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ep.18-4 普通

「普通、か」


 校庭端の木の下、いつもの溜まり場で俺はコッペパンをむしりながら言葉を反芻した。


「うん。私、結局普通の人間でいるのが楽しいんだなってなった。普通に会話して楽しんで、友達でいる方が万倍楽しい。神谷くんもそう思わない?」

「まあ……普通でいられるなら一番良いんだろうけどな」


 橘が「でしょ?」と目を細めながら言う。東京タワーの戦いから1ヶ月近くが経とうとしているが、次第に元気が戻ってきたような気がした。


「そういえば、白龍だっけ?の調子ってどうなの?」

「それがさー葵、なんと生きてるかもしれないんだって。白龍」

「え?あのロボットが!?」

「ドールユニット」


 小野寺の言葉を橘が一字一句修正する。


「本当はさ、装甲の破片持ってきたかったんだけど流石に機密事項らしくて。温度がさ、ヒトの体温と同じなんだよ」

「凄い……というか、むしろ怖っ」

「橘……そんなことまで話していいのか?小野寺はあくまで一般人だぞ」


 軽く諌めた俺に対し、橘は首を縦に大きく振った。


「だって葵は特別にそういう話をしても良いって、中津川さんも平泉さんも言ってるし」

「それはお前が余計なことを口走ったから……」

「だって?iARTSに入る前にいろいろと話しちゃったからしょうがないよねー」

「ねー」


 橘と小野寺の息がぴったり合う。小学校から付き合っているだけある。


「小野寺が口固くてよかったよ……」

「わたしよりも固いからねぇ。カチコチだよ」


 聖堂がよくわからない相槌を打つ。話が本当なら相当なダメージを受けていそうなのに、平然とした顔で立っている。


「で、どうすんの?今後。作戦とかは?」

「んー、あんまなし」

「ないんかい!」

「ないよ?」


 小野寺のツッコミが若干空振る。


「だが、方針は決めた方がいいぞ。それこそ、白龍は予想不可能な領域まで達している。決めなければ大変なことになる」

「……だよねぇ」


 橘の声が空気に溶け込む。彼女なりに考えてはいるのだろう。


「まあ、考えるよ。次の戦いまでに」

「そういえばさ!」

「ん?なに?」

「部活名……変えない?神谷くんも入ったし」


 小野寺は手を叩き合わせて言った。そういえば、ロボット同好会という安直な名前がついていたのだった。


「そうねぇ……ただ案とかないし……」

「ジャージ部とか天紋部とか、そんな名前が欲しい!」

「葵ちゃん……なんか観たでしょ?」

「全く、葵はすぐ影響受ける」


 橘が微笑する。確かに、小野寺はロボットアニメを見漁っているとは聞いたことがあるが……。


「まあ、次集まる時には決めてよーよ」

「わかったって。洒落た名前考えてくるよ」

「よっしゃ!破ったら針千本!」

「だから、古い!」


 少女たちの笑い声が3月の快晴空に響き渡る。


 ――もうすぐ、高2か。


 そんなことを考えながら、俺は残りのパンを口に運んだ。



―――――



「あーまた訓練かあ」

「杏子ちゃん、訓練は久しぶりなんじゃない?」

「うっさい」


 橘と聖堂がiARTS行きのワンボックスカーに乗り込む。その後ろで小野寺が手を振っている。


「いってら!戦績楽しみにしてるぞ!」

「小野寺、実際に戦うわけでは……」


 そう言いかけた時、視界の端に"誰か"が映った気がした。茶髪に髪を染めた、長髪の女性。


 ――気のせい、だよな?


 俺は"誰か"を中央に捉えた。その人物は、俺を見るなり慣れないフォームでこちらに駆け寄ってきた。


「サトル!」


 "誰か"、つまり、俺の母さんの声が耳を流れる。久しく聞いていなかった声。


 聞きたくなかった声。


「母さん……」

「あれ?神谷くんのお母さん?」


 橘が車の中から顔を出す。意外そうなものを見る目だ。


「やっと見つけた……。ここでなにしてるかと思ったら。神戸に……」

「帰らない」


 俺はキッパリと言い放った。露骨に嫌そうな顔を浮かべながら。


「俺は、あそこには帰らない。ここにいる」

「サトル、また意地を張って」

「意地じゃない。俺が決めたことだ」


 俺と母さんは互いに瞳を見つめ合ったまま動こうとしなかった。間を割るように聖堂の声が入る。


「まあ、事情はわからないけど……。取り敢えずファミレスかなんかで話したらどう?電話はわたしたちがするから……」


 ――話し合い。


 全くできる気がしないが、そうするしかなかった。



―――――



 近くのファミレスに入り、窓側の席に座る。俺と母さんで真向かいの席。


 タブレット端末でメニューを選んだ。母さんはうどん、俺は蕎麦にした。


「……どうして来たんだ」

「それは、私たちがあなたの親だからよ。決まってるじゃない」

「来なくていいのに」

「家出して東京まで来て、友達の家に居るから警察には言うなって言って。だから届出はしなかったけど」


 母さんはコップの水を一口含んだ。生ぬるかったのか、微妙な顔をしている。


「サトル」

「……」

「お父さんがね、動画で見たのよ。サトルがロボットの女の子と一緒にいるの」


 きっと、東京タワー戦での一幕のことを言っているのだろう。あの場所にいた人数を考えれば、ひとりぐらい俺たちのことを撮影しててもおかしくはない。


「サトル、本当はこっちでなにしてるの?なんで家出したの?」

「……」

「そうやって黙っててもなにも……」

「……母さんには関係ない」


 できるだけ平坦に言ったつもりが、驚くほど硬い声で出力された。


「関係ないわけないじゃない……」

「俺はひとりで生きていくことにした。それだけだ」

「ひとりって……いまは生活できてるの?」

「……できてる」


 事実ではあったが、言ってはならない言葉のような気もした。


「ひとりで生活できてる。友達も新しく作った。神戸の時よりも充実してる」

「……ロボット、乗ってるの?」

「……」

「なんか言ってちょうだいよ、乗ってるんでしょう?」


 俺は無言のままそっと頷く。言語化する勇気がほんのちょっとだけ足らなかった。


「やっぱり……。あんな危険なものを……。普通の高校生ならあんなもの乗るわけ……」


 ――普通、か。


 それを決めるのは、俺自身だ。母さんではない。


「……決めたのは俺だ」

「……え?」

「乗ることにしたのは、他の誰でもない。俺自身だ」

「……どうして?」


 母さんの顔から血の気が引いていく。まるで、俺を化け物として見るかのように。


「だっておかしいじゃない、年端も行かない普通の高校生がロボットに乗って殺し合いをするなんて。そう思わないの?」

「思う」

「じゃあ、やめればいいじゃない」

「今更やめられない」


 母さんは唇をかみながら、俺の目を直視した。


「今更、やめたところでこの戦争は止まらない」

「戦争なんてなにも」

「いや、戦争だよ。これは。だから俺たちは戦っている。俺たちは、敵の侵略から街を、人を守るために戦っている」

「それは逃げてるだけじゃないの」


 ――逃げてるだけ。


 あまりにも痛い一言だった。逃げてるだけ。俺がいままでしていたことだ。


「責任だの使命だの、そういう言葉を使って現実から逃げてるだけじゃない」

「……っさい」

「死ぬかもしれないギャンブルに陶酔して、何もかもから逃げてるだけよ」

「うるっさい!」


 俺はコップの水を一飲みした。熱した喉元を癒すには、足りない量だった。


「……ごめん」


 机の上に水滴が落ちる。それが涙なのか、コップから滴るものなのかを知る覚悟はなかった。

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