ep.20-5 犠牲
「わ……私?」
暗転したコックピットの中、シートに腰掛ける私の目の前に、制服姿の"私"が居た。もうひとりの"私"は軽く俯き、視線がいまいち合わない。
――そもそも、これ、どういう状況?
私は状況を整理した。白龍が破壊され、ラグールが死に、そして私目掛けて再び攻撃が来ようとしている……。ともすれば。
「私、死んだの……?」
死後の世界。精神世界。そういう風にすら思えた。しかし、もうひとりの"私"はそれを否定した。
「橘杏子。あなたは、死んでいない」
「えっ?」
「ここは、いままで通りの世界。あなたの暮らしている世界……。ただ、いまは時が止まっているだけ」
さらっと重要なことを言われた気がしたが、それよりも気になることが山積みだった。
「じゃあ……。あなたは、誰?」
「私は……」
その回答は思ってもみないものだった。
「私は、別の世界のあなた」
「別の世界の……私?」
「そう。呼び方は決まっていない。いろんな世界で、様々な呼ばれ方をしている。だけど、この世界で言うなら」
「……?」
「私は、"白龍"。あなたの機体」
頭の中でいまいち話が繋がらない。それどころか、耳が話を受け付けてくれない。いま、なんて言った……?
「え?いま……」
「そう。私はあなた、私は白龍」
「つまり……。白龍は別の世界の私、ってこと?」
「そういうこと」
動悸が早まる。肺の空気が頻繁に入れ替わり、視界が揺らいでいく。頭が情報を繋げたがらない。
――私は、"私"に乗っていたの……?
「私は、数多の世界を渡り歩いてきた。ある世界では一般人、ある世界では研究者、またある世界では戦争の英雄として。それぞれの世界で強い想いを抱いて、"輪廻"の輪の一員として」
「りんね……」
生命の根源、生命のサイクル。それが、"輪廻"だと遺跡で知った。
「ある時、私の意識は機械の中に取り込まれた。あなたがロボットと呼ぶ機械に」
「ロボットに……?」
もうひとりの"私"はこくりと頷いた。
「実験の一環だった。この世界では到底許されない、人体実験の一環」
ずっと同じ、冷静なトーンで深刻な内容がつぶさに語られていく。
「実験は失敗した。私はロボットと一体になり、そして暴走した。軍を、街を、そして友達すらも殺してしまった」
消えたモニター画面に映像が映し出される。崩壊する異世界の街、爆発する戦闘機、踏み潰されていく人々。廃墟を前に泣き崩れる子供。
それぞれが、妙な現実味を持って網膜を突き抜けた。
「私は絶望した。守れないどころか、手にかけてしまった自分に。そうさせた世界に」
「……」
「だから、私は決めた。そうならない世界を創ろうと。皆が平和に、楽しく暮らせる世界を。誰もが悲しまずに過ごせる世界を」
もうひとりの"私"は目を細めた。儚げな雰囲気を身に纏いながら。
「私は"輪廻"を媒介にしていくつもの世界を創ってきた。それぞれの世界で数多くの生命が産まれた。新しい友達もできた。ズイカク、オウラン、コウオ、オウキ、セイリン、マナヅル……」
「それって……」
「あなたと対立する世界で、神と呼ばれる存在。そう、私はいつしか神と呼ばれるようになった」
彼女は再び俯いた。
「でも、望んだ世界はひとつも創れなかった。どの世界でも戦争が起きた。争いが起きた。悲しみが生まれた」
映像は移り変わった。騎士、兵士、戦車、ミサイル。見たこともない兵器の姿もある。
それぞれが、生命を奪う形をしていた。
「そして、あなたがフロンティアと呼ぶ世界で私は眠りについた。正確には、眠りにつこうとした。だけど、そこで私は出会った。もうひとりの私に。あなたに。エレーナ姫に」
「私……」
「エレーナ姫は、私の思い描いた通りの人物だった。高貴で、正義感が強くて、周りに恵まれていた。私の創りたかった世界の、主人公みたいな存在だった」
「でも、エレーナは……」
「私と一緒に死んだ。そして、この世界にやってきた。"守りたい"という想いを抱いて」
もうひとりの"私"――白龍と目が合う。確かな意志を持った目をしている。
「でも、私、また守れなかった……。力が欲しかったのに、全部失くしちゃった……」
「あなたはまだ負けていない」
「……え?」
「まだ、手はある」
白龍の声は複雑な感情を抱えていた。透明で、しかし濁った感情を。
「それって……なに?」
「別の世界のあなたたちの意識を、あなたに集中させる。世界線を束ねる。もちろん、私の意識も。そうすれば、私とあなたの力は最大化される」
「そんなこと……できるの?」
「私になら、世界を渡り歩いてきた白龍になら、できる。でも、あなたは橘杏子ではいられなくなるかもしれない」
白龍の静かな声は、驚くほど胸に突き刺さった。
「……どういうこと?」
「世界線を束ねるということは、別のあなたが産まれるということ。感情も、決意も、想いも全てがあなたという器に流し込まれる。器……橘杏子の意識が優先されるとはいえ、どの意識が勝つかは誰にもわからない」
「私が……私に呑まれる……?」
「……そういうこと」
白龍の言葉に躊躇いが見えた。私を、橘杏子を巻き込みたくないという、強固な想いが見えた。
自分という存在が、消える。ひとりの女子高生にすぎない私にとってはあまりにも大きすぎる話だった。
進路に悩んでいた自分が。カフェでメニューに迷っていた自分が。弟に隠し事をしていた自分が。
全て、消える。
それは、死を意味していた。自分という器が保たれていても、中身が違えば別人だ。形だけ同じな、別物だ。もしかしたら、ユズや神谷くん、葵、ラグール、アリア、そして春翔のことすら忘れてしまうかもしれない。
私にとって、それは耐え難いことだった。愛する人に、これからも愛していきたい人に2度と会えない。考えるだけで息が詰まりそうになってくる。目を背けたくなってくる。
でも。
「……私、やるよ」
私は承諾した。大切な人が記憶の中でしか生きられなくなるのなら。写真の中でしか笑顔を浮かべられなくなるのなら。
私がいなくなる方がいい。
――ごめん。
頭の中で謝罪する。みんなで帰ろうと言ったのに、言い出しっぺなのに。
「杏子……?」
「それしか方法がないのなら、やるよ。それにさ、必ずそうなるってわけでもないんでしょ?」
「それは……」
白龍はそっと頷いた。確かな肯定を表す頷きだ。
「なら、答えはひとつでしょ!やってやる!!」
「……本当に?」
「ごちゃごちゃうるさい!私らしくないよ、白龍!」
私は満面の笑みでそう言った。半分無理をしながら、もう半分では本心で言った。
「わかった。……ありがとう、橘杏子。私は、あなたを忘れない」
瞬間、私の中に数えきれないほどの意識が流し込まれた。いろんな自分が光と共に頭を通過する。
『明日もあそぼ!いいよね!?』
『どうしてそんなことができるの!酷いよ!!』
『なんで……どうして……。答えてよ、ねえ!!置いてかないでよ!!』
いくつもの声と合わせて情景が浮かんでくる。
見覚えのない教室。崩れた高架橋。雪の降る街。赤茶けた大地。焼け焦げた研究所。知らない制服を着た私。軍服の私。白衣の私。誰かの手を取って笑う私。血まみれで泣いている私。
「うっ……!」
私は吐き出しそうになった。負けそうになった。取り込まれそうになった。
それでも。
「私は……負けない!!」
操縦レバーをグッと握りしめながら、私は叫んだ。
――ここで勝てなければ、なにも守れない。
――守りたい。
――全てを。
私は、心の底からそう想った。




