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フェムユートピア-女性完全保護国家  作者: 小田原 純


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2

先ほどの母親は警備員2人と共に女性完全保護課を後にした。


朱音はその姿をしばらく目で追っていた。


「羽村さん、大丈夫?」


朱音は話しかけられてハッと我に返った。


「申し訳ございません。うまく言えないですが、圧倒されちゃって…」


 先ほどの男の絶叫が、まだ耳に残っている。


篝はその朱音の様子を察したのか、優しく背に手を置いた。


「初日に大変だったわね。少しずつ、慣れていくといいからね」


まるで母のような温かい手だった。

先ほどの男と母親への対応とまるで別人であった。


「……あの男性は、本当に国家出生支援センターへ?」


「ええ」


 篝は淡々と頷く。


「性犯罪加害者には、社会へ償う義務があるわ」


 償う。


 その言葉に、なぜか小さな違和感が引っかかった。


 だが朱音はそれを飲み込む。


 自分はまだ新人だ。


 何も知らない。


 そう言い聞かせようとした時だった。


「せっかくだから見ていく?」


 篝が微笑む。


「国家出生支援センターを」


     ◇


 女性完全保護課本部の地下。


 厳重なセキュリティゲートを抜けた先に、その施設はあった。


 朱音は思わず目を瞬かせる。


「……病院?」


 そこは想像していたような薄暗い監獄ではなかった。


 白い壁。


 清潔な床。


 柔らかな照明。


 廊下には観葉植物まで置かれている。


 壁面モニターには穏やかな女性のナレーションが流れていた。


『あなたの新しい家族を、国が支援します』


 篝が歩きながら説明する。


「ここを利用する女性は年々増えているわ。不妊治療の一環として勧められるケースも多いの」


「不妊治療、ですか?」


「夫が検査に非協力的だったり、DVや性暴力被害のトラウマで男性との接触が難しい女性もいるから」


 篝の口調は、あくまで穏やかだった。


「ここは多くの女性を救っているのよ」


すれ違った女性スタッフたちが、篝へ敬礼する。


そこまでは、何の違和感もない普通の、清潔な病院だった。


 ——だが、さらに奥の、重厚な鉄の扉を開けて階段を降りた瞬間、空気が一変した。


ひんやりとしたコンクリートの冷気と、かすかな消毒液の匂い。


薄暗い一本道の廊下が、奥へ奥へと伸びている。


朱音の胸の内で、理由のない恐怖が急速に膨らんでいった。


「ここよ」


 案内された部屋の前で、朱音は足を止めた。


 ガラス窓の向こう。


 数人の男性が無言で並ばされていた。


 全員、首元に番号付きのタグを付けている。


 名前ではなく、番号。


 その光景に、朱音の背筋がひやりと冷えた。


「彼らは提供者。食事や健康管理は徹底されているわ」


 篝は資料をめくる。


「高タンパク食、定期検診、睡眠管理。優秀な競走馬と同じ。体調管理は重要なの」


「……馬?」


「ええ。良質な種を維持するためには体調管理が重要だから」


 あまりに自然な口調だった。


 まるで本当に家畜の説明をするみたいに。


「次の部屋を見ましょうか」


 案内された先で、朱音は息を呑んだ。


 先ほどの男だった。


 ベッドへ拘束され、力なく天井を見つめている。


 腰から下は衝立で隠されていた。


 その向こう側に、数人の女性たち。


 白衣の医師たちが淡々と指示を飛ばしている。


「番号E-127、本日三件目です」


「ストレス値上昇。鎮静剤を追加してください」


 男が涙を流しながら首を振る。


「やめてくれ……っ」


 掠れた声。


「頼む……もう……セックスなんてしたくねぇよ……」


 朱音の胃がきりきりと痛み始める。


 だが周囲の職員たちは誰も反応しない。


 まるで機械音でも聞いているみたいに。


「不能になる個体もいるの」


 篝が静かに言った。


「そういう時は看守が矯正するわ」


 篝がそう言うや否や、鈍い音が響いた。


 誰かが殴られる音。


 朱音の肩が震える。


「……これが、償いなんですか」


 気づけば口から漏れていた。


 篝は不思議そうな表情で朱音を見る。


「女性の安全を守るのは大切です。でも……これは、やりすぎなんじゃ……」


 言葉が続かない。


 篝はしばらく黙っていた。


 やがて静かに、ガラス越しの男たちを見つめる。


「朱音は優しいのね」


 その声は責めるでもなく、どこか寂しげだった。


「でも、経験していないから仕方ないわ」


「……え?」


その後の篝の言葉は朱音の心を抉った。


「私は幼い頃から父に性的虐待を受けていた」


 朱音の呼吸が止まる。


 篝は淡々と続けた。


「逃げ場所なんてなかった。助けも来なかった」


 静かな声だった。


 怒鳴りも泣きもしない。


 だからこそ重い。


「ねえ、朱音」


 篝が初めて彼女を真っ直ぐ見る。


「幼くて、力もなくて、毎日身体を壊され続けていた私は……どうすれば良かったと思う?」


朱音は何も言えなかった。


それでも胸の奥の違和感だけは消えなかった。



 着任初日の長い一日が終わった帰り道。


 通りすがりの小さな女の子の声が聞こえた。


「ママ、男の人ってみんな怖いの?」


 若い母親が、優しく娘の頭を撫でる。


「大丈夫よ。この国には天宮司令官と、女性完全保護課がいるから。悪い男の人は、みんなお留守にしてくれるの」


朱音はその会話を、すがるような思いで自分の胸に落とし込んだ。


これくらい、しなきゃいけないんだ。


親友の美咲のような被害者をこれ以上出さないためにも。


天宮篝は、この世界の救世主。


自分たちのヒーローなのだ。


そう、自分に言い聞かせた。


——胸の奥の、消えない小さな違和感から、必死に目を逸らしながら。

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