エピローグ 氷の城に咲いた奇跡の花
王都での騒動から、季節は巡り北の公爵領には、かつてないほど暖かな春の風が吹き抜けていた。
「奥様、息を呑むほどお綺麗です」
「ええ、本当にまるで絵画から抜け出してきた女神のようだわ」
純白のウェディングドレスを身にまとったレティシアを取り囲み、侍女たちが嬉し涙を浮かべながらブーケを手渡す。
今日は、ギルバート公爵とレティシアの正式な結婚式が執り行われる日だった。
あの断罪劇の後、元伯爵一家の不正と身代わりの真相は国王の耳にも届いた。
国王はレティシアの耐え忍んできた過酷な日々に深く同情し、伯爵家を正式に取り潰しにした。
父親と義母、義妹のアンジェラは、生涯をかけて平民以下の身分で罪を償うべく遠方の過酷な開拓地へと送られた。
妹が誇っていた美貌も、二度と贅沢なドレスを纏うことのない泥まみれの生活の中で、見る影もなく色褪せていくことだろう。
そして、驚くべき真実が明らかになっていた。
レティシアの胸元で優しく瞬く、母の形見の銀のペンダント。
かつて隣国との大戦を鎮めた伝説の大聖女の家系に受け継がれる秘宝だったのだ。
レティシアの母は、争いを避けて身分を隠し伯爵家に嫁いだ聖女の末裔だった。
レティシアが持っていた類まれな薬草の才能と、ギルバートの暴走する魔力を穏やかに中和する力は、血筋とペンダントの加護がもたらしたものだったのだ。
ただの身代わり令嬢どころか、公爵の命の恩人であり国を救う聖女の血を引く真の貴婦人。
王宮の貴族たちも、レティシアに最大の敬意と称賛を惜しまなかった。
控えめなノックの後、純白の礼装に身を包んだギルバートが入ってきた。
漆黒の髪を整え、凛々しい立ち姿のギルバートは、ドレス姿のレティシアを見るなり、ふっと息を呑んで立ち尽くした。
「ギルバート様」
レティシアが微笑みかけると、ギルバートは愛おしさに耐えかねたように歩み寄り彼女の細い腰をそっと抱き寄せた。
「美しすぎて、目を奪われた。毎日見惚れているというのにお前はいつも俺の予想を超えていく」
「ギルバート、お上手になられましたね」
「本心だ。嘘などついたことがない」
不器用だった氷の公爵は、今や領内でも有名な愛妻家となっていた。
レティシアの傍にいることで魔力の激痛から完全に解放され、毎晩安らかな眠りを得た彼は、表情豊かに誰よりも温かく慈しむようになっていた。
「レティシア。この冷え切った屋敷に光と温もりを灯してくれたのはお前だ。我が命の尽きるその時まで、お前だけを愛し守り続けると誓う」
ギルバートはレティシアの左手を持ち上げ、薬指に嵌められた大粒の青いダイヤモンドの指輪に、誓いの口づけを落とした。
公爵領の深い冬の空を思わせる、澄み切った青。ギルバートの瞳と同じ色の宝石だ。
「私も誓います、ギルバート様。嬉しい日も、苦しい日も、ずっとあなたの隣で寄り添い、最高のお茶を淹れ続けますわ」
見つめ合う二人の瞳に、言葉はいらなかった。
重なり合う唇から伝わる確かな温もりが、これまでの苦難のすべてを祝福へと変えていく。
大聖堂の鐘が、高らかに鳴り響いた。
扉が開かれ、春の光とともに使用人たちの割れんばかりの歓声と花びらが二人を包み込む。
虐げられ、すべてを奪われ、身代わりの生贄として捨てられた少女。 世界で一番愛される公爵夫人として、最高の幸せの中に咲き誇っていた。




