□ミルーエたんマジ天使
「――ああぁ~、ようやくエルザ様発見ですぅ~っ!!」
早速自室に引き籠って筆を取ろうと考えていた私の耳に、千年の氷も融けてしまいそうなほど間延びした声が届いた。
声の方に視線を向けると、一人のメイド少女がこちらへ駆け寄ってくる。
彼女の着ている物は、人間の文化とそう変わりない、ごくごく一般的なエプロンドレスにメイドカチューシャだった。
なんか袖とか裾とかが絶妙に短い上に、人並み以上に豊満な胸元がなぜか謎に強調されている気もしたけれど。一応ここではごくごく一般的なメイド服だと言うことにしておこう。
まあ、そんな些事は置いておいて。
このメイド少女の特徴的なところは、何と言っても背中から生えているあの白鳩のような純白の大きな翼だ。
エルフェンのように白くスベスベの肌と、エルフェンほどではないが軽く突き出て尖った耳。それから薄ピンクでモコモコのボブカットに目を奪われがちだが。
身体を揺らす度に背中で羽ばたくあの翼こそが、彼女を彼女たらしめている重要なファクターであることは、ここに明記しておかざるを得ない。
彼女の種族はハピオン。聖書に描かれている“天使”の姿をそのまま具現化したような、美しくも清らかな魔族の乙女だった。
そんなメイド少女は私の前で華麗に可憐に立ち止まると、小さく呼吸を整えてから、スカートの端を掴んで申し訳程度に頭を下げる。
「どこを探しても全然見つからなかったものだからぁ~わたしってば慌てて城中走り回っちゃいましたよぉ~♪」
顔を戻した少女は「えへへぇ~」とはにかむような緩い笑みを浮かべた。
その仕草があまりにも可愛すぎて、性別も年甲斐もなくキュン☆と赤面した私は、ブヒブヒ叫びたい衝動を堪えてニヤける口元を左手で抑え込む。
彼女の年頃は私と同じくらいだろうか。
私の容姿に対する世間一般の評価が『特に秀でたチャームポイントはないけれど、顔の配分が整っているのでまあ平均的には美少女なんじゃね?』というフワフワしたものだとしたなら。
このメイド少女は、容姿から声から動きまで全部が全部『カワイイ』で構成されている“真の美少女”と評しても過言ではなかった。
そしてただカワイイだけではなく、背中の翼が全身を引き締める良い感じのアクセントにもなっていて。
私が男だったら、きっと一目惚れして出会って二秒で告白していたに違いない。
「えへへぇ~それはそれは光栄なのですぅ~♪」
少女はまた緩い笑みを浮かべると、照れたように前髪を弄った。
そんな可愛らしい所作と連動するように、耳と翼がピクピク揺れ動く。
うん、カワイイ(即答)
萌えを通り越してもはや悟りの領域に達した私は、一転して覚者のようなアルカイックスマイルを作って彼女を愛でた。
他人に告白してもあまり信じてもらえないのだが、こう見えて私は、昔からモフモフしててカワイイものに目がなかったりする。
子猫であればいつまでだって眺めていられる自信があるし、もし許されるのであればその背中に一日中顔を埋めて過ごすこともやぶさかでないのだ。
もちろん、その性癖は動物に限らず彼女のような美少女にも適用される。
おまけにメイド服と白い翼のコラボレーションが加わると言うのであれば、そのマリアージュは留まることを知らず天元を突破していくのである。
そんなメイド少女が、なんと私専属のお世話係なのだと言うから驚きだ。
いやはや私が男じゃなくてマジで良かった。
こんなメイドさんがお世話係だとか言われたら、この鋼の自制心を以てしても間違いを犯さない自信がない。むしろ夜な夜な部屋に呼び出してはえっちぃお世話をお願いしまくって、日記のタイトルが【生贄エルザのメイドさん緊縛調教日記】に変更されちゃうところだったさ。
まったく、私が女で命拾いしたね☆
「えへへぇ~エルザ様はほんとぉ~に面白い人間さんですねぇ~♪」
メイド少女はそう微笑むと、さり気なく後ろに一歩下がって距離を置いた。
その一跨ぎの間合いに断崖絶壁の隔たりを感じながら、私はえほんえほんと咳払いを繰り返して己の下心を誤魔化す。
……よし、話を戻そう。
この娘の名前はミルーエで、私のお世話係をしてくれているメイドさんだ。
私も最初はお世話係などいらないと拒否したのだけれど。魔王様の懐刀こと四天王の一人こと魔王軍参謀のガルトライオ司令に、監視役という名目で強制的に押し付けられたのだ本当にありがとうございます。
あ、ガルトライオ司令というのはディゼル・ガルトライオ様のことで。
前回の話の最後に声だけで登場していた、あの美声の主にあたる。
「ちなみにぃ~わたしのフルネームはミルーエ・フォン・デュ・チヨコレイトと申しますぅ~。こう見えてもかなぁ~り高貴な一族の末裔なのですよぉ~♪」
ミルーエは私の独白に応えるようにその場でくるりと一回転すると、バサッと翼を震わせてこちらに微笑みかけた。
うんうん、お人形さんが動いてるみたいでとても可愛らしい。
けれど、高貴な一族の末裔がメイドをやっていることよりも、その聞くからに甘ったるそうな名前の方に気が向いてしまいます。
「そうですかぁ~? 魔族は名前がながぁ~い方がなんかエラいんですよぉ~」
それは初日にも聞いた。
でも言いたいのはそういうことではなくてだね。
「……んん~?」
私の葛藤が上手く伝わらず、ミルーエはキョトンと小首を傾げてしまった。
そんな仕草にシマエナガの顔を重ね合わせて、私は胸を押さえて悶え苦しむ。
うん、カワイイ(三分ぶり二回目の即答)
ダメだ。このままでは、どう足掻いても『ミルーエたんマジ天使』だけで日記帳が埋め尽くされてしまう。
何としても会話の主導権をこちらに引き戻さなければ……!
私は心の中で拳を握り締めると、気合を入れてミルーエと向き合った。
――さて。それでお嬢さん、今日はこの私にいったいどのようなご用件で?
「ああぁ~そうでしたそうでしたぁ~!!」
ミルーエはポンと可愛らしく両手を合わせると、その白い右手で私の右手首を掴んでズリズリと引き摺り始めた。
ハッハッハッ。
おいおいお嬢さんや、人の体をそんな乱暴に引っ張るものではないよ。
……
いやちょっと待ってこの娘見た目によらず超怪力。なんだこれ、冗談抜きでまったく抵抗できないし。
このままだとガチで肩が外れそうなんですけど人の話を聞いてくれやがりませんかミルーエさん?
靴底がどんどん擦り減っていく感触を感じながら、私は冷や汗混じりにミルーエの横顔を覗き込んだ。
一方のミルーエは、犬の手綱でも引っ張るような気軽さで、右手一本で楽々と私の体を城中引き回していく。
「ええっとぉ~、エルザ様のお召し物がようやくご準備できたんですよぉ~。ですのでぇ~これから試着タイムなんですぅ~」
えっ、なにそのゆるふわボイスに似合わない有無を言わさぬ断定形は。
それにそんなものを頼んだ覚えはないといいますか。べつに今着てるこのドレスだけで、服は十分だと思うよ?
「それってこのお城にいらっしゃった時のお洋服ですよねぇ~? そんなんじゃあダメダメですよぉ~。普段着に部屋着に晩餐会用ぉ~。ネックレスに指輪にイヤリングゥ~。バスローブにネグリジェにちょっとエッチな下着までぇ~。女の子はいっぱいいっぱいお洋服を持っておかないとですよぉ~」
後半部分はたぶん必要ないんじゃないかなあ。ナイスバディなキミが着るならともかく、私の貧相なスタイルじゃあ需要ゼロだと思うのだけれど。
そもそも私は寝るとき全裸派だし。
……というか、ただ服を見せるだけなのに、なんでキミはこんな力づくで私を強制連行しようとなされているのですか?
「えへへぇ~。せっかくなのでぇ~このままお風呂に入って体中キレイキレイしちゃいましょうねぇ~♪」
よし逃げよう。
ミルーエの言わんとしていることを言葉でなく心で理解できたときには、スデに私の行動は終わっていた。
重心を素早く前方に動かすと、ミルーエと同じの進行方向に向かってジャンプ。
それまで引き摺られていた力を全て加速力に変換し、逆に彼女を引き摺らんばかりの勢いで全力疾走を開始した。
「ふわわっ?!」
私の行動に驚いたミルーエは、手を離さないよう握る力を増しながら引っ張る向きを変える。
それを直感した私は瞬時に急ブレーキ。耐えず堪えず逆らわず、彼女の動きに合わせて持てる全力を振り絞ってコークスクリューブローを放った。
するりと。
ウナギを掴もうとして失敗したときのように、ミルーエが手を滑らせて、私の手首が彼女の凶悪な握力から解放された。
そのままバランスを崩すミルーエに背を向けると、私は迷わずそこらの窓ガラスを突き破って魔王城の三階から飛び出す。
腕をクロスし足を丸めてガラス片から身を守りながら、私は自分でも知らないうちに窓のカーテンをしっかり握り締めていた。
空中で一時停止した私の身体は振り子の要領で城の方へと戻り、壁に叩き付けられる直前に手を離して、今度は下階の窓へと突っ込んでいく。
ドンガラガッシャーンと再度ガラスを粉砕しながら、魔王城二階にハードランディングした私は、廊下をゴロゴロ転がって激突の衝撃を緩和した。
顔を上げると、咎無きメイドさん二名がギョッとした表情で洗濯物を落としていたけれど。当然ながら私にそれを謝る余裕はなくて。
「……エルザ様ぁ~待ってくださいよぉ~」
砕けた窓の向こうから、フワフワと宙に浮かんだミルーエが顔を出した。
背中の翼は何も活躍していない。
代わりに赤い靄のようなものが、オーラとなって彼女の全身を包み込んでいた。
うん、カワイイ(戦慄)
一介のメイド少女ですら気軽に空中浮遊の魔法を使えちゃうとか、ちょとシャレならんしょこれは……!!
「ああぁ~御二人ともちょうどよいところにぃ~。これからエルザ様をお風呂に入れてあげようと思うのでぇ~捕まえるのにご協力くださぁ~い」
ギィンッ!となんかカッコイイ擬音を鳴らして、ミルーエの訴えを聞いた咎無き二名のメイドさんズの私を見る目が変わった。
自分たちの手に残っていた僅かな衣類すら投げ捨てると、二人とも逃げ出した子犬を追いかけるように、両手を掲げて私ににじり寄り始める。
なぜなにホワイ。なんでたかだか四日五日入浴を拒否しているだけで、こんな絶対包囲網を敷かれなきゃいけないのだ。
これでも私、体はちゃんと毎朝拭いてるよ? 下着だって水洗いして寝てる間に干してるし、臭わないか確認だってしてるもん。
「……エルザ様、今日こそは御覚悟を」
「……大丈夫大丈夫、熱いのは最初だけですからー」
おまえらいつも心の声にまでツッコミ入れて来るくせに、こんな時だけガン無視するのはズルいぞ!!
批難してはみたものの、メイドさんズは気にする様子も見せず。
どころかそこにミルーエも加わって、いよいよ収拾が付かなくなってしまった。
仕方ない、こうなれば輝く未来に向かって戦略的転進だ!
私はボロボロになったドレスの裾を躊躇なく引き裂くと、踵を返して魔王城の長い廊下を全力で逆走していった。




