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ep.20-7 犠牲

「杏子ちゃん!杏子ちゃん!!」

「橘!返事しろ、橘!!」

「橘さん、応答してください!!」


 黒く染まった白龍のコックピットの中。スピーカー越しに私を呼ぶ声が混線する。


「うっ……みんな……」


 私はシートの背もたれから身を上げ、手元を見下ろした。


 ――変わってる。


 今まで複雑な操縦レバーやキーボードが並んでいた場所に、赤い小型の球体が浮かんでいる。海の世界で見た通りの見た目だ。


 ――ってことは。


「夢じゃ……ない?」


 自分の姿をした白龍も、闇の空間も、海で溺れたことも全て現実のことだったとしたら。


 白龍だって変わってるはずだ。


 急にモニターに画が宿る。私をぐるっと囲むように球体の映像が広がっていく。


「白龍……できるの?」


 ――キィン。


「……わかった!」


 モニターに数字が表示される。50、75、100。急上昇する数値は、ジェネレーターの稼働率を示していた。


「立って!白龍!!」


 私は念じながら球体を握った。それに応えるように、白龍が膝を立てる。少しだけ見えた白龍の膝関節からは、勢いよく黒煙が吹き出していた。


 手を地面につき、上半身を上げる。ゆっくりとモニター映像の視点が高くなる。


 完全に立ち上がった時、コックピットを紅蓮の炎が包み込んだ。


「きゃあ!」


 私は黄色い声を上げた。再び白龍が破壊されたかと思った。


 けれども、モニターに表示された情報は真逆の状況を示していた。


 白龍の簡略図に重なっていた黄と赤の表示が消えていく。両脇に見える腕部装甲のヒビが埋まっていく。大破したアイカメラも復活し、モニターのノイズが消えた。


 脚、背中、胸部に新たな表示が生まれた。スラスターと表示されている。


 そして、炎が白龍の背部に集束した時、巨大な円錐状の突起物が生成された。


 私はシートから振り返るように後ろを見た。巨大な白い光の輪、ヘイローが円錐を中心に生えていた。


 それは、海の世界で見た白龍の新たな形そのものだった。


「これが……白龍タイプ2……!」


 胸が熱くなった。白龍の進化に。新たな力に。


「杏子ちゃん!」

「ユズ!」

「杏子ちゃん、よかった!大丈夫!?」

「うん、ピンピンしてる!」


 私は軽い調子で答えた。優月の安堵の声が耳に優しく溶けていく。


「橘、白龍のその姿は……」

「なんか気づいたら変わってた!」

「なんかって……」

「なんかはなんかだよ!私にもわからない!」


 そう、なにもわからない。白龍の身になにが起きているのか。これからなにが起ころうとしているのか。


 でも、これだけはわかっていた。


 私は、ありとあらゆる私に勝ったのだ。


「あれを倒さないと……!」


 視線を上げると、オウランとコウオの姿が見えた。


「行こう!白龍!!」


 私は球体をぐいっと前に動かした。白龍の背部スラスターが火を噴く。これまでとは比べ物にならない速度と加速が白龍の全身を駆動させる。


 ――いけるっ!!


 海に出た直後、白龍の脚部スラスターが上昇力を生み出した。高度がみるみるうちに上昇していき、オウランとの距離が詰められていく。


 200、250、300。ジェネレーターの数値は止まるところを知らない。背中のヘイローが徐々に拡大していき、機体のサイズを上回る。


「うおおおおおおおおお!!!!」


 ジェネレーターの数値が400を突破した時、白龍の腰から抜かれた草薙の刀がオウランに向けて振り下ろされた。展開されたバリアが刀を弾く。


 だが、変わったことがあった。刀身が紅に染め上げられていく。


 モニターに表示された情報がその答えを示していた。白龍本体のエネルギーが刀へと流れていたのだ。バリアが次第に削られていき、刀身とオウランが近まっていく。


「これならっ!!」


 私の手が球体を持ち上げる。呼応するように刀のエネルギーが高まる。


 次の瞬間、バリアが破かれ、刀はオウランの左砲門を腕部ごと斬り落とした。金属同士がぶつかり合う鈍い音が響き渡る。


「コウオのバリアが……!」


 ハレリールの言葉を気にも留めず、私は球体を大きく回転させた。


「もう一回……!」


 白龍は刀を再度振りかざした。今度は右の砲門を頭部ごと切り裂いた。首から上が無くなったオウランの姿が妙にグロテスクに映る。


「次は!」


 私はオウランの後ろに立つコウオを見つめた。右腕にはドリルが備え付けられていて、白龍が睨みつけるなり勢いよく回転し始めた。


 ――キィン。


「……ならば!!」


 白龍の左腕に光が生まれる。目が眩むほどの眩い光は巨大な砲弾となり放たれた。直後、コウオの右腕が炎と爆音を立て爆散する。


 2機からは激しい爆炎と黒煙が吹き出していた。攻撃手段も無くなり、まさに大破と言っても差し支えない状態であった。


「これで……帰れるでしょ!?」


 私は声を荒げた。自分たちを騙したこと、街を破壊したこと、人を殺したこと。全てへの怒りが込められた荒さが口から飛び出す。


「帰りなさいよ!あっちの世界に!!」


 これで相手は帰るしかなくなる。そう思った。


 その考えが甘かったとわかるまで、時間はかからなかった。


「な、んで……」


 タマナというらしい女の声が鳴る。


「さあ、早くとっとと……!」

「違う!帰れないんです!」

「ふざけたことを!」

「本当です!信じて……」


 瞬間、声が止まる。なにかを察したかのように。


「……そうか、そうだったのね。レブリン……アンタという人間は!!」


 タマナの声が豹変する。私にはなにが起こったのか皆目見当がつかなかった。


 その時だった。白龍のモニターに警告が表示された。高エネルギー反応。そう書かれていた。


「橘!あいつ自爆する気だぞ!!」

「え!?」


 智の言葉に頭が停止する。私は2機から離れようとしたが、遅かった。


 目の前でオウランの機体が心臓部から爆ぜる。強烈な爆発が空間を満たし、白龍の身体に襲いかかる。


「きゃあああああ!!!!」


 ――死んだ。


 私はそう思い目を瞑った。いくら白龍といえども耐えられない。そう考えるしかなかった。


 しかし、再び目を開けた時、そこにあったのは予想だにしなかった景色だった。


 そこには、遠くまで広がる森林があった。

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