断罪の刃と、崩れ落ちた虚栄
「ギルバート公爵閣下。直々にこのような場所へ」
父親は腰を抜かし、絨毯の上を這いずりながら震え声で呟いた。
後妻である継母も、手にしていた高価な扇子を取り落とし、幽霊でも見たかのように真っ青になっている。
「なぜだと」
ギルバートは一歩前へと踏み出した。
彼が纏う凍てつくような冷気と威圧感だけで、室内のシャンデリアが凍りつき、静かに軋みを上げる。
「金貨三万枚の支度金を請求されたのでな。わざわざ我が公爵家の全財産を管理する財務官と、法を司る近衛騎士団を引き連れて、直々に来てやったのだ」
ギルバートの合図で、背広を着た王室財務官が進み出て、巻物のような告発状を広げた。
「伯爵、貴殿に重大な嫌疑がかけられています。第一に、王家から領地に下りていた治水予算、計金貨二万枚の公金横領。第二に、過去五年にわたる巨額の脱税。第三に、公爵家に対する身代わり婚姻の詐欺行為、ならびに不当な金銭脅迫」
「何を馬鹿な、言いがかりだ。証拠はあるのか」
父親が必死に叫ぶ。
財務官は冷ややかに鼻を鳴らした。
「すべて、貴殿の書斎に残されていた裏帳簿と、公爵領へ送られた脅迫状から完全に裏付けが取れております。これまで不整合を帳尻合わせしていた優秀な頭脳がいなくなったことで、隠蔽工作はあまりにお粗末でしたな」
「レティシアお前、あんなに完璧に隠していたのに、なぜ公爵様にすべて喋ったんだ」
父親の浅ましい叫び声。
自分が横領していた罪を棚に上げ、隠蔽役を押し付けていた娘を責め立てるその姿に、騎士たちからも軽蔑の視線が突き刺さる。
レティシアは、ギルバートの腕の横から、静かに父親を見つめ返した。
その瞳には、もはや実の親に対する恐怖も情も欠片も残っていなかった。
「お父様。私は一度たりとも、罪を隠蔽したことなどありません。私は、領民の方々が飢えないよう、必死に帳簿の辻褄を合わせて配分を整えていただけです。それを私利私欲のために使い込み、私を捨てたのはお父様あなたです」
言葉に詰まる父親の横から、甲高い絶叫が響き渡った。
「嘘よ、こんなの絶対に嘘」
ロザリーだった。
彼女は床に落ちたドレスのカタログを踏みつけ、血走った目でレティシアを睨みつけていた。
「レティシアなんであんたがそんな綺麗なドレスを着ているの。その宝石も髪飾りも、公爵様の隣も。私のものだったはずよ」
ロザリーはなりふり構わずギルバートへと駆け寄ろうとした。胸元を露わにし、媚びるような涙声を絞り出す。
「公爵様。騙されないでください。そいつはただの陰気な下女です。本物の花嫁は私、ロザリーなんです。私ならもっとあなたを喜ばせてあげられます。だからその女を捨てて私を公爵夫人にして」
だが、ロザリーがギルバートの裾に触れることすら叶わなかった。
ギルバートの抜き放った氷青の魔力刃が、ロザリーの足元の床を深々と切り裂いたのだ。 冷気でドレスの裾が一瞬で凍りつき、悲鳴を上げて尻もちをついた。
「汚らわしい。俺の妻の足元にも及ばぬ者が、気安く近づくな」
ギルバートの氷青色の瞳には、ゴミクズを見るよりも冷徹な軽蔑だけが宿っていた。
「レティシアはお前たちの奴隷でも、身代わりの生贄でもない。我が公爵家の誇り高き女主人であり、俺の命を救った唯一無二の伴侶だ。お前のような浅ましい女が、我が妻の爪の垢ほどでも並べると思うな」
完全に拒絶され、化け物と見下していた公爵がレティシアを心底慈しんでいる事実を突きつけられ、ロザリーのプライドは粉々に砕け散った。
「連れて行け」
ギルバートの冷たい一言で、騎士たちが一斉に動き出した。
「離しなさい。私は貴族よ。お母様、お父様」
「あなた、どうにかして」
「待ってくれ、許してくれ」
喚き叫ぶ家族三人は、手錠をかけられ、容赦なく屋敷から引きずり出されていく。
爵位の剥奪、全財産の没収。
彼らにはこれから、鉱山や開拓地での強制労働という過酷な現実が待っている。
レティシアに押し付けていた重労働を、今度は自分たち自身の身体で永遠に味わうことになるのだ。
がらんとした屋敷に残されたのは、静寂だけだった。
レティシアは深呼吸をし、胸元の銀のペンダントをそっと指先で撫でた。
そんなレティシアの肩を、温かな腕が後ろから優しく抱きしめた。
「終わったぞ、レティシア」
耳元で囁くギルバートの声は、先ほどまでの冷徹さが嘘のように甘く、穏やかだった。
「はい、閣下。私を救い出してくださって、本当にありがとうございました」
振り返り、涙を拭って微笑むレティシアの腰を引き寄せ、ギルバートは愛おしそうにその額に口づけを落とした。
「礼を言うのは俺の方だ。帰ろう。俺たちの城へ」
「はい、ギルバート様」
二人は手を取り合い、光の差す出口へと歩き出した。
身代わりから始まった恋は、いま本物の絆となって、温かな未来へと続いていくのだった。




