかる。なんだかんだ言いながら、スッゲェ魔王様と気が合いそうですよね。
「ああ。本人は否定するのだろうが、スッゲェ魔王様と気が合ってしまうのだ」
幼少期に次代の魔王と持て囃されたことで歪んでしまったのか。それとも、彼女の中に眠る古の大魔王の血が彼女を歪ませているのか。
それはもう、きっと本人にも分からないことなのだろうけれど。
私とガルトライオ様はしばし見つめ合い、まったく同じ表情で苦笑を浮かべた。
「……お話し中に申し訳ございません。エルザ様、質問を宜しいでしょうか?」
はいはい? どうかしましたか、メイド長さん?
「もしかすると、エルザ様はロスケ様と直接お会いしたことがあるのですか?」
……
…………
………………
ミルーエの正体がトップシークレットなのをすっかり忘れてたーっ!?
幸いにして、偶然主語の抜けたイニシャルトークになっていたが。
どうしましょうかと青い顔で振り返る私に、ガルトライオ様は我関せずと視線を逸らしつつモノクルをクイクイ言わせていた。
この白蛇紳士め、私に詰め腹を切らせる気だな……
彼に意外とすっとこどっこいな要素があることに親近感を抱きながら、私はさてどうしようかと三つ編みを拗らせる。
万が一にもメイド長さんにSNSを使われてしまえば、私も心のポーカーフェイスを保てる自信などなかった。
――あーそうだー! ガルトライオ様に頼みたいことがあったんだったー!!
『いや本当に、どんだけ話題を変えるのがヘタクソなんだよ』
あーー!! 手が滑ったああぁぁぁーーーっ!!!
勢い任せに鞘から聖剣を引き抜いた私は、両手で掴んだ剣身を天へ捧げると、そこから爆砕点穴目掛けてシュミット式バックブリーカーを叩きつけた。
その衝撃たるや、焚き火用の小枝を折るように聖剣の至る所から金属が軋み上がり、それと同時に柄頭の瞳が限界を超えて見開かれる。
『ヌオッホオオォォォーーー!??』
なるほど、“慈愛の加護(グレイシャス・グレイス)”とはこういうものか。
ふむ。あれほど全力全壊のパワーを込めたというのに、手が斬れるどころか打ち付けた膝にも全然ダメージが残ってないぞ。
その一方で、私から聖剣には攻撃が通るわけか。……これは良い事を知った。
『……伝説の聖剣として扱ってくれなくても良いけどさぁ。……せめて普通の剣としてくらいは労わってもらえませんか?』
普通の剣は人語を介したりしねえよ。
「どうでもいいが、私の前で急に抜刀するのは止めろ。その後のやり取りも含めて、誰かに見られていたらどう説明していいか言葉に迷うではないか」
泣き叫んでいるわりに、実際には刃毀れ一つない聖剣を掲げていると、ガルトライオ様が面倒臭そうに肩を竦めた。
智将なんだからそこは語彙力を振り絞れよと内心ツッコミつつ、とりあえず話題を戻してガルトライオ様に向き直る。
それで頼み事というのはですね、実は日記帳が残り少なくなってしまいまして。
大変お手数ですが、また新しい物を手配して頂いてもよろしいでしょうか? あと、ついでにインクと羽根ペンの替えも用意してもらえると助かります。
「なに、もう書き切ってしまったのか? アレもかなり分厚い物だったはずだぞ」
この城に来てからと言うもの、イベントには事欠きませんでしたからねえ。
これでも、細かいエピソードはだいぶ端折ってるのですよ?
「それにしても書きすぎだ。近年安価になってきたとは言えど、あの品質の麻紙冊子となるとまだまだ値が張るのだぞ」
こちとら低品質な羊皮紙でも全然構わなかったのだが。しかし余計な口を挟むこともあるまいかと、私は申し訳なさそうに俯いてみせた。
すると、気を取り直したメイド長さんが眼鏡の奥でまばたきを送ってくる。
「僭越ながら、エルザ様は日記に詳細事項を盛り込みすぎなのではありませんか? もっと簡潔に、箇条書きにする程度でも十分ではないかと存じますが」
メイド長さんの意見はとても興味深いのだけれど、でもそれだと魔王様が上手く物語を理解してくれないと思うんですよね。
あの脳筋様にはちょっとライトなノベルっぽく、過剰なくらい表現技法マシマシにした方がきっと理解しやすいと思うのですよ。
「……ライトなノベルなのに過剰な表現技法とか、もはや意味が分からんぞ」
「……そもそも、魔王様がお読みになられるという前提を一旦忘れてみては?」
え、なんで?
メイド長さんの言わんとしていることがよく分からず、私は真顔で尋ね返した。
それを聞いた二人は困惑顔で見つめ合い、蚊帳の外に置かれた私は、そんな二人を眺めてパチパチと半眼を瞬かせる。
『マスターってさ、ときどき都合良くお間抜けになるよなー?』
飛龍竜巻投げー☆




