□はたらけ魔王さま! 黎明編
……魔王様のことが全然書かれてないじゃん!!
早朝。淡い目覚めと共にミルーエたんと二人きりで過ごす、まったりのんびり憩いのひと時(『いやオレっちもいるんですけどね?』)。
ベッド上には紅茶をすすっている私と、その背後で髪を三つ編みに整えてくれているミルーエの姿があって。
そして瓦版代わりに先日書き終えた日記帳を流し読みしていた私は、その驚愕的事実に思わず一人でノリツッコミを繰り出していた。
ミルーエはとりあえず髪先をリボンで縛ってから、(コイツはまた朝からハシャギやがって)みたいな表情でジト目を寄越す。
「エルザ様ぁ~突然どうされたのですかぁ~?」
おっと失礼。いきなり大声上げちゃってごめんね、ミルーエたん。
いやでもちょいと聞いてくれよ1よ。この日記、『魔王様観察日記』とか銘打っておいて、肝心の魔王様の話がほとんど書かれてないのですよ。
むしろ、ミルーエたんとの愛妻生活のが濃密に描かれてるまであるね☆
「誰が誰の妻なのでしょうかぁ~♪ ……まあわたしと一緒に居る時間の方が長いのは事実なわけですしぃ~、そもそもエルザ様の日記なのですからぁ~魔王様のことが書かれていなかろうと問題ないのではぁ~?」
問題も問題、大問題だよ。これぞ“ゆゆ式事態”ってやつさ。
嘘と大げさとまぎらわしいは、それだけで視聴者に嫌悪感を与えやすいからね。タイトル詐欺だーなんてクレームが来ちゃったら、ミルーエたんも困るでしょ?
「なるほどなるほどぉ~クレームが来ちゃうのですかぁ~♪」
こちらは至極真剣に答えているというのに、ミルーエは完全に話を聞き流してモーニングセットの後片付けを始めていた。
私はむうっと拗ねるように頬を膨らましつつ、日記帳の表紙に視線を落とす。
……冗談はさておいて。
仮にも魔王様のペットである身の上として、その生態の一つも記録に残していないというのはどうなんだって気がするのは事実だ。
あらたまって考えてみれば。ここに来てから結構経つけど、あの犬畜生様が普段どんな日常を送ってるのかなんて、わりと何も知らないかもしれないぞ。
「そんなこと言ってぇ~いつも一緒にじゃれ合ってるじゃないですかぁ~」
そこはそれ、ペットと飼い主の不文律は守られていると申しますか。ランダムエンカウントはするけれど、互いの生活には基本的に不干渉だからね。
相手にちょっかい掛け合ってても、そこで向こうが何をしてたのかなんて、いちいち根掘り葉掘り詮索しないわけで――
どしたの、ミルーエたん。そんな不機嫌なモノノケ庵みたいな顔になって?
「なんでもありませんよぉ~だ!」
プイッと。それはもう不満気に眉をひそめていたミルーエは、こちらの質問に取り合うことなく背を向けて。
そんな彼女の白い翼を眺めながら、私はわけが分からずまばたきを繰り返し、そして温くなった紅茶をズズズッと飲み干すのだった。
と、言うのがおよそ15分前の話になりまして。
善は急げとネグリジェから着替えた私は、背中に聖剣を担ぎつつ、魔王様の寝室前へと寝起きドッキリにやって来たのだ(実は廊下を挟んで向かい側の部屋)。
『メッチャ詳しく説明してくれてるけど、それって誰向けの解説だったんだ?』
聖剣は柄頭の瞳を開くと、慣れた調子で私の独白にツッコミを入れてきた。
ちなみに本日ミルーエが準備してくれた衣装は、童貞を殺せてしまいそうな、妙に胸元が強調されたブラウスとコルセットスカートで。
さり気なく盛られたパットが自尊心をヘシ折りに来るけれど。彼女が素材からオーダーメイドした、いつもながら奇抜でハイセンスな逸品なのである。
『というかカジュアルすぎて世界観を間違えそうだな。この世界の文化レベルでどうやって、こんな色鮮やかに染色したり緻密な編み込みをしてるんだ?』
詳細は知らないけど、なんか魔法で色々合成してるらしいよ?
感覚的にはロングソード+1を錬成するのと、そう手順は変わらないんだとか。
『なんでその恵まれた才能と技術力を、コスプレ衣装作りなんかに注いぢまってるんだか……。あのハピオンって、もしかして意外と頭が悪いのでは?』
……シャラップ聖剣、それ以上私の嫁を愚弄するようなら戦争だぞ。
私自身、あの娘の暴走癖に想うところはあったのだが。しかし庇護欲が優った結果、同意の言葉を飲み込んでジロリと柄頭を睨みつけた。
そして複雑な表情で口をつぐむ聖剣を尻目に、寝室の扉を見上げる。
話を本題に戻そうか。たしかあんた、この前『相手の感知技能を無効化するスキルがある』とか言ってたよね?
『“凡庸の靄(インフェリア・ミスト)”のことだな。一応注意喚起しておくと、これは気配を隠蔽するスキルであって、姿が透明になるわけじゃないからな?』
まあ、インビジブルガールにもちょっち興味が惹かれないでもないけれど。
でもとりあえず今のところは、あの御犬様の“魔王の第六感”さえ無効化してくれればそれで十分さね。
『オレっちを頼ってくれるのは嬉しいんだけどさ。……日記のためだか何だか知らんけど、そこまでして魔王の寝顔なんて拝みたいものかねぇ?』
やれやれと聖剣がボヤいたと同時に、私の胸の辺りで何かがズクンと疼いた。
それに合わせて、身体に薄っすらとモヤがまとわりついた気がして。他に変化は感じられなかったが、聖剣の眼差しを見るにこれで準備万端のようだった。
よし、それでは……おはようございまーす|ωΦ*)
『もしかしてガチで寝起きドッキリのテンションで進行するおつもりですか?』
なんでか脱力している聖剣をスルーして、私は目前の扉をそーっと押し開ける。
間取り自体は私の部屋とほとんど変わらないが、置いている家具や安楽椅子は魔王様に合わせてキングサイズとなっている寝室。
その暖炉の脇に設けられた、これまたマウンテンサイズなベッドの上で。毛布も掛けず仰向け大の字に寝転んだ魔王様は、ぐーがーと聞き苦しいイビキを掻きつつ、気持ち良さそうに眠っていた。
私は聖剣にチラリと目配せを送ってから、ソロソロとベッドの脇に忍び足する。
先日の『寝たフリ三つ編み事件』のときより盛大なイビキから推察するに、どうやら“凡庸の靄”はカタログ通りのスペックを発揮してくれているらしかった。
『ってか、なんかもうこのまま魔王の寝首を掻いてハッピーエンドでもよくね?』
魔王様を甘く見るでねーですよ、聖剣さん。
そんな簡単に寝首を掻ける程度の御主人様なら、スキルなんぞに頼らずとも、この私自らの手で引導を渡してやってるってなもんでさあ。
『いや、マスターはなんでちょっと誇らしげなんだよ』
フフンと鼻を鳴らして三つ編みを揺らす私に、聖剣はくたびれた溜息を返した。
そうしてしばらく私とヨダレ塗れな魔王様の御尊顔を眺めてから、ふと我に返ったようにキョトンと瞳を丸くして疑問符を浮かべる。
『ところでマスター? 無事魔王の部屋に忍び込めたのは良いとして、これからいったいどうするつもりだったんだ?』
……
…………
………………
『ヘイ、マスター?』
正直、寝顔を見ること以外は何も考えてなかったよね。わりと反省してる。
『出たての天然系芸人とかドグラ星のバカ王子でも、この後魔王につかまってどつき回されるってことくらいは思いつくぞ?』
聖剣が匙を投げるように嘆息し、私も口元に手を添え考え込んでしまった。
そのまま「せっかくだから魔王様の心に抉るような爪痕を残してやりたいなあ」なんて思考を回していると、閉じた扉がコンコンと丁寧にノックされる。
(魔王様、失礼致します)
(もー、絶対起きてるわけないのに真面目だなー)
(そういうおまえは不真面目が過ぎるぞ?)
――だっしゅつボタン起動!!
それがモーニングコールにやって来たメイドだと察知して、私は咄嗟にベッド脇に置かれたサイドテーブルの下へと滑り込んだ。
途中で聖剣の柄頭が引っ掛かり、ヘッポコな悲鳴が上がったりしたけれど。幸い魔王様のイビキに紛れたようで、扉は先ほどと同じくそーっと押し開けられる。
『ん? なんかあのメイドたち、何度か見たことある気が……?』
あー。二人はアレだよ、ミルーエたんとよくつるんでるメイドさんズだよ。
耳元で囁く聖剣にそう返しながら、私も入室してきた二人の魔族を見上げた。
片方は“ハヌマン”と呼ばれる、サルとヒュームを掛け合わせたような外見の少女で。筋肉質な褐色の肌と、女性でありながら胸からヒゲから背中からポニーテールからと、金色の体毛がビッシリ生えているのが特徴的な種族だ。
しかし、髪質がサラサラしており顔立ちも精悍だからであろうか。だらしない中年オヤジのような不快感は感じず、むしろ男装したら女性層に滅茶苦茶モテてしまうんだろうなあと言うことは想像に難くなかった。
そしてもう一方が“スラリン”と呼ばれる、青いゼリーで構成された半透明少女で。スケスケな頭の奥には目玉のようなコアが一つプカプカ浮かんでいる、見た目からしてだいぶ人外な魔族さんだ。
フォウリー様曰く、肉体はゼリーと言うよりダイラタンシー的な組織で構成されているらしくて。単語の意味はよく分からないが、ようするにとても頑丈かつしなやかなボディだということだろう。
何を隠そう彼女ら二人は、以前ミルーエと一緒になって、私をお風呂に入れようと追いかけ回してくれたメイドさんズで。
あの場面以外でもミルーエと行動している姿をよく見かけたため、私は密かに心の中で“ハマちゃんスーさん”とあだ名をつけて呼んでいた。
『スーさんはともかく、ハマちゃんはちょっと強引すぎませんか?』
しっ、二人がこっちにやって来るよ。
物言いたげな聖剣を押し留めつつ、私は釣りバカコンビの行動を窺った。
爆睡している魔王様を見下ろした二人は、なにやらアイサインで以心伝心すると、カーテンを開けるような気軽さで左右に別れてベッドを挟み込む。
……魔王様ともあろう御方が、メイドさんのバイノーラルボイスでお目覚めを?
『たぶんそれだけはないと思うから、そんな般若みたいな顔するのはやめようぜ』
何故だか無性に奥歯が苛立って、私はムムムッと三つ編みを奮わせていた。
対する聖剣は、勘違い女を宥めるような口調で苦笑して。じゃあこの配置はなんなんだよと、私は半眼を吊り上げ八つ当たりする。
――ジャキイン!!
『えっ?』
えっ?
なんかカッコイイ擬音が聞こえて視線を戻すと、ハマちゃんの両手には重くて刺々しい棍棒が、そしてスーさんの両手にはグレートアクスが握られていた。
二人は各々の獲物を振りかぶると、それぞれ魔王様の頭と胴体目掛け、一切の躊躇なくその顎を振り下ろす。
私は慌ててテーブルから飛び出して二人を制止しようとしたが。
そのときにはマウンテンサイズのベッドがズドン!と爆散し、部屋中に羽毛と木片が舞い飛ぶ大惨事となっていた。
し、死んだーっ!? 魔王様が死んじゃったーーーっ?!!
「おやおやー、これはエルザ様と聖剣様じゃないですかー」
「おはようございます。……ですが、どうして魔王様のお部屋に?」
ベッドにめり込んだ武器を力任せに引き抜きつつ、スーさんとハマちゃんはご丁寧に私へ頭を下げていた。
しかし悠長に返事を返す余裕などない私は、邪魔な羽毛を掻き分けながら、陥没したベッドと呑気な二人を交互に指差す。
二人ともまだ間に合います! こうなれば全速力で魔王様を解体した後、皆で手分けして西の裏山の茂みにでも埋めて来ましょう!!
『……聖剣的にはまず自首から勧めて欲しかったなぁ』
ええい、言ってる間におまえも知恵を振り絞れってんだよこの駄聖剣め。
魔王様も魔王様だ。こんな簡単にしんでしまうなんてなさけない!
どうせ死ぬなら私も二人と一緒に思いっきり聖剣を突き立ててあげたのに――
「でりゃあ」
とんぬら!!?
突然背後に出現した黒い影に力の限りの蹴っ飛ばされて、私の身体はキリモミ回転しつつベッドの大穴へと嵌まり込んだ。
いったい何事だと必死に穴から這い出してみれば、見慣れた狼顔の巨人が尻尾を揺らして仁王立ちしていて。
「……よぉエルザ、今日も朝から随分と威勢がいいみたいだな?」
……おはようございます、魔王様。
……今朝もとってもナイスガイですね☆
ニヤリと意地悪く嘲笑う魔王様に向かって、私は口に入った羽毛を噴き出しながら、引き攣った笑顔を返してみた。




