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ホテルの一室。
玲がカードキーを通して扉を開ける。
「先客がおるって言うたら、一人しか思い当たらへんのやけど……」
部屋へ入った瞬間、朱音は目を丸くした。
ソファに座る女性が、あんぱんを頬張りながら牛乳パックを傾けていたからだ。
「あ、おお。来た来た」
片手をひらひら振るその姿に、玲が即座にツッコむ。
「やっぱあんたか! その組み合わせは刑事やっちゅうねん!」
「さすが関西人。けどね、糖分と炭水化物は脳を回すんだよ」
真琴は悪びれもなく言った。
「大体、高級ホテルであんぱんと牛乳て!赤ちょうちんでマカロン食うくらい浮いとるわ!」
朱音がその例えもどうかとと首をかしげる。
「玲ちゃんよ、本来の自分の力を出すにはルーティンが必要なの!だから私は大スクープ取る時はあんぱんと牛乳なのさ」
「ジンクスかいな!?」
朱音は思わず小さく吹き出す。
「紹介するわ。うちの期待のホープ、羽村朱音ちゃんや」
「へえ」
真琴の視線が朱音を真っ直ぐ射抜く。
「あなた、篝の“狂信者”ではなさそうだね」
「え……?」
朱音がきょとんとしていると、真琴は肩をすくめた。
「私、篝は好きよ。女性たちの安心を作ろうとしてるのも分かる。でも――」
「全部を正しいって、盲信しちゃいけない危うさがあります」
朱音の返答に、真琴は目を見開いた。
篝の周囲には、賛美か敵意しかない。
だがこの少女は違った。
理解しながら、距離を失っていない。
その事実に、真琴の目が興味で輝く。
「いいね、朱音ちゃん。あなたみたいな子がいれば、篝の“もしも”を止められるかもしれない」
「そ、そんな……!」
朱音は慌てて首を振る。
だが玲もまた、どこか安堵したように笑っていた。
一方その頃。
篝は上品な笑みを浮かべながら、久我の隣でグラスを傾けていた。
清楚で、控えめで、少し頼りなさそうな女子大生。
男が最も警戒を解きやすい仮面。
「久我先生のお話、もっと聞きたいです」
篝は潤んだ瞳で見上げる。
「応援したいから……先生のこと、もっと知りたくて」
酒も入り、久我は完全に気を良くしていた。
「はは、困ったな。そんなに熱心な支持者に来られると」
「……奥のお部屋で、お話聞かせてもらえませんか?」
篝がそっと囁く。
久我は迷いなく頷いた。
その背中を見ながら、篝は微笑む。
だがその瞳だけは、凍えるほど冷たかった。
(やっとだわ)
(やっと、こいつに返せる)
(今まで奪われたもの全部――その何倍にもして)




