厚顔無恥な請求書
執事のセバスチャンが差し出した書類の束の中に、ひときわ分厚く、仰々しい金箔で飾られた封筒が混ざっていた。
差出人は、もちろんレティシアの実家の伯爵家である。
「報告書とともに、こちらも届いております。あまりに恥知らずな内容で我が目を疑いました」
セバスチャンが苦々しい表情で差し出したそれを、ギルバートが無言で開いた。
レティシアも横からそっと覗き込み息を呑んだ。
『親愛なるギルバート公爵閣下。 我が愛娘レティシアを公爵家の花嫁として差し上げたこと大変光栄に存じます。 つきましては、伯爵令嬢を公爵家へ輿入れさせるにあたり必要となった莫大な準備費用、ならびに我が家の格式に見合う支度金として、金貨三万枚を即座に当家へ送金願いたく存じます。 手紙を送り届けてから三日以内に指定の口座へお振り込みください』
手紙にはさらに、義妹ロザリーが殴り書きしたような追伸まで添えられていた。
『追伸:レティシア、お父様とお母様を困らせないで、すぐに公爵様にサインさせなさい。私の今シーズンの夜会用ドレス五着と新作のダイアモンドのティアラの代金もそこから払う予定なんだからね』
レティシアはあまりの恥ずかしさと怒りに、唇を噛み締めた。
持参金どころか、みすぼらしいトランクひとつで追い出しておきながら、公爵家に対して平然と金貨三万枚を請求してくるなど、厚かましいにも程がある。
その用途が義妹の贅沢品のためだというのだから、開いた口が塞がらない。
「申し訳ございません。このような恥知らずな真似をして」
レティシアが申し訳なさに俯いた瞬間。
「レティシア、なぜお前が謝る」
低く、静かな声。
ギルバートを見上げると、彼は怒り狂うどころか冷酷無比な氷のような笑みを浮かべていた。
「支度金か、持参金も持たせずお前を身ぐるみ剥いで捨てた上に公爵家にたかろうとはな。これほど分かりやすい墓穴も珍しい」
ギルバートはセバスチャンに向き直り、冷然と言い放った。
「セバスチャン。財務省の監査局と近衛騎士団へ合図を送れ」
「はい」
「罪状は、過去五年にわたる脱税、領地予算の公金横領。公爵家に対する身代わり婚姻の詐欺罪、ならびに公爵家を騙った恐喝未遂だ」
ギルバートは手紙を指先で弾いた。
青白い魔力の光が走り、手紙の端がチリチリと凍りついていく。
「金貨三万枚どころか、これまでレティシアから搾取してきた労働の対価と慰謝料、一国の公爵家を侮辱した罰金。きっちり請求してやる。馬車を用意しろ。王都へ行くぞ」
「閣下自らですか」
レティシアが驚いて問うと、ギルバートは優しく彼女の手を包み込んだ。
「当然だ。我が愛する妻の過去を清算して害虫どもを完全に踏み潰す現場には、夫として同行せねばなるまい」
その翌日、王都の伯爵邸。
「金貨三万枚。公爵家なら痛くも痒くもない金額よ」
ロザリーは宝石のカタログをめくりながら、上機嫌で紅茶を飲んでいた。
「そうね、あの役立たずのレティシアも最後にひとつだけ良い仕事をしたわ。これで借金も全部チャラになる、また贅沢な暮らしができるわね」
後妻の母親も、優雅に扇子を揺らしている。
父親もまた、安堵の笑みを浮かべてワイングラスを傾けていた。
「公爵家とて、王室の目を気にしてスキャンダルは避けたいはず。金で解決できるなら喜んで払うさ。レティシアにきつく言い含めておいたからな、あいつが公爵に泣きついて金を引っ張り出してくるに決まっている」
突然、地響きのような轟音とともに伯爵邸の豪奢な大扉が吹き飛んだ。
「何事だ」
三人の前に、冷たい風とともに完全武装した近衛騎士たちが雪崩れ込んできた。
その中央を割って入ってきたのは、身の毛もよだつほどの威圧感と神々しい美貌を放つギルバート公爵と、その腕に寄り添う、眩いばかりに美しく着飾ったレティシアだった。
父親の手からワイングラスが滑り落ち、床に赤い染みを作った。
「レティシアお前、その姿は一体なんなの」
ロザリーが目を剥いて絶叫する。
そこにいたのは、泥とすすにまみれて掃除をしていた下女同然の姉ではなかった。
王妃さえ霞むほどの上質な夜空色のドレスをまとい気品に満ち溢れ、まるで神話の女神のように輝く絶世の美女だ。
そしてギルバートは、腰の剣に手を添えながらゴミを見るような冷徹な瞳で三人を見下ろした。
「支度金、金貨三万枚の請求。確かに受け取ったぞ。身の程知らずの愚か者どもが」
絶対零度の声が、恐怖に震える伯爵邸に突き刺さった。




