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「そうだよな……!」
木崎が拘束されたまま朱音へ縋りつくように顔を上げた。
「話が分かる嬢ちゃんで良かった……! 俺、ここまでされるようなことしてないよな!?」
その目には涙が浮かんでいた。
助けを求めるような視線。
だが朱音の胸に湧き上がったのは、同情ではなかった。
嫌悪。
つい先ほどまで、被害生徒への報復を滲ませていた男。
それなのに今は、自分だけが被害者のような顔をしている。
朱音は視線を逸らした。
「……私は」
言葉が出ない。
その時だった。
「連れて行きなさい」
篝が静かに命じる。
女性職員たちが無言で木崎を拘束し直した。
「ま、待ってくれ!!」
木崎が暴れる。
「俺はまだ何も——!!」
その声は重い扉の向こうへ消えていった。
静寂が落ちる。
篝はゆっくり朱音へ向き直った。
「それでは朱音」
穏やかな微笑み。
「あなたの初任者研修を始めましょうか」
◇
「玲、お願いできる?」
「了解や」
玲は軽く手を挙げる。
だがその笑顔は、どこか硬かった。
案内された先は、小さな白い部屋だった。
机も窓もない。
中央に椅子が一つだけ置かれている。
「ここで……研修を?」
朱音が不安げに呟く。
「まあ座ってや」
玲に促され、朱音は椅子へ腰掛けた。
「ちょっと特殊やけど、大事な研修やから」
玲はそう言いながら、重厚な機械を取り出す。
黒いゴーグル。
内部には複数のセンサーが埋め込まれていた。
「最近のVR技術ってすごいんよ」
「VR……?」
朱音が問い返した瞬間だった。
「堪忍な、朱音ちゃん」
玲の表情から笑みが消える。
「この部署の使命、理解してもらわなあかん」
次の瞬間。
首筋へ鋭い衝撃が走った。
視界が揺れる。
「……え」
そのまま朱音の意識は暗転した。
◇
——冷たい風。
気づくと、知らない夜道に立っていた。
暗い。
人気がない。
朱音は混乱しながら辺りを見回す。
「ここ……どこ……?」
その時。
背後から足音が聞こえた。
心臓が跳ねる。
振り返る。
男たち。
屈強な影が三つ。
本能的な恐怖が身体を貫いた。
逃げなきゃ。
そう思った瞬間、腕を掴まれる。
「っ!!」
強い力。
振り払えない。
「おい、暴れるな」
低い声。
押さえ込まれる。
息が苦しい。
「や……やめ……」
喉が震える。
助けを呼ぼうとしても、声にならない。
周囲には誰もいない。
誰も助けてくれない。
怖い。
ただ、怖い。
身体が動かない。
恐怖で頭が真っ白になる。
「静かにしろ」
男の声が耳元で響く。
視界が滲む。
涙が勝手に溢れていた。
その時だった。
視界が突然真っ白に弾けた。
◇
「——起きた?」
柔らかな声。
朱音は激しく息を切らしながら目を開けた。
白い部屋。
椅子。
玲。
そして目の前には、天宮篝。
頭には重い機械が装着されていた。
篝が静かにゴーグルを外す。
「科学の進歩はすごいわね」
篝は穏やかに微笑む。
「VRで“疑似体験”してもらったの」
朱音は言葉を失った。
呼吸が整わない。
身体がまだ震えている。
映像だ。
ただのVR。
分かっている。
それなのに、恐怖だけが生々しく残っていた。
「……怖かったでしょう?」
篝が静かに問いかける。
朱音は答えられない。
「被害者は、その恐怖を一生抱えて生きるの」
篝の声は怒っていなかった。
どこか悲しそうですらあった。
「夜道が怖い。男の声が怖い。誰かの視線が怖い」
篝は朱音の前へしゃがみ込む。
「それでもあなたは、“加害者にも尊厳が必要”だと思える?」
朱音の喉が震える。
頭の中では、まだ先ほどの恐怖が反響していた。
助けが来ない絶望。
押さえ込まれる恐怖。
逃げられない感覚。
そして——。
目の前の篝。
その静かな瞳。
朱音は、自分が何に震えているのか分からなくなっていた。
先ほどのVRの恐怖か。
それとも——天宮篝そのものなのか。




