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生贄エルザの魔王様観察日記  作者: ぴあ
一冊目【脳筋魔王様とツッコミどころの多い仲間たち】
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□智将☆ガルトライオ司令





「……やはり、貴様は人間共が送り込んできたスパイなのではないか?」





 貴方の仰りたいことはよぉーく分かりますけれど。

 しかし、この一件に関しては私は無実だという事実を、是非とも理解していただけないでしょうか?


 ミルーエたちの魔の手から逃げ出して小一時間後。


 魔王城の二階最奥に存在する“謁見の間”にて。大部屋の至るところを貫いている巨大な柱の陰に身を隠しながら、私はぜぇぜぇと荒い呼吸を整えていた。

 そんな私の三つ編みを、無駄に美声な声の主――ディゼル・ガルトライオ様が冷たい眼で見下してくる。


 ガルトライオ様はその美声に恥じぬ見目麗しい美青年であった。


 ミルーエがカワイイに特化したゆるふわ系美少女であるなら、ガルトライオ様は森林に住まう長命種のエルフェンに近しい美形顔で。

 どれほどの美形かと問われれば『おそらく設定年齢は19歳で蟹座のB型だと思われます』という答えが返ってくるレベルの、白馬の王子様系美男子だった。


 一歩間違えば病的に見えてしまいそうなほど白く美しい肌に、細身で長身ながらがっちりと整った筋肉。吊り目は細く鼻も高く、顔の輪郭は全体的に角ばっているが、それが嫌味にならない程度に均衡の取れた顔立ち。そして、ゴールドともブロンドとも違う独特の淡い色合いの金髪。

 全身真っ黒毛むくじゃらな魔王様とは対照的に、白いタキシードのような礼装を完璧に着こなして、左目に掛けたモノクルもいい感じに似合っていると言えた。


 私から挙げられる唯一欠点と言えば、眼球全体が黄色く染まっており、瞳孔も蛇のように細長に切れていることくらいなのだが。

 その蛇のような瞳から放たれる形容しがたき威圧感が、只今絶賛私へと注がれている冷酷無比な彼の殺気を際立たせていた。


 私は恐怖にぶるりと体を震わせると、こみ上げてくる尿意を必死に堪えながら、ガルトライオ様へ決死の愛想笑いを向ける。


 たしか、ガルトライオ様はアダリンという蛇型の魔族なんでしたっけか?


「ん? ああそうだ、本来の私は白銀の大蛇のような見た目をしているな」


 なんでも、彼は魔法によってエルフェンに近い容姿に外見を変えているのだと、先日ミルーエから解説を聞いたことがあった。

 でもここまで見事に化けることができるのなら、もうちょっと目元も何とかならなかったのだろうかと、私は眉をしかめて彼の蛇眼を見上げる。


「種の違う貴様には理解できないだろうが。アダリンにとっては瞳の美しさこそが最大のアイデンティティなのだ。他の何を偽ってもこれだけは替えられん」


 私の考えていることを察したのか、ガルトライオ様はやれやれと嘆息しながらモノクルの位置を微調整した。

 実際、人間である私にその性癖はあまり理解できなかったけれど。しかし、こちらにも譲れないアイデンティティはあることだしと、彼への無礼を一応反省する。


 それはともかくとして、なんでわざわざエルフェンの格好を?

 変身対象に、見目麗しき人間種を選ぶ理由なんてないように思いますが?


「――外交上の都合だ」

 ――オーケー把握。


 ガルトライオ様が万感の想いを込めてクワッと蛇眼を見開き、

 余すことなくその感情を受け取った私も、半眼を戦慄させつつ頷き返した。


 魔王様がノリと勢いだけで生きているような脳筋の鑑であらせられることは、何度も繰り返し主張している通りなのだが。

 一方で、正直ガルトライオ様以外の四天王たちも、全員がとてもクセの強いキャラクターをしている“魔族のやべーやつら”揃いだったりするのである。


 ここで唐突に、魔王様直属の親衛隊である魔王軍四天王の内訳。


 トップバッターが、“智将”ディゼル・ガルトライオ。

 魔王様の参謀であると共に魔王軍の司令官でもあり、内政や国庫の管理も一手に引き受けている、この城の実質的支配人(マネージャー)

 彼がいないときっとこの国三日で滅ぶ(たぶん魔王様が原因で)。


 ナンバーツーが、“賢者”エルフィラ・ミル・フォウリー。

 様々な治癒魔法を得意とするだけでなく、医学や薬学にも造詣が深い、たった一人で魔族の平均寿命を十年引き延ばしたと言われている女性。

 一方で、魔王様が好きすぎてヤンデレ化していることでも有名なヴァンプであり、倫理観の欠落したマッドサイエンティストとしても悪名高い。


 三番手が、“英傑”ダルメサット・ディアボロスフェア。

 非力な種と揶揄されるゴブリン族の生まれでありながら、鍛えに鍛えて四天王にまで登り詰めた、叩き上げの平民騎士かつ戦士総長。

 基本的には常識人なのだが、STRにボーナスを振りすぎた影響かちょくちょく素っ頓狂な発言が飛び出してしまう、魔王様とはまた違った意味での脳筋さん。


 最後が、“大魔導師”マックロック・ロスケ。

 神出鬼没正体不明の御方であり、その姿どころか真名すら公に明かされていないという、存在が疑われるレベルで本当に謎の魔族。

 実際、上の三人はここ数日場内で見聞きしただけであらかたの情報が得られたのに対して、ロスケ様だけはナシノツブテだった。


 ……いや実在しているんですよね、この魔族様?


 脳内でデータを整理し終えた私は、「だいたい“四天王”って安直なネーミングはどうなんだ」とガルトライオ様を見据えた。

 ネーミングセンスについてはガルトライオ様も同意見だったようで、彼はくたびれたように肩を落として首を横に振る。


「奴に関してはプライベートな問題だからな。私からは何も語らないぞ」


 あ、プライベートな問題なんだ……

 四天王とか銘打っておいてプライベート優先なんだ……


 面倒臭そうに答える彼に対して、私もガクッと三つ編みを垂らしてうな垂れた。

 するとガルトライオ様が、私の誤解を訂正するようにタキシードの裾を払う。


「四天王なんぞ魔王様が戯れで決めただけだ。魔王様が頂点であることを除けば、そもそもこの国に身分の優劣など存在せん」


 あら、それはずいぶんとおキレイですこと。

 ……それも魔王様の方針で?


 人間の教会が謳う“人類皆平等”すら信仰できない私は、ガルトライオ様にそれはもう訝しげな視線を向けた。

 彼も綺麗事を口にしている自覚はあったようだが。それでも前言を撤回したりはせず、毅然とした態度で私と向き合う。


「此処は魔王様を慕う魔族が集い集まって生まれたギルドだ。皆が魔王様のために自分が出来ることを進んで為した結果、便宜上国家の態を取るようになっただけであって、本来は身分も役職も必要としない国なのだ」


 王を担いで囲って形成された人間のような猿山ではなく、

 王が歩いた軌跡に自然と引き寄せられて出来上がった併泳の群れ。


 どちらも健全な関係とは言い難いかもしれないが。しかし私の脳内では、魔王様の広い背中に惹かれて導かれていく魔族たちの姿を、はっきりとイメージすることができた。

 だけどそれって美談というよりは新興宗教の行き着く先なんだよなあと、私は苦笑混じりに片眉を吊り上げる。


 皆さん、いったいあの魔王様のどこにそこまで惹かれているのですか?


 だって魔王様ってば間違いなく根っからの脳筋ですよ。

 たまに意味深に見える振る舞いも、脚本の人そこまで考えてないと思うよというか、ただ筋肉任せに行動してるだけに決まってますって。


「その質問に答える義理はないな」


 ……でしょうね。


 端から返答を期待していなかった私は、ようやく鼓動の落ち着いてきた体を持ち上げて嘆息した。

 それとなくミルーエたちの気配を探ってみるが。謁見の間に逃げ込んだとは想定できなかったらしく、メイドさんズのバタバタとした足音は聞こえてこなかった。


 そんな私の姿を見たガルトライオ様は、呆れたように蛇眼を細める。


「たかが風呂だろうに、なぜ貴様はそんなことでそこまで必死になる。そちらの方が私には解せんのだが」


 たかが風呂?


 いや、だってお風呂ですよ。

 わざわざ汗水流して川から水を汲んできて、桶一杯に溜めて煮詰めた上で、その中に自分が入って温まるんですよ。


 ……


 出汁を取ってるんじゃないんだぞ!? ふざけるのもいいかげんにしろ!!


 他の魔族が見ていないのを良いことに、私はじわじわとなぶり殺しにしてくれるのも辞さない覚悟で、拳を握り締めつつ叫んだ。

 それと向き合うガルトライオ様は、集中線の多さに驚かないどころか、どこか白けた顔で私を見据え返す。


「どうしてそこでキレる。というか“ダシ”とはなんだ?」


 いいえ、キレてないですよ。私をキレさせたのなら大したものですよ。


 とにかく、入浴という悪しき慣習など早く世の中から廃れるべきなのです。

 ……あと、ここで出される食べ物については、後日主張したいことが山のようにございますのでそのおつもりで。


「その物怖じのなさはヒュームながら称賛に値するのだがな。言ってはなんだが、貴様も大概脳みそが筋肉製だぞ」


 ガルトライオ様は腕を組んで嘆息すると、魔王様への無礼な発言に対して仕返しをするようにボヤいた。

 それでも私は、自分に素直に生きているだけですよーと華麗な屁理屈を捏ねて彼の追及をすり抜ける。


「――まあいい、そろそろ“本題”に入るとしよう」


 ザワリと音を立てて、場の空気が変わった。


 魔王様の部屋にいたときに、カーテン越しに叩きつけられた殺気。

 それを遥かに凌駕する冷徹な視線が、鋭い刃と化して私の心臓に突き刺さった。


 ……そう言えば、私を探していたのでしたっけか。

 ……本題とはいったい何のことでしょうか?


 これが対応を間違えるとガチで死ぬ系のイベントなのだと察した私は、表情を引き締めてガルトライオ様と対峙した。

 ガルトライオ様は「やはり魔王様の邪魔をしていたのか」と頬を引き攣らせながら私を睨みつける。


「貴様は己の立場を理解しているのか?」


 はい、まったくもって理解できていません。

 もし許されるのであれば、どうしてこうなったと連呼しながらニッコリ笑顔で小躍りしていたいくらいです。


 私が包み隠さぬ本心を伝えると、ガルトライオ様はどこか納得したように眉をしかめて肩を落とした。


「貴様が望むのであれば、元いた街へとこっそり送り届けてやってもいいぞ。もちろん、多少の記憶操作は施させてもらうが……」


 それに答える権利を、私は持ちあわせておりません。

 私はもう魔王様の所有物(ペット)なのですから、私などに尋ねず、魔王様に直接お伺いを立ててはいかがでしょうか?


「それがまかり通るのなら、最初から貴様になど――!!」


 思わず声を荒げかけて、ガルトライオ様は慌てて出かかった言葉を飲み込んだ。


 たとえ魔王様のいない場所であっても。いや、魔王様がいない場所だからこそ、自らの主人を批判したり陰口を叩いたりしようとしない。

 先ほどはフォウリー様のことをヤンデレと解説したが、魔王様への忠誠心に関して言えば、この参謀も負けず劣らずなのだ。


「このまま此処にいてもロクな結末にならんことは、貴様なら理解できるだろう? メイドたちとは馬が合ったようだが、魔族の大半は今回の魔王様のワガママに不満を抱いている。今も虎視眈々と貴様の命を狙っているはずだ」


 ……それはガルトライオ様も含めて、の話ですか?

 私が試すように問いかけると、ガルトライオ様は姿勢を正して蛇眼を細めた。


「私は魔王様の決定に逆らうつもりはない。が、もしかしたら城の警備を緩めたり、不審者を見逃すくらいはするかもしれんぞ?」


 それはないでしょうと、私は彼を嘲るように微笑み軽口を叩いた。


 魔王様の言葉を絶対として考えている貴方なら、その魔王様の意図に副うよう最大限の労力を惜しまない。

 “あえて穴を作る”なんて背徳行為を行うことは、貴方は身が裂けてもしないだろうし、できるはずがないんだ。


 たとえそれが、いけ好かない人間(わたし)を守ることだとしても。

 どんな魔族よりも激しく私を嫌悪し、この城から存在を消し去りたいと願っている貴方は、それでも魔王様の意向に沿って動かざるを得ない。


 なんたって、それが貴方が魔王様のために為せる“自分の役割”ですもんね。


「あまり調子に乗るなよ、人間。貴様一人、魔王様に悟らせずに消す手段などいくらでも用意できるのだぞ」


 ガルトライオ様は私の言葉を一切否定しなかった。

 代わりに全身に赤い魔力のオーラを滾らせたが、私は気にせず肩を竦める。


 ……まあ、その程度は貴方なら余裕のよっちゃんなのでしょうが。


 でもガルトライオ様、私はもう五日もこの城で生き延びています。

 五日も経つというのに、私はまだ死ぬことができないでいるのですよ。


 ああそうだ。言い忘れていましたが、どうもありがとうございました。


「なんの……話だ……?」


 唐突な話題の切り替えについて来れなかったのか、ガルトライオ様は若干の戸惑いを見せて狼狽した。

 私は間を持たせるようにえほんと咳払いしてから、半眼を細めてはにかむ。


 もちろん、私のお世話係にミルーエたんをあてがってくれたことですよ☆

 あんなカワイイ娘に追いかけまわされる昼下がりとか、私いま人生最高のモテ期が到来しているんだと思います。


「貴様のっ!! そういうところだぞっ!!!」


 とうとうツッコミを我慢できなくなったのか、ガルトライオ様は美顔を大きく崩して牙を剥いた。

 ついでに放たれた衝撃波が三つ編みを揺らしたが、私は踊るようにステップを踏みながら両腕を広げて踵を返す。


 さあて、本題とやらはこれで終わりでしょうか?

 それなら、私はそろそろ潜伏場所を変えようかと考えているのですが。


「……交渉決裂だな。後悔することになるぞ」


 言われるまでもなく、すでに悔いているので問題ないです。

 ところで、ガルトライオ様が人様のペットと交渉する性癖があるとは思いませんでした。意外とお可愛い趣味をお持ちですね。


「言っていろ」


 唾と共に吐き捨てると、ガルトライオ様は転移の魔法でこの場から消失して。

 誰もいなくなり静まり返った謁見の間で、私は腰に手を当てひとりごちた。


 ――貴方も、そういうところですよ。





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