ep.19-1 目的
コルテーグ王国 王城
脳内にとある映像が流れる。背の低い少女が、とある村の草原で遊んでいるだけの映像。街道を往く馬車を眺めているだけの映像。その中の1台に一生懸命手を振っているだけの映像。
一体、どうしてこんな映像を記憶しているのだろう。なぜ、こんな映像が流れるのだろう。
私、エレーナには全く関係ないというのに。
「ぶはっ……!!」
いつものように緑色の液体で目覚めた私を、筒の外のレブリンが睨みつける。
「お目覚めか、お姫様」
レブリンは慣れた手つきで円筒横の機械を操作した。ガラスが開き、液体が床へと流れ出す。次第に円筒の中に空気が入り込み、私の肺を満たしていく。
「朗報と悲報がある。どっちが聞きたい?」
地に足がついた私に、レブリンは選択を迫った。答えられないでいると、彼は肩をすくめた。
「なら朗報からだ。ズイカクの修復の目処がたった。もう少しで完了するだろう」
「……悲報は、なんですか?」
「メッサが死んだ。トウキョウでな」
――メッサが……死んだ?
私は自分の耳を疑った。あそこまでの強さを誇っていたメッサが死んだとは、にわかに信じられなかった。
「メッサはアザーズどもの卑劣な攻撃を前に死んだ。タマナとハレリールにもそう伝えてある」
「2人にも……」
「隠す必要もないだろう」
レブリンは私に紺の服を投げつけた。以前よりも乱暴な扱いに感じた。
「レブリン様……」
「起こってしまったことは仕方ない。今回のメッサも無能だったということだ。次はもっと強く設計するつもりだ」
「そうではなく……」
私は口元をギュッと締め付けた。
「ひとつ……気になることがあります」
「うん?なんだ。言ってみろ」
「敵陣の……トウキョウの侵略は予定通り進行しているのでしょうか」
レブリンは一瞬黙ったあと、大袈裟に高笑いをした。地下空間に声が幾重にも反射する。
「どうして気になるんだ?」
「……私が思っている以上にトウキョウという街は広く感じたからです。あそこまで暴れても、なお建物全てを焼くことはできなかった……。こちらの価値観からは考えられないほどの街です」
「なんだ、そんなことか」
地下室の扉を開け、通路を進む彼のあとを私は付いて行った。
「トウキョウへ続く空間のねじれは大きくなりつつある。次はオウランとコウオ、2体の機動神で仕掛けることができるだろう。さすれば、必ずや落とせる」
「そう、でしょうか」
「俺を疑うのか?」
レブリンはこちらを振り向き、鋭い眼光で私の瞳を覗き込んだ。
「いいえ……大変失礼しました」
「よろしい」
螺旋状の階段を一段ずつ上ると、大広間の魔導灯が次第に私を照らした。ただ、それ以外の光はほとんど見えなかった。どうやら、いまは夜らしい。
「もうひとつ、あります」
「なんだ」
「私に……なぜ作戦立案を任せるのでしょうか。私よりもスピーシーズであるタマナやハレリールの方が……」
「そんなことか」
大広間に出ると、レブリンは立ち止まった。天井を見上げる彼の姿からは、底知れぬ威圧感を感じた。
「答えは単純だ。お前が、弱いからだ」
「……弱い?」
私の喉を言葉が通らなかった。あまりの衝撃が頭をガシッと掴み離さない。
「お前は冷酷さが足らないと言ったな。なぜ足らないか。それは、お前がハクリュウの操者よりも圧倒的に弱いからだ」
「私は……弱くありません!ズイカクでハクリュウを圧倒しましたし、それに……!」
レブリンは軽く吹き出し、私を再び見つめた。軽蔑の目で。
「それはズイカクの性能が高いからだろう。お前の技量ではない」
「しかし……!私はエレーナとして、元・エルハの王族として……!」
「ああ、それか」
レブリンは、興味を失ったように鼻を鳴らした。
「お前、いつまでそんな話を信じる気なんだ?」
「……え?」
「お前は、エレーナなどではない。無論、エルハの王族だなんて笑止千万だ」
「な、なにを言って……」
レブリンはこちらへと歩み寄り、私の顎をクイっと掴んだ。思わず首がのけぞる。
「わ……私は、エレーナの身体を人工的に補強した……」
「そんなわけがないだろう。エレーナはオリジナルのハクリュウとともに死んだのだからな」
――死んだ?
私はやはり自分の耳を疑った。そんなわけがない。そんなはずがあっていいわけがない。ぐにゃりと歪む視界の中で、おぼつかない思考でそう考えた。
「エレーナはハクリュウと共に出撃したが、ろくに戦えずに死んだ、情けない姫もどきだ」
「なら、私は……」
「お前か」
レブリンは不敵な笑みを浮かべた。顎を掴む力が次第に強まる。
「お前は、エルハの愚民のひとりだ」
「ぐ……愚民?」
「我々の侵攻で死にかけたエルハの愚民を利用し、人工的にエレーナの記憶をねじ込んだだけの存在に過ぎん」
その言葉は、私の中でうまく意味を結ばなかった。
エルハの愚民。エレーナの記憶をねじ込まれた存在。
それらの断片が頭の中でぶつかり合い、火花だけを散らして、なにひとつ形にならない。
「だが、その弱さは利用しがいがある。真のエレーナの生まれ変わりたるアザーズのハクリュウの操者と共鳴してくれるのだからな。それこそがお前に作戦を任せる理由だ」
「真の……生まれ変わり……」
「そうだ。お前が戦ったタチバナ・キョウコこそが、エレーナの真の生まれ変わりだ」
レブリンは顎から手を離した。私の身体が膝から崩れ落ちる。
「わかったか?」
「……はい」
「ならば、すぐにオウランとコウオでトウキョウを襲撃する案を立てるんだな」
レブリンはそう言うと王室の方へと立ち去っていった。私ひとりを置いて。
――あの記憶は、そういうことだったんだ。
私の頰を、そっと一筋の涙が流れた。




