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フェムユートピア-女性完全保護国家  作者: 小田原 純


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14/18

14

 女性完全保護課前。


 朝から広場は人で埋め尽くされていた。


 三万人を超える参加者。


 報道陣。


 機動隊。


 警察車両。


 怒号とざわめきが空気を震わせている。


 その最前列に日南人はいた。


 手に掲げるのは一枚のプラカード。


 そこには大きく書かれていた。


【善良な人間が傷つかない社会を】


 男も。


 女も。


 どちらも含めた願いだった。


 隣に立つ男性が声を上げる。


「日南人さん!」


「ん?」


「本当に来てくれると思いますか?」


 日南人は女性完全保護課の建物を見上げた。


「来るよ」


 静かに答える。


「女性にあんなに寄り添える人なんだから、分かってくれる」


     ◇


 正午。


 建物の扉が開いた。


 ざわめきが広がる。


 現れたのは天宮篝だった。


 黒いスーツ。


 冷たい視線。


 その姿を見た瞬間。


 群衆の空気が変わる。


「篝さん!」


 日南人が前へ出る。


「話を聞いてください!」


 篝は立ち止まる。


「何かしら」


「俺の親友は死にました」


 静まり返る。


 篝は何も言わない。


「あなたは女性を守った」


「ええ」


「それは事実です」


 一拍。


「でも」


 日南人は続けた。


「善良な男性まで傷ついています」


 篝の瞳が冷える。


「それで?」


「制度を見直してください」


「見直した結果どうなるの?」


 篝が問う。


「男が虐げられたと声を上げる」


「そして?」


「……」


「また女性が虐げられる」


 篝は言った。


「歴史はずっとそうだった」


 静かな声だった。


 だが重い。


「暴力」


「性犯罪」


「差別」


「搾取」


「耐えてきたのは誰?」


 群衆が黙る。


「女よ」


 篝は真っ直ぐに見据える。


「男が苦しいと言えば制度を変える」


「でも女が苦しいと言っても変わらなかった」


 一歩前へ出る。


「ずっと我慢してきたのは女なの」


 その言葉に拍手が起きる。


 女性支持者たちだった。


「だから私は止まらない」


 日南人は拳を握る。


「違う!」


 思わず叫んでいた。


「俺は女性を傷つけたいんじゃない!」


 篝が見つめる。


「じゃあ何?」


「誰も傷つかない社会にしたいんだ!」


 一瞬だけ。


 篝の瞳が揺れた気がした。


     ◇


 その時だった。


 別方向から怒号が上がる。


「離せ!」


「俺たちを解放しろ!」


 国家出生支援センターから連れてこられた男たちだった。


 彼らは警備側として配置されていた。


 解放を条件に。


 群衆を抑え込む役として。


「押さえろ!」


「逃がすな!」


 男たちがデモ参加者へ飛びかかる。


 混乱。


 悲鳴。


 怒号。


「やめろ!」


 日南人が叫ぶ。


「暴力は駄目だ!」


 しかし届かない。


「俺たちは帰りたいんだ!」


「自由になりたいんだ!」


 管理された男たちの目は血走っていた。


 長年奪われた自由。


 押し込められた人生。


 その鬱積が爆発していた。


 デモ参加者も抵抗する。


 もみ合いが発生する。


 機動隊が動く。


 広場は一瞬で戦場になった。


     ◇


 篝はそれを見下ろしていた。


 冷たい目で。


「ほらね」


 呟く。


「男なんて自分が可愛いのよ」


「自分が苦しくなれば他人を蹴落とす」


 篝の目に失望が宿る。


「情の欠片もない」


 その時だった。


 背後で誰かが笑った。


「相変わらずだなぁ」


 聞き覚えのある声だった。


 篝が振り返る。


 そこに立っていたのは久我だった。


 国家出生支援センターへ送られたはずの男。


 かつて自らの手で逮捕した男。


 篝の目が険しくなる。


「……どさくさに紛れて出てきたのね」


 久我は肩をすくめる。


「冷たいなぁ」


 ニヤリと笑った。


「せっかく会いに来てやったのに」


「何の用?」


「決まってるだろ」


 久我の目が濁る。


「復讐だよ」


 一歩。


 篝へ近づく。


「お前も」


 さらに一歩。


「お前の父親もな」


 篝が眉をひそめた。


「父親?」


「ああ」


 久我は笑う。


 嫌悪感を催す笑みだった。


「天宮輝義」


 その名前が出た瞬間。


 空気が変わった。


「俺は昔、少女売春のあっせんで捕まった」


 久我が吐き捨てる。


「ガキどもを集めて金持ちに流しただけだ」


 まるで悪びれない。


「その時に俺を逮捕したのが天宮輝義だ」


 久我の顔が歪む。


「人生を滅茶苦茶にされた」


「……自業自得よ」


 篝が言う。


「犯罪者なんだから」


「そうだな」


 久我は笑う。


「だが俺は許せなかった」


 声が低くなる。


「だから奪ってやった」


 篝の背筋に悪寒が走る。


「母親に捨てられた気分はどうだ?」


 血の気が引く。


「……何?」


「可哀想になぁ」


 久我が近づく。


「お前の母親も最後には諦めた」


「嘘よ」


 篝が即座に否定する。


「探しになんか来なかった」


「来たさ」


 久我は笑う。


「必死にな」


 篝の瞳が揺れる。


「警察にも頼った」


「町中を探し回った」


「泣きながらな」


 そして。


 久我は愉快そうに笑った。


「だから犯して殺し、海に沈めた」


 篝の唇が震える。


「な……」


「お前を助けようとしたからだ」


 久我の目が狂気に染まる。


「全部お前の父親のせいだ」


 叫ぶ。


「俺を捕まえた!」


「俺の人生を奪った!」


「だから妻を奪った!」


「娘も奪った!」


「それなのに今度はお前まで俺を逮捕しやがった!」


 久我の顔が憎悪で歪む。


「お前たち親子のせいで俺は何もかも失った!」


 篝は息を呑む。


 この男は。


 何一つ反省していない。


 被害者を増やし続けながら。


 自分だけを被害者だと思い込んでいる。


「だから」


 久我が刃物を取り出す。


「まとめて終わらせてやる」


 刃が夕日に光る。


「お前も」


 一歩。


「お前の父親も」


 さらに一歩。


「母親のところへ送ってやるよ!」


 久我が飛び出した。


 その瞬間。


 銃声が響いた。


 乾いた音が空気を裂く。


 久我の腕が弾かれる。


 刃物が地面へ落ちた。


「そこまでだ」


 低い声。


 全員が振り向く。


 公安部隊。


 その先頭に立つ男。


 天宮輝義。


 篝は息を呑んだ。


 十数年ぶりに見る顔。


 写真でしか知らなかった父親。


 輝義は銃を構えたまま久我を睨む。


「久我」


 静かな怒り。


「ようやく見つけた」


 久我が笑う。


「遅かったな」


「黙れ」


 輝義の声は震えていた。


「今度こそ終わりだ」


 篝は立ち尽くしていた。


 母を殺した男。


 そして。


 会うことはないと思っていた父。


 すべてが交差する。


 憎しみの連鎖が頂点へ達しようとしていた。

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