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木崎敦史を拘束した車両は、静かに地下施設へと到着した。
重厚な隔壁。
幾重にも重なる電子ロック。
そして、その先にある白い通路。
国家出生支援センター。
木崎の顔から血の気が引いていく。
「や、やめろ……本当にここへ入れる気か……?」
玲が鼻で笑った。
「今さら怖なったん?」
「ふざけるな!!」
木崎が拘束具を鳴らしながら叫ぶ。
「おかしいだろ! 現行犯でもないのに逮捕だなんて! 俺は殺人なんかしてない!」
その瞬間。
「——誰も“逮捕”なんて言ってないわ」
静かな声が響いた。
通路の奥。
白い制服を纏った天宮篝が立っていた。
長い黒髪。
冷めた瞳。
だが口元には、柔らかな微笑み。
「事情聴取よ、木崎先生」
篝はゆっくり歩み寄る。
「仮にも教師であるあなたなら、多少の法知識はお持ちでしょう?」
木崎が息を呑む。
「事実確認をするだけ。そんなに怯えなくても大丈夫よ」
その声は穏やかだった。
だからこそ恐ろしい。
朱音は無意識に息を詰める。
昨日から感じていた“圧”が、再び胸へ重くのしかかった。
◇
取調室。
木崎の前へ大量の資料が並べられる。
篝は一枚ずつ丁寧に机へ置いていった。
「女子生徒A。現在も通院中」
「女子生徒B。不登校」
「女子生徒C。卒業後に自殺未遂」
木崎の額に汗が浮かぶ。
「……違う……」
「こちらは同僚教師の証言」
さらに資料が置かれる。
『木崎先生は女子生徒への距離感がおかしかった』
『夜間に個別連絡を取っていた』
『以前から問題視されていた』
木崎が顔を歪めた。
「あいつら……っ」
その目に浮かんだのは恐怖ではない。
怒りだった。
裏切られたという憎悪。
朱音は思わず息を呑む。
もしこの男が再び外へ出れば——。
「許せない……」
木崎が低く呟く。
「出たら覚えてろよ……あいつら……」
その瞬間。
篝の瞳がわずかに細くなった。
「ほら、やっぱり」
静かな声。
「あなた、自分が悪いなんて少しも思ってない」
「っ……!」
「性犯罪者の再犯率は七割」
篝は淡々と言葉を続ける。
「そんな“野獣”を社会へ戻せると思う?」
木崎が椅子を鳴らして立ち上がる。
「ふざけるな!!」
拘束具が激しく音を立てる。
「こんなの人権侵害だ!! お前らの方が狂ってる!!」
篝は怒らない。
ただ静かに、木崎を見下ろしていた。
「もし自由を望むなら——」
篝の視線がゆっくり下へ落ちる。
「あなたには“代償”を払ってもらう必要があるわ」
木崎の顔が凍りつく。
「ひっ……」
朱音の背筋にも冷たいものが走った。
その空気は、あまりにも異様だった。
「こんなの間違ってる……!」
木崎の声が震える。
「こんな非道徳的なこと、認められてたまるか!!」
篝は小さく首を傾げた。
「非道徳的……?」
その微笑みが、わずかに冷たくなる。
「仮にも“道徳”を教える教師が、子どもたちの心を壊したのは道徳的だったのかしら?」
木崎が言葉を失う。
篝は静かに資料へ視線を落とす。
「あなたに“特別授業”と言われて呼び出された少女は、今も男性の声で震えている」
「……」
「眠れない子もいる。学校へ行けなくなった子もいる」
篝の声はどこまでも静かだった。
「性犯罪は、“心の殺人”なの」
木崎の肩が震える。
「お、俺は……そんなつもりじゃ……」
「加害者は皆そう言うわ」
沈黙。
朱音は拳を握りしめていた。
確かに木崎は許されない。
そう思う。
だが今の篝は、まるで人を裁く神のようにも見えた。
その時だった。
篝がふいに朱音を見る。
「朱音」
「は、はい!」
「あなたはどう思う?」
突然の問い。
木崎の荒い呼吸。
篝の静かな視線。
白く冷たい取調室。
朱音は喉が渇くのを感じた。
そして、ゆっくり口を開く。
「……私は」
脳裏に浮かぶ。
泣き崩れていた美咲。
怯える被害少女。
そして——国家出生支援センター。
「女性を守ることは、必要だと思います」
篝が静かに微笑む。
だが朱音は続けた。
「でも……守ることと、人の尊厳を奪うことは、本当に同じじゃなきゃいけないんでしょうか」
空気が止まった。
玲がわずかに目を見開く。
木崎ですら驚いたように朱音を見ている。
篝だけが、静かに微笑んでいた。
「……やっぱり、あなたは優しい子ね」
その笑顔はどこか寂しそうだった。




