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フェムユートピア-女性完全保護国家  作者: 小田原 純


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5/18

5

「そうだよな……!」


 木崎が拘束されたまま朱音へ縋りつくように顔を上げた。


「話が分かる嬢ちゃんで良かった……! 俺、ここまでされるようなことしてないよな!?」


 その目には涙が浮かんでいた。


 助けを求めるような視線。


 だが朱音の胸に湧き上がったのは、同情ではなかった。


 嫌悪。


 つい先ほどまで、被害生徒への報復を滲ませていた男。


 それなのに今は、自分だけが被害者のような顔をしている。


 朱音は視線を逸らした。


「……私は」


 言葉が出ない。


 その時だった。


「連れて行きなさい」


 篝が静かに命じる。


 女性職員たちが無言で木崎を拘束し直した。


「ま、待ってくれ!!」


 木崎が暴れる。


「俺はまだ何も——!!」


 その声は重い扉の向こうへ消えていった。


 静寂が落ちる。


 篝はゆっくり朱音へ向き直った。


「それでは朱音」


 穏やかな微笑み。


「あなたの初任者研修を始めましょうか」


     ◇


「玲、お願いできる?」


「了解や」


 玲は軽く手を挙げる。


 だがその笑顔は、どこか硬かった。


 案内された先は、小さな白い部屋だった。


 机も窓もない。


 中央に椅子が一つだけ置かれている。


「ここで……研修を?」


 朱音が不安げに呟く。


「まあ座ってや」


 玲に促され、朱音は椅子へ腰掛けた。


「ちょっと特殊やけど、大事な研修やから」


 玲はそう言いながら、重厚な機械を取り出す。


 黒いゴーグル。


 内部には複数のセンサーが埋め込まれていた。


「最近のVR技術ってすごいんよ」


「VR……?」


 朱音が問い返した瞬間だった。


「堪忍な、朱音ちゃん」


 玲の表情から笑みが消える。


「この部署の使命、理解してもらわなあかん」


 次の瞬間。


 首筋へ鋭い衝撃が走った。


 視界が揺れる。


「……え」


 そのまま朱音の意識は暗転した。


     ◇


 ——冷たい風。


 気づくと、知らない夜道に立っていた。


 暗い。


 人気がない。


 朱音は混乱しながら辺りを見回す。


「ここ……どこ……?」


 その時。


 背後から足音が聞こえた。


 心臓が跳ねる。


 振り返る。


 男たち。


 屈強な影が三つ。


 本能的な恐怖が身体を貫いた。


 逃げなきゃ。


 そう思った瞬間、腕を掴まれる。


「っ!!」


 強い力。


 振り払えない。


「おい、暴れるな」


 低い声。


 押さえ込まれる。


 息が苦しい。


「や……やめ……」


 喉が震える。


 助けを呼ぼうとしても、声にならない。


 周囲には誰もいない。


 誰も助けてくれない。


 怖い。


 ただ、怖い。


 身体が動かない。


 恐怖で頭が真っ白になる。


「静かにしろ」


 男の声が耳元で響く。


 視界が滲む。


 涙が勝手に溢れていた。


 その時だった。


 視界が突然真っ白に弾けた。


     ◇


「——起きた?」


 柔らかな声。


 朱音は激しく息を切らしながら目を開けた。


 白い部屋。


 椅子。


 玲。


 そして目の前には、天宮篝。


 頭には重い機械が装着されていた。


 篝が静かにゴーグルを外す。


「科学の進歩はすごいわね」


 篝は穏やかに微笑む。


「VRで“疑似体験”してもらったの」


 朱音は言葉を失った。


 呼吸が整わない。


 身体がまだ震えている。


 映像だ。


 ただのVR。


 分かっている。


 それなのに、恐怖だけが生々しく残っていた。


「……怖かったでしょう?」


 篝が静かに問いかける。


 朱音は答えられない。


「被害者は、その恐怖を一生抱えて生きるの」


 篝の声は怒っていなかった。


 どこか悲しそうですらあった。


「夜道が怖い。男の声が怖い。誰かの視線が怖い」


 篝は朱音の前へしゃがみ込む。


「それでもあなたは、“加害者にも尊厳が必要”だと思える?」


 朱音の喉が震える。


 頭の中では、まだ先ほどの恐怖が反響していた。


 助けが来ない絶望。


 押さえ込まれる恐怖。


 逃げられない感覚。


 そして——。


 目の前の篝。


 その静かな瞳。


 朱音は、自分が何に震えているのか分からなくなっていた。


 先ほどのVRの恐怖か。


 それとも——天宮篝そのものなのか。

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