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着任2日目。
朱音は昨日の出来事が重く感じてしまうからか、部屋への扉の圧を感じた。
「おはよう、朱音。扉開かなかった?」
篝は優しく声をかけ肩に手を置いた。
慌てて敬礼をする朱音に対して、篝は見守るように微笑む。
「昨日は初日なのに突然あんな重いものを見せてごめんなさいね。よく眠れたかしら?」
目の前の篝はやはり優しい。
過去に美咲を助けてくれた彼女のままだった。
「いえ、昨日の一件でより自分の責務を理解できました。学ばせて頂きありがとうございます!」
篝はふっと微笑み
「やはり女性は強くたくましいわね。だから全力で男共から守らなくては…」
篝の目には静かに怒りのような炎が宿されていた。
「そうだ!今日は彼女と調査に同行してもらうわね。紹介します」
篝がそう言い現れたのは、輝く金髪に糸目で笑顔を絶やさない女性だった。
「どうもー、黒須玲です!朱音ちゃん、よろしゅうな!」
関西弁がさらに玲を快活な女性である事を助長した。
「篝、あんたの好物も買ってきたで!白い恋人、はるばる北海道からな!」
しかし篝は受け取る前に玲に呆れた表情を向ける。
「いつもそのボケもご苦労様。大阪だからいつもの面白い恋人の方でしょ?」
「あかんよ、篝!そこは分かってても一度見て『って、大阪の面白い恋人やないかーい』てツッコミ入れな!」
玲さんの登場で空気がガラッと変わった。今まで重い空気だったのが、カラッと軽くなった。
「さて、今日の任務やけど——」
玲は端末を軽く叩き、空中モニターを展開した。
一人の中年男性の顔写真。
『私立青葉ヶ丘学園 教師 木崎敦史』
朱音は息を呑む。
「教師……」
「担当は中等部や。被害相談は今んとこ四件」
玲の笑顔が少しだけ薄れる。
「ただ、厄介なんよなぁ。この手の男」
モニターには“証拠不十分”“不起訴”の文字が並んでいた。
「被害者が未成年やと特にな。怖くて声上げられへん子も多いし、周りも『先生がそんなことするわけない』言うて信じへん」
玲は肩を竦める。
「せやから今回は潜入や」
「潜入……?」
「朱音ちゃん、あんた今日から女子高生やで」
「……はい?」
◇
「動かんといて」
女性完全保護課の更衣室。
朱音は鏡の前で固まっていた。
玲が器用な手つきでメイクを施していく。
「肌綺麗やなぁ。若いってええわ」
「れ、玲さん、近いです……!」
「潜入捜査で緊張してどないすんねん」
数十分後。
「……よし、完成や」
玲が満足そうに頷く。
鏡を見た瞬間、朱音は言葉を失った。
そこにいたのは、“新人警官の羽村朱音”ではなかった。
少し気弱そうな、どこにでもいそうな女子生徒。
「……誰、これ」
「今日からアンタは転校生の羽村朱音ちゃんや」
玲はウインクする。
「男はな、“逆らわなさそう”って思った相手を狙うんよ」
その言葉に、朱音の胸がざわついた。
◇
青葉ヶ丘学園。
木崎敦史は、穏やかな笑みを浮かべる教師だった。
「転校したばかりで不安だろ? 困ったことがあったら先生に相談しなさい」
優しい声。
柔らかな笑顔。
生徒たちからの評判も良い。
だが。
「……気持ち悪い」
休み時間、玲が小さく呟いた。
今の玲は教師ではなく、保健室勤務のカウンセラーに変装している。
「目ぇ見た?」
「え……?」
「獲物探してる目や」
玲の糸目が細くなる。
「ああいう男、ウチ何人も見てきた」
放課後。
朱音は一人で廊下を歩いていた。
すると後ろから声がかかる。
「羽村さん」
木崎だった。
「学校には慣れた?」
「は、はい……」
「悩みがあるなら相談に乗るよ」
自然に距離を詰めてくる。
優しげな笑み。
だが朱音は昨日の被害者資料を思い出していた。
通院記録。
不登校。
自殺未遂。
拳を握りしめる。
「先生って……みんなに優しいんですね」
「教師だからね」
木崎が笑う。
「特に、居場所がない子は放っておけないんだ」
その時だった。
「——その優しさで、何人壊してきたん?」
空気が凍る。
振り返ると、玲が立っていた。
先ほどまでの柔らかい雰囲気は消えている。
「黒須、カウンセラー……?」
「女子生徒四名への不適切接触。心理誘導。卒業生への継続接近」
玲は端末を掲げた。
「木崎敦史。女性完全保護課や」
木崎の顔が引き攣る。
「ま、待ってくれ……誤解だ! 私は相談に乗っていただけで——」
「相談された子が今も男の声で震えとる」
玲の声は冷たかった。
「それでも“優しい先生”言うんか?」
木崎が後ずさる。
「ち、違う……私は……!」
その瞬間、木崎は走り出した。
「朱音ちゃん!!」
「はい!!」
反射的に身体が動く。
朱音は階段を駆け下りる木崎へ飛びついた。
もつれ込むように倒れ込み、必死に腕を押さえ込む。
「離せっ!!」
「逃がしません!!」
その時。
木崎の口から漏れた。
「たかが触っただけだろうが!!」
朱音の動きが止まる。
脳裏に、美咲の泣き顔が浮かんだ。
次の瞬間。
朱音はさらに強く木崎を押さえつけていた。
「——それで人生を壊された人がいるんです!!」
玲が静かに手錠をかける。
「木崎敦史、国家女性保護法違反の疑いで拘束する」
木崎は顔を青ざめさせた。
「や、やめろ……まさか……」
玲は冷たく笑う。
「察しええやん」
朱音の胸が強く脈打つ。
昨日感じた違和感。
それでも今だけは、確かに思ってしまった。
——この男を野放しにしてはいけない、と。




