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ep.18-5 普通

「あっちゃあ……正論ぶつけられちゃったか」

「橘、お前にぶつけられた時も結構来たけどな」

「ああ……あれはごめんね!」


 左手を立て軽い謝罪をする橘を横目に、俺はアップルジュースを喉に流し込む。iARTSの食堂は相変わらずの混雑ぶりで、スーツ姿の職員でひしめきあっている。


「お母さんとはどうしたの?その後」

「母さんは中野のホテルに泊まってるらしい。俺を神戸に戻すまで東京に居続けるらしい」

「凄い執念……」

「でも、お母さんの言い分もわかるなぁ」


 聖堂が親子丼の鶏肉を箸で突っつきながら言う。


「だって、ドールユニットって兵器そのものでしょう?ボタンひとつで相手を殺すこともできるわけだし……。わたしも神谷くんのお母さんの立場だったら同じことしてたかもねぇ」

「聖堂、お前はやめろと言われたら素直にやめるか?」

「わたし?やめないよぅ」


 思ったよりもキッパリとした言い切り方だ。


「だって、わたしには杏子ちゃんも神谷くんも、ラグールたちも中津川さんもいるし。それに、逃げたくないのよね」

「逃げたくない?」

「そ。神谷くんならわかると思う」


 ――逃げたくない。


 聖堂の言う通り、いままで逃げてきた俺からすればストレートすぎる一球だ。


「ほら、ノブレスオブリージュってあるじゃない?」

「なにそれユズ、初耳」

「高い立場にいる人間は、それ相応の義務を果たさないといけない。っていうフランスの言葉ね」


 聖堂の箸が橘の唐揚げを突き刺す。「あっ、ずるい!」と橘が叫ぶ。


「わたしたちは、もう義務を果たさないといけない。そういう力を手に入れちゃったから。神谷くんのお母さんが神谷くんを育てるのと同じ」


 橘は盗んだ唐揚げを頬張る聖堂を軽く睨みながら、箸の先端で宙に円を描いた。


「まあ、それをお母さんにわかってもらわないといけないからねえ。どうしたらいいと思う?」

「それを聞いてるんだが」

「あっ、そっか。うーん……」


 円が途絶える。橘の口が箸の先端を噛む。


「そうだ!クレープ屋さん!」

「クレープ?」

「前に学校近くのアーケードにあるクレープ屋さんに行ったら、ランドマークタワーで戦いを見てた人がいたんだ!その人と神谷くんのお母さんを会わせたらどう?」

「杏子ちゃん!ナイスアイデア!」


 「はい、ご褒美」と聖堂の親子丼の一部が橘の大皿に置かれる。


「戦う側のわたしたちが言ってもなにも響かないと思うんだよね。でも、実際に守られた側の人と話せたらなんか変わると思う」

「……本当か?」

「まあ、それしか思いつかないんだけどね」


 肩をすくめながら親子丼を頬張る橘の目に、嘘偽りはなかった。


「中野のホテルだっけ?アーケードとも近いから大丈夫だよ。多分、きっと、おそらく」

「不安だ」

「わたしたちの言葉を信じてよ。これでも神谷くんより口は達者だから!」


 「ねー」と顔を合わせる2人を、俺はジュースを口に含みながら眺めた。


 ――それしかないんだろうな……。


 諦めにも近い感情が心を支配していくような気がした。



―――――



 数日後。中野のホテルの一室、そのドアの前に俺たちは立っていた。


「本当に大丈夫か?」

「大丈夫だって。私たちを信じてよ。ね、ユズ?」

「そーそー。井上さんもその気だし」


 振り向くと、クレープ屋の店員らしい井上さんの姿が見えた。目には異様なまでの光が溜まっている。


「あの……大丈夫ですか?」

「はい!高校生のみなさんが頑張っているのに、自分だけなにもできないのは心苦しいので!」

「……ありがとうございます」

 

 あまりの勢いに押されている自分がいないと言えば嘘だった。


「じゃあ、行きますよ……」


 俺はトントンとノックした。数秒経ったのちに扉が開かれ、母さんが顔を出した。


「……サトル」

「……母さん」

「お邪魔します。私が橘杏子で、こっちが聖堂優月。そしてこちらが……」

「井上圭史と言います!」


 母さんは「こんにちは」と薄い声で言った。中に通してもらった部屋の中は、母さんらしくないほど服が散乱していた。スーツケースも開けっぱなしで、憔悴しきった様子が窺えた。


「さ、こちらへ……」


 母さんは橘たちを率先して椅子に座らせようとしたが、橘は井上さんに座るよう促した。


「じゃあ、私たちは」

「ちょっと席外しますね〜」


 橘が俺にウインクを飛ばす。「あとはがんばれ」の合図だ。


 橘たちが部屋から去り、中には俺と母さん、それと井上さんだけになった。


 最初に重たい沈黙を破ったのは、母さんだった。


「それで、あの子たちもロボットに乗って戦ってるの?」

「……そう」

「そう、じゃないわよ……」


 母さんが大きなため息をついて額に手を当てる。


「サトルもあの子たちもそうだけど、どうして高校生が戦わないといけないの?おかしいじゃないそんなの」

「それが、俺たち選ばれた者の運命だ」

「運命?」

「そう。たまたま力を手にしてしまった者たちの、義務だ」


 再びため息が吐き出される。そんな馬鹿な話が、と言いたげな表情だ。


「……義務とか、運命とか。そんな言葉を高校生が言っていいわけないじゃない。高校生はもっと遊んで、勉強して、友達と話して。そんなことをしないといけないものじゃないの……?」

「……」

「なんとか言ってよ……」


 母さんが俺に迫った時だった。


「あの、いいでしょうか……?」


 井上さんが前のめりになりながら言葉を発した。


「確かに、ロボットに乗って戦うなんて、アニメの中だけでいい話です。少年少女が戦うなんて馬鹿げている……。でも、こうも言いたいんです。彼ら、神谷くんたちが戦っているからこそ、沢山の命が救われているのだと」

「……救われている?」

「はい。実は、僕は横浜でロボット同士が戦ってた時、ランドマークタワーの展望デッキにいたんです」


 井上さんは、さっきまでのハイテンションが嘘のように冷静に話していた。


「そこから、戦いの一部始終が見えました。倒壊するビルや裂かれる車ももちろん見えました。正直に言って、怖かったです。死ぬかと思いました」

「……」

「でも、白いロボットたちが僕たちを守ろうと戦ってるのを見て、勇気をもらったんです。あのロボは決して僕たちを見捨てはしないんだって」

「……そう」

「しかも、家に帰ってビックリしたんです。乗ってた人が僕よりも年下の女子だったってSNSで見ましたから」


 井上さんの熱弁は止まるところを知らなかった。


「それで、素直に凄いなって思いました。こんなに若い子供たちが世界を守ってるんだなって思って」

「……あなたは、このままでいいと思うの?」

「よくありません。ですが、もしも僕たちを守る気持ちが神谷くんたちの本心から来るものだったら、それは尊重すべきだと思います。だって、それが、それを見守るのが大人のすべきことだと思ってますから」


 母さんはすっかり黙ってしまった。その意味が、俺にも少しわかる気がした。


 わからない、わかりたくないという感情が、わかる気がした。


「母さん」

「……なに?」

「俺は、ここで生きたいんだ」

「……」

「神戸にいた時の俺は、周りが押し付ける普通に耐えられなかった。普通に考えてとか、普通にやればとか。そういうのに吐き気すらした。でも、東京に来てこの仕事をやって、気づいたんだ。普通っていうのは人それぞれで、俺にとってはこれが普通なんだって」


 俺は立ちながら自分の想いをありったけぶち撒いた。身体が少し震えている気がする。


「だから……俺はここで生きたいんだ。ここでできた友達と共に、ロボットと共に」

「……本当に、それでいいの?」

「……ああ」


 母さんは黙った。黙った後に、立ち上がってこう言った。


「……わかった。自分の好きなように生きなさい」



―――――



「へえ!わかってくれたんだ!」

「そうだ、橘と聖堂のおかげでな」

「そんな大したことやってないよ、井上さんのおかげだよぉ」


 校庭の端の木の下、俺たち4人は相変わらず弁当を箸でつまみながら取り止めもない会話を展開していた。聖堂は小っ恥ずかしくなったのか、左頬を指でかいている。


「でも、よかったね。これからもロボットに乗れて」

「……ああ」


 俺は橘と聖堂を交互に見ながら頭を深く下げた。


「これからも、よろしく。橘。聖堂」

「ふふ、私からもよろしくね」

「よろしく!」


 3月の空に、橘と聖堂の声が軽やかに跳ねる。俺はこの雰囲気に、妙な爽快感を感じた。憑き物が取れたような感覚がする。


「あ、そういえばさ。部活名、決めた?」

「わたし、決めるの忘れてた……」

「俺もだ」

「実は私もそーなの……言い出しっぺなのに」


 俺たちの声のトーンが示し合わせたかのように落ちる。


 ただひとり、橘を除いて。


「私は決めて来たよ?」

「え!?なににしたの!?」

「ふふーん、それはね……。『狭間同盟』!」

「はざま……どうめい?」


 戸惑いの声を上げる小野寺に、橘は「そう!」と答える。


「私たちはいろんな狭間の中にいる……。こっちの世界とフロンティア世界、希望と絶望、理想と現実……。だから、狭間同盟」

「はざま……か。いいね!」

「わたしも同意見!」

「……俺もだ」

「じゃあ決まり!」


 橘は立ち上がって手を叩き合わせた。思ったよりも大きな音がする。


「私たちは狭間同盟!なにがあっても4人でひとつ!」


 その声から、勇気の一端を感じることができた。

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