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ep.21-1 向こう

「え?ここ、どこ……?」


 私の口をついて出たのは、単純な疑問であった。モニターには、白龍の背丈すら超えるほどの木々が何百何千本も映し出されていた。さっきまでの海と工業地帯とは全く異なる景色だ。


「ていうか、みんなは?」


 言葉に応えるようにモニターに情報が表示される。しかし、地図と思しき正方形の中には、『不明』の2文字しか書かれていなかった。


「おーい!ユズー!神谷くーん!」


 私はスピーカーに向かって叫んだが、当たり前のように返事はない。


 ただ、白龍だけが思ってもみない形で応えてくれた。


 前面のモニターが暗転し、プシューという空気音と共にハッチが開いていく。生温い温度が顔肌を刺激する。コックピットの外には白龍の黒い右手が添えられていた。


「降りるしか……ない?」


 ――キィン。


「あはは、やっぱり……」


 私はシートから腰を上げ、白龍の手に乗り移った。人差し指にそっと掴まると、白龍は左膝を立てゆっくりと手を下ろした。草が生い茂る地面が近づく。


「よいしょっと」


 着地した手から降りる。やっぱり少し高さがある。


「ありがと、白龍」


 私は木々の中を歩き出した。とにかく歩いていれば誰かには出会えるだろう。そう考えた。


 鬱蒼とした森林の中は、木漏れ日がどこかからさしていて神聖さを醸し出していた。東京のコンクリートジャングルに住む私からすれば、全く馴染みのない世界だった。


 ただ、問題がひとつあった。それも大きな問題が。


 10分歩く。人影はひとつもない。


 20分歩く。人影はひとつもない。


 30分歩く。人影はひとつも……。


「ない!!」


 私は空に向かって叫んだ。白龍の周りをぐるっと囲むようにしてかれこれ30分以上も歩いてきたが、成果は何ひとつなかった。人影どころか、人の生活している痕跡すらも見つからない。


「どこ?ここ……」


 私は地面に転がっていた丸太に腰掛けた。不思議と冷たい感じはしない。


 ――これもパイロットスーツのおかげなのだろうか。


 渡辺さんから聞いたことがある。パイロットスーツは実は精密機械の結晶で、パイロットの心拍数や血圧、意識レベルまで測れる優れものらしい。薄手なのに不思議と暑さも寒さも感じないのはこれのおかげかもしれない。


「これからどうしよっか……」


 私は悩んだ。この世界がどこなのかという広い視点よりも、自分はこれからどうなるのかという、狭い視点で。


 人に出会えないということは、食べ物や飲み物も見つからないということ。つまり、生きられないということ。


「あーもう!」


 いっそのこと白龍で空から探した方が……。そう思った時だった。


 何かが揺れる音がした。


「人!?」


 私は立ち上がって音の方を見た。人なら誰でもいい、そう思って駆け寄った。


 だが。


 グルルル……。直後に聞こえた音は、明らかに人のそれではなかった。


「え?」


 木の向こうから黒茶色の毛が見えた時、期待は絶望に変わった。


 そこにいたのは、私の身長を上回りそうな熊だった。


「ちょ!待って待って!!」


 私は茶色の毛むくじゃらに背を向けるように走り出した。全速力で逃げた。腕を振り、足を回す。


 ――死ぬ!死んじゃうって!


 人生でいちばんの危機かもしれなかった。ニュースでよく耳にする分、変に巨大ロボットに出くわすよりも現実的な危機だった。


 ガクッ!


 何かにつまづき、胸から地面に転げる。スーツの力か、痛みは感じなかったが……。


「や……やめ!」


 振り向いた先にいた熊は、今にも私に襲い掛かろうとしていた。全ての記憶が走馬灯のように流れていく。


「誰か!助けてぇ!!」


 死んだと思った、その時だった。


 どこからか銃声がした。バン!という破裂音が耳奥で鳴る。銃弾は熊の心臓を撃ちぬいていた。


 倒れ込む熊の巨体を前に、私の心に安堵が戻ってくる。舞い上がった息が徐々に平坦になっていく。


 ――でも、誰?


 私は立ち上がり、胸についた土を払い落とした。安堵の中に疑いが生える。いままで誰もいなかったのに。


「誰?誰なの!?」


 声を上げると、木の向こう側に見慣れない服装の男が見えた。濃紺のチュニックに赤いマント、いかにも中世ヨーロッパ風の服に身を包み、煙を上げる銃を片手に持っていた。


「あ……あの……」

「お前は誰だ?」


 その人物は、銃口を私に向けながらそう言った。緊張が走る。


「わ……私は……に、日本から来た……」

「日本?」


 男がそう言った瞬間、また別の方向から女の声がした。今度は驚愕する声だ。


「うわああああああ!!!!」


 その声の主は、銃身を天の方向に向けていた。


 その先にあったものを見た時、私は自然と走り出していた。


「ちょっと!私の白龍をいじめないで!」


 女の銃は、白龍の頭に向けられていた。指が引き金にかかり、今にも弾が発射されようとしている。


「お前!動くな!」

「白龍はなにもしてないでしょ!?」


 私の叫び声に反応したのか、女の銃も私の胸に向けられた。挟み撃ちの状態だ。


「お前、ここの人間じゃないな?」

「私は日本から来た、橘杏子です!」

「タチバナ……キョウコ?」


 女は私の名前を聞くなり銃を下ろした。なにかいけないことをしてしまったかのように、私の目をじっくり見つめる。


「お前が……いや、あなたが、タチバナ・キョウコか?」

「え?そう、だけど……」


 男の銃も下げられた。2人の腰が深々と曲げられる。


「失礼しました!まさか、エレーナ姫とは思いもつかず……!」

「え……?」


 私の頭の中で困惑が広まっていくのを感じた。

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