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フェムユートピア-女性完全保護国家  作者: 小田原 純


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3

着任2日目。


朱音は昨日の出来事が重く感じてしまうからか、部屋への扉の圧を感じた。




「おはよう、朱音。扉開かなかった?」


篝は優しく声をかけ肩に手を置いた。


慌てて敬礼をする朱音に対して、篝は見守るように微笑む。




「昨日は初日なのに突然あんな重いものを見せてごめんなさいね。よく眠れたかしら?」


目の前の篝はやはり優しい。


過去に美咲を助けてくれた彼女のままだった。


「いえ、昨日の一件でより自分の責務を理解できました。学ばせて頂きありがとうございます!」


篝はふっと微笑み


「やはり女性は強くたくましいわね。だから全力で男共から守らなくては…」


篝の目には静かに怒りのような炎が宿されていた。




「そうだ!今日は彼女と調査に同行してもらうわね。紹介します」


篝がそう言い現れたのは、輝く金髪に糸目で笑顔を絶やさない女性だった。


「どうもー、黒須玲です!朱音ちゃん、よろしゅうな!」


関西弁がさらに玲を快活な女性である事を助長した。


「篝、あんたの好物も買ってきたで!白い恋人、はるばる北海道からな!」


しかし篝は受け取る前に玲に呆れた表情を向ける。


「いつもそのボケもご苦労様。大阪だからいつもの面白い恋人の方でしょ?」


「あかんよ、篝!そこは分かってても一度見て『って、大阪の面白い恋人やないかーい』てツッコミ入れな!」


玲さんの登場で空気がガラッと変わった。今まで重い空気だったのが、カラッと軽くなった。




「さて、今日の任務やけど——」


 玲は端末を軽く叩き、空中モニターを展開した。


 一人の中年男性の顔写真。


『私立青葉ヶ丘学園 教師 木崎敦史』


 朱音は息を呑む。


「教師……」


「担当は中等部や。被害相談は今んとこ四件」


 玲の笑顔が少しだけ薄れる。


「ただ、厄介なんよなぁ。この手の男」


 モニターには“証拠不十分”“不起訴”の文字が並んでいた。


「被害者が未成年やと特にな。怖くて声上げられへん子も多いし、周りも『先生がそんなことするわけない』言うて信じへん」


 玲は肩を竦める。


「せやから今回は潜入や」


「潜入……?」


「朱音ちゃん、あんた今日から女子高生やで」


「……はい?」


     ◇


「動かんといて」


 女性完全保護課の更衣室。


 朱音は鏡の前で固まっていた。


 玲が器用な手つきでメイクを施していく。


「肌綺麗やなぁ。若いってええわ」


「れ、玲さん、近いです……!」


「潜入捜査で緊張してどないすんねん」


 数十分後。


「……よし、完成や」


 玲が満足そうに頷く。


 鏡を見た瞬間、朱音は言葉を失った。


 そこにいたのは、“新人警官の羽村朱音”ではなかった。


 少し気弱そうな、どこにでもいそうな女子生徒。


「……誰、これ」


「今日からアンタは転校生の羽村朱音ちゃんや」


 玲はウインクする。


「男はな、“逆らわなさそう”って思った相手を狙うんよ」


 その言葉に、朱音の胸がざわついた。


     ◇


 青葉ヶ丘学園。


 木崎敦史は、穏やかな笑みを浮かべる教師だった。


「転校したばかりで不安だろ? 困ったことがあったら先生に相談しなさい」


 優しい声。


 柔らかな笑顔。


 生徒たちからの評判も良い。


 だが。


「……気持ち悪い」


 休み時間、玲が小さく呟いた。


 今の玲は教師ではなく、保健室勤務のカウンセラーに変装している。


「目ぇ見た?」


「え……?」


「獲物探してる目や」


 玲の糸目が細くなる。


「ああいう男、ウチ何人も見てきた」


 放課後。


 朱音は一人で廊下を歩いていた。


 すると後ろから声がかかる。


「羽村さん」


 木崎だった。


「学校には慣れた?」


「は、はい……」


「悩みがあるなら相談に乗るよ」


 自然に距離を詰めてくる。


 優しげな笑み。


 だが朱音は昨日の被害者資料を思い出していた。


 通院記録。


 不登校。


 自殺未遂。


 拳を握りしめる。


「先生って……みんなに優しいんですね」


「教師だからね」


 木崎が笑う。


「特に、居場所がない子は放っておけないんだ」


 その時だった。


「——その優しさで、何人壊してきたん?」


 空気が凍る。


 振り返ると、玲が立っていた。


 先ほどまでの柔らかい雰囲気は消えている。


「黒須、カウンセラー……?」


「女子生徒四名への不適切接触。心理誘導。卒業生への継続接近」


 玲は端末を掲げた。


「木崎敦史。女性完全保護課や」


 木崎の顔が引き攣る。


「ま、待ってくれ……誤解だ! 私は相談に乗っていただけで——」


「相談された子が今も男の声で震えとる」


 玲の声は冷たかった。


「それでも“優しい先生”言うんか?」


 木崎が後ずさる。


「ち、違う……私は……!」


 その瞬間、木崎は走り出した。


「朱音ちゃん!!」


「はい!!」


 反射的に身体が動く。


 朱音は階段を駆け下りる木崎へ飛びついた。


 もつれ込むように倒れ込み、必死に腕を押さえ込む。


「離せっ!!」


「逃がしません!!」


 その時。


 木崎の口から漏れた。


「たかが触っただけだろうが!!」


 朱音の動きが止まる。


 脳裏に、美咲の泣き顔が浮かんだ。


 次の瞬間。


 朱音はさらに強く木崎を押さえつけていた。


「——それで人生を壊された人がいるんです!!」


 玲が静かに手錠をかける。


「木崎敦史、国家女性保護法違反の疑いで拘束する」


 木崎は顔を青ざめさせた。


「や、やめろ……まさか……」


 玲は冷たく笑う。


「察しええやん」


 朱音の胸が強く脈打つ。


 昨日感じた違和感。


 それでも今だけは、確かに思ってしまった。


 ——この男を野放しにしてはいけない、と。

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