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女性完全保護課前。
朝から広場は人で埋め尽くされていた。
三万人を超える参加者。
報道陣。
機動隊。
警察車両。
怒号とざわめきが空気を震わせている。
その最前列に日南人はいた。
手に掲げるのは一枚のプラカード。
そこには大きく書かれていた。
【善良な人間が傷つかない社会を】
男も。
女も。
どちらも含めた願いだった。
隣に立つ男性が声を上げる。
「日南人さん!」
「ん?」
「本当に来てくれると思いますか?」
日南人は女性完全保護課の建物を見上げた。
「来るよ」
静かに答える。
「女性にあんなに寄り添える人なんだから、分かってくれる」
◇
正午。
建物の扉が開いた。
ざわめきが広がる。
現れたのは天宮篝だった。
黒いスーツ。
冷たい視線。
その姿を見た瞬間。
群衆の空気が変わる。
「篝さん!」
日南人が前へ出る。
「話を聞いてください!」
篝は立ち止まる。
「何かしら」
「俺の親友は死にました」
静まり返る。
篝は何も言わない。
「あなたは女性を守った」
「ええ」
「それは事実です」
一拍。
「でも」
日南人は続けた。
「善良な男性まで傷ついています」
篝の瞳が冷える。
「それで?」
「制度を見直してください」
「見直した結果どうなるの?」
篝が問う。
「男が虐げられたと声を上げる」
「そして?」
「……」
「また女性が虐げられる」
篝は言った。
「歴史はずっとそうだった」
静かな声だった。
だが重い。
「暴力」
「性犯罪」
「差別」
「搾取」
「耐えてきたのは誰?」
群衆が黙る。
「女よ」
篝は真っ直ぐに見据える。
「男が苦しいと言えば制度を変える」
「でも女が苦しいと言っても変わらなかった」
一歩前へ出る。
「ずっと我慢してきたのは女なの」
その言葉に拍手が起きる。
女性支持者たちだった。
「だから私は止まらない」
日南人は拳を握る。
「違う!」
思わず叫んでいた。
「俺は女性を傷つけたいんじゃない!」
篝が見つめる。
「じゃあ何?」
「誰も傷つかない社会にしたいんだ!」
一瞬だけ。
篝の瞳が揺れた気がした。
◇
その時だった。
別方向から怒号が上がる。
「離せ!」
「俺たちを解放しろ!」
国家出生支援センターから連れてこられた男たちだった。
彼らは警備側として配置されていた。
解放を条件に。
群衆を抑え込む役として。
「押さえろ!」
「逃がすな!」
男たちがデモ参加者へ飛びかかる。
混乱。
悲鳴。
怒号。
「やめろ!」
日南人が叫ぶ。
「暴力は駄目だ!」
しかし届かない。
「俺たちは帰りたいんだ!」
「自由になりたいんだ!」
管理された男たちの目は血走っていた。
長年奪われた自由。
押し込められた人生。
その鬱積が爆発していた。
デモ参加者も抵抗する。
もみ合いが発生する。
機動隊が動く。
広場は一瞬で戦場になった。
◇
篝はそれを見下ろしていた。
冷たい目で。
「ほらね」
呟く。
「男なんて自分が可愛いのよ」
「自分が苦しくなれば他人を蹴落とす」
篝の目に失望が宿る。
「情の欠片もない」
その時だった。
背後で誰かが笑った。
「相変わらずだなぁ」
聞き覚えのある声だった。
篝が振り返る。
そこに立っていたのは久我だった。
国家出生支援センターへ送られたはずの男。
かつて自らの手で逮捕した男。
篝の目が険しくなる。
「……どさくさに紛れて出てきたのね」
久我は肩をすくめる。
「冷たいなぁ」
ニヤリと笑った。
「せっかく会いに来てやったのに」
「何の用?」
「決まってるだろ」
久我の目が濁る。
「復讐だよ」
一歩。
篝へ近づく。
「お前も」
さらに一歩。
「お前の父親もな」
篝が眉をひそめた。
「父親?」
「ああ」
久我は笑う。
嫌悪感を催す笑みだった。
「天宮輝義」
その名前が出た瞬間。
空気が変わった。
「俺は昔、少女売春のあっせんで捕まった」
久我が吐き捨てる。
「ガキどもを集めて金持ちに流しただけだ」
まるで悪びれない。
「その時に俺を逮捕したのが天宮輝義だ」
久我の顔が歪む。
「人生を滅茶苦茶にされた」
「……自業自得よ」
篝が言う。
「犯罪者なんだから」
「そうだな」
久我は笑う。
「だが俺は許せなかった」
声が低くなる。
「だから奪ってやった」
篝の背筋に悪寒が走る。
「母親に捨てられた気分はどうだ?」
血の気が引く。
「……何?」
「可哀想になぁ」
久我が近づく。
「お前の母親も最後には諦めた」
「嘘よ」
篝が即座に否定する。
「探しになんか来なかった」
「来たさ」
久我は笑う。
「必死にな」
篝の瞳が揺れる。
「警察にも頼った」
「町中を探し回った」
「泣きながらな」
そして。
久我は愉快そうに笑った。
「だから犯して殺し、海に沈めた」
篝の唇が震える。
「な……」
「お前を助けようとしたからだ」
久我の目が狂気に染まる。
「全部お前の父親のせいだ」
叫ぶ。
「俺を捕まえた!」
「俺の人生を奪った!」
「だから妻を奪った!」
「娘も奪った!」
「それなのに今度はお前まで俺を逮捕しやがった!」
久我の顔が憎悪で歪む。
「お前たち親子のせいで俺は何もかも失った!」
篝は息を呑む。
この男は。
何一つ反省していない。
被害者を増やし続けながら。
自分だけを被害者だと思い込んでいる。
「だから」
久我が刃物を取り出す。
「まとめて終わらせてやる」
刃が夕日に光る。
「お前も」
一歩。
「お前の父親も」
さらに一歩。
「母親のところへ送ってやるよ!」
久我が飛び出した。
その瞬間。
銃声が響いた。
乾いた音が空気を裂く。
久我の腕が弾かれる。
刃物が地面へ落ちた。
「そこまでだ」
低い声。
全員が振り向く。
公安部隊。
その先頭に立つ男。
天宮輝義。
篝は息を呑んだ。
十数年ぶりに見る顔。
写真でしか知らなかった父親。
輝義は銃を構えたまま久我を睨む。
「久我」
静かな怒り。
「ようやく見つけた」
久我が笑う。
「遅かったな」
「黙れ」
輝義の声は震えていた。
「今度こそ終わりだ」
篝は立ち尽くしていた。
母を殺した男。
そして。
会うことはないと思っていた父。
すべてが交差する。
憎しみの連鎖が頂点へ達しようとしていた。




