ep.20-6 犠牲
「はあっ……はあっ……」
延々と続く暗闇の中。クレヨンで塗り潰したような雑な黒の中。
私は全身を躍動させ、ただひたすらに走っていた。遠くに光る、ただ一点の光に向かって。
今日見た夢もこんな内容だった。なにも見えない漆黒の中を走る夢。光の先にはフロンティアの荒廃した大地があった。
――なら、今回もそうなのだろうか。
私は息を荒げながら腕を振った。ただひとつだけ、前回と違う点があった。
それは、疲れだった。前回はいくら走っても疲れはなかったのに、今回は現実と同じだけの疲れが身体にのしかかる。
「これ……どれだけ……走れば!」
足を止めようとした時、私の耳元で"私"の声が囁いた。
『私たちさあ、もっとこうしていたいよね』
異世界の、私の声。そうとしか思えなかった。
『楽できたらいいのになあ』
『ここ、もっと作業効率アップさせて』
『残念ながら、助かりませんでした……』
数多の"私"がノイズとして頭の中を流れる。まるで、『諦めろ』と言っているかのようだった。
――諦める、かあ。
いま、諦めたらきっと私は呑み込まれる。"私"という大波に。無意識の闇の中へ。
呑まれたら、会えなくなるのだろう。ユズたちにも、葵にも、春翔にも。
そう考えたら、不思議と足の疲れが飛んでいった。
「なんだ……走れるじゃん!」
私はもう一度足を動かした。声を振り切るように、真っ直ぐ前だけを見つめた。
光は次第に大きくなっていく。ゴマ粒程の大きさから、親指、掌へと。
そして、身体ほどになった時、私はダイブした。身を屈め、身体を丸め、光をぶち破る。
その先にあったもの。それは。
「わっ……!ぶはっ!!」
海だった。潮の匂いがなく、波も一つも立っていない、穏やかな海だった。
「ちょっと……!私泳げないのに!」
溺れそうになる中、私は周りを見回した。どこまでも海が広がっているだけで、他にはなにも見えない。
「誰か……!助け……」
手を伸ばすも、当然ながら誰も掴まない。
でも、少し変な気がした。誰も見えないのに、そこに誰かいる気がした。
誰かの、気配がした。
――頭を動かせ……!
私は見方を変えた。そこに私が会いたい人がいるのではない。
私"に"会いたい人がいるのだと。
「おーい……!」
叫んだ。声が届くまで。その人が、私を必要とする人が、私に会えるまで。
「おーい!誰かー!」
「……るのか?」
「!」
明らかに別の人の声がした。
「おーい!!」
「そこにいるのか!?」
目を凝らす。なにかが見えた。
私は手を振った。一生懸命振った。見つけてもらうまで振った。
なにも無かった空間の中に、徐々に物体が形成されていく。物体は立方体から直方体へ、舟のような形になっていく。
だが、舟の上に乗っていたのは、思ってもみない人物だった。
「おい!女の子が溺れてるぞ!!」
そこにいたのは、神谷くんによく似た人物だった。
―――――
「あ、ありがとうございます……」
「大丈夫か?いまお湯持ってきてもらってるからな」
舟の縁に腰掛ける私を横目に、神谷くん……によく似た人物は舟の奥に向かっていった。舟は思ったよりも大きいらしく、一般的な旅客船並みのサイズがあるらしかった。
――それにしても、ここ、どこなんだろう?
やっぱり、周りにはなにもない。海しかない。どうやって生活しているのか、疑問に思う程だった。
ただ、わかったことがある。
「……身体、濡れてますけど大丈夫ですか?」
そう声をかけてきた少女の顔――ユズによく似た顔を見て、私は確信した。
ここには、私に馴染みのある人しかいない。
「ユズ……じゃないよね」
「ユズ、とは誰でしょうか?」
「そう、だよね……。あなたの名前は?」
「な、まえ?」
「え?」
予想外の返答が返ってきた。名前という言葉にユズらしき人物は首を傾げる。
「なまえ、がよくわかりません。食べ物ですか?」
「名前っていうのは……うーん……。一人ひとりを識別する言葉、みたいな感じかな?」
「そうなんですね」
彼女は無関心そうにそう答えた。この世界ではどうやって人を見分けているのだろうか……?
いや、それよりも。
「私、どうしてここに来たんだろ……」
それが一番の疑問だった。ここはどういった世界で、何故私はここに居るのか。そんな肝心なことが全くわからない。
「どうして、ですか?」
「うん。私、実は別の世界に居たんだ。そこはもっとビルとかが建ってて、友達も沢山いて……」
「……よくわかりませんが、外から来たんですね」
「ねえ、この世界は……」
その時だった。
――キィン。
声がした。白龍の、もうひとりの"私"の。
「ここにも、いるの……?」
瞬間、白龍の記憶が頭に流れ込む。戦争の記憶、争いの記憶、後悔の記憶。
私たちと共に暮らした、楽しかった頃の記憶。
「……ここは、求めた存在が具現化する世界です」
ユズに似た彼女は、私の目を直視しながらそっと言葉を漏らした。
「求めた物は、いつか見つかる世界。わたしたちは、あなたを求めていた」
「……どうして?」
「それは、わかりません。ですが、心の中で不思議と必要としていました。あなたのような……いいえ、あなたを」
――キィン。
彼女の声と白龍の声がシンクロする。偶然とは思えなかった。
「……わかった」
頭の中で点と点が結びつく。繋げられた直線が複雑な絵を描いていく。
ここは、白龍の創り出した新たな世界なんだ。私たちしかいない、新しい世界。
守りたいものが十分に守られている世界。私が、来たかった世界。
だから、私はこの世界に来たんだ。
――キィン。
「……やっぱり」
私の口角がゆっくり上がる。
「随分と可愛いことするじゃない」
「ようやく気づいたか」
神谷くんに似た彼がしたり顔で呟く。わかってくれた、そんな安堵感も感じる。
私は腰を持ち上げ、立ち上がった。
「ありがとう、気づかせてくれて。でも、私は戻らないといけないの」
「戻るって、どこにだ」
「決まってるじゃない!私が元居た世界だよ!白龍と一緒に居た世界だよ!」
私は想像した。白龍の姿を。
すると、海の上に立方体が積み重なった。数多の立方体は図となり、形となる。
脚ができ、胴体ができ、腕ができ、そして頭ができた。
白龍が、そこには居た。
「あれ?イメチェンした?」
私は棒立ちの白龍を隅々まで眺めた。脚には新しいスラスターのような膨らみがあり、背中にはジェネレーターみたいな円錐状の突起があった。円錐の先端からは、背中から浮くように光の輪のようなものまで生えている。
なによりも、所々にあった浅葱色や金色が消え、白と黒の2色だけになっていた。余計な装飾が外れ、より輪郭がよりスマートになった印象を受ける。
それは、神というよりも"私が求めた白龍"そのもののように感じた。
「それじゃ、私はあのロボットに乗って……」
そう言おうとした時、ユズに似た少女が私のパイロットスーツの袖を掴んだ。
「……怖くないんですか?」
「え?」
「あれに乗って、怖くないんですか?」
「怖いよ」
私は即答した。胸にぶら下げた勾玉がじんわりと光る。
「怖いよ。いつも怖い。死ぬような思いもしたし、実際死にかけたこともある」
「なら、何故……!」
「私には、会いたい人がいるから」
「……わたしたちみたいに?」
「うん。たぶんもっと面倒で、もっと騒がしくて、でもすごく大事な人たち。だから」
私は袖から彼女の手をそっと剥がすと、腰を深々と曲げお辞儀をした。
「私、行ってくる」
刹那、私の意識は白龍のコックピットへと転送された。真新しくなったコックピットが私を出迎える。操縦レバーなどの類はなくなり、代わりにシートの左右に赤い球体のような物が浮かんでいた。
「あれ?レバーとかペダルは?」
――キィン。
「そっかあ。もう必要無くなったもんね。でも寂しい」
――キィン。
「そういえば、新しい名前なんにしよっか?元の白龍からだいぶ変わったし……。うーん……」
悩む素ぶりを見せる。実は名前は決まっているんだけど。
「白龍タイプ2!タイプ2とかどう!?」
――キィン。
「よし!それで決まり!」
私は球体を握った。予想通り、これで操縦するらしい。
「それじゃ、行こっか!!」
スラスターを噴かせると、白龍は力強く上昇していった。
この世界の住民を残して。




