第44話 出し抜きたい高校生
心がわかるDKとわからないJK
第3章 夏休み~文化祭後
第44話 出し抜きたい高校生
文化祭まで、あと 1 日!
「いやー。隙だらけだねー」
「……何の御用で?」
「話は聞いてる?約束破って近づいたんだよね」
今日は文化祭前日準備の日。午後にあった全校集会も終わり、文化祭のパンフレットを手にして、今から写真部の準備に向かおうとしていた矢先、空井くんに捕まった。
「急ぎたいんだけど」
「うん。写真部でしょ?」
「分かってるならどいて。話せることもない」
「ううん。あるでしょ?」
男子と女子の力比べの結果なんて目に見える。人を呼ぶ?いや、やめておこう。事を荒立てて、明日の文化祭に影響が出てしまったら、自分の首を絞めるだけ。
昨日、夕飯を食べてから部屋に戻ると、スマホに通知が来ていることに気付いた。藤くんから、長文で共有事項が送られてきた。
・空井に付き合っていることがバレた。自分から答えてはいない
・空井が柏原さんを狙っている。でも、付き合いたいわけじゃない
・空井は坂下さんと近づきたくて、柏原さんを利用しようとしている。注意して
・坂下さんは同性愛者かバイ?じゃないかって疑っていて、
柏原さんに近づいた様子を坂下さんに見せようとしている
・空井には、文化祭のときは近づかないでと約束した
・これは高倉も知ってる
できれば直接話を聞きたかったけど、藤くんが疲れていたみたいだから休んでほしいと言っておいた。空井くんのことは放っておけないけど、集中してほしいのは明日。体調不良なんて笑えないからだ。
「……藤くんは、2組の教室?」
「なんか色々貼ってるよ。黒い紙とか、装飾とか」
「空井くんは大丈夫?」
「うん。抜け出してきた」
それは大丈夫と言わないのでは?
「全部聞いてる?」
「たぶん」
「たぶんなんだ?」
「その場にいたわけじゃないしね。当事者とはいえ、人の言葉が、常に間違いがないなんて方が珍しいよ。何か抜けがあるとか、捉え方を間違えている、とか」
長文のメッセージを数回読んで、不安に思ったことは何か所かある。その中で1番不安がある要素は、目の前の男子のことだ。
「なんで、空井くんが約束を守ると思ったんだろ」
「相当怒ってたからね」
「……誰が怒ってたの」
「藤も高倉も怒ってたよ。高倉は、カノジョ見つかってないんだろうねー」
つまり高倉くんは、空井くんのカノジョの途切れない様子が気に食わないのか?まあ、高倉くんは普通にカノジョが欲しい男子なんだろうな。
あと、空井くんが絡んでいたのは藤くんだったはずだ。そう話を聞いていたし、昨日のことも藤くんが主体になって聞いていたのなら、約束をしたのは藤くんということになる。でも藤くんが怒る?あんまり想像できないな。
「なるほどねー。壱華ちゃんは手ごわそうだね」
「あたしのこと知ったとして、何も得られないよ。それに、ここでどうにかしたいとは思ってないんじゃない?」
「どうして?こうやって話してるのに?」
「わざわざ話しかける場所に、教室が並んでいる廊下を選んでおいてそれはないでしょ」
生徒たちの動きはバラバラだ。いつも以上にバラバラだ。午前中だったら各教室にこもっていたけど、午後の全校集会も終わって、今は自由な時間だ。2組はまだ出し物の準備をしてるみたいだけど、あたしの1組はもう終わっている。係の子がまだ仕事があるみたいだけど、それ以外の生徒は自由に散らばっている。だからあたしも写真部のために移動を始めた。なのに、目の前に空井くんが立ち塞がっている。
「この廊下は、今誰が通っても不思議じゃない場所だよ。ここは、秘密を話せるようなバーかなにか?」
「バーって、オレたち未成年だよ?」
「映画とかであるじゃん」
「はは、似てんなー」
笑ってないで、早くそこをどいてほしいんだけど。
「なにと?誰と?」
「藤と壱華ちゃん。突拍子もないこと言うよね。方向性は違うかな」
「突拍子も?……あぁ、そういうこと」
昨日の共有事項で、やたらと空井くんの真に迫る情報が含まれているなぁと思ってた。今もそうだけど、自分の深いとこを見せない話し方をしている。でも藤くんがくれた情報は多かった。つまり、藤くんは視たんだ。それをうっかり声に出したりなんかしたんでしょうね。藤くんならやりそう。
「身に覚えがある感じ?」
「ありますね」
「二人とも、テレパシーかなんかが使えるの?」
「そういう冗談には飽きてんの。もっと面白いことでもない限り、こっちの手段を取らないといけなくなる」
「やっぱ手ごわいなぁ。……他の女子とは違うね」
反応するな。そんなこと、とっくに知ってんだよ。あんたが初めて発見したみたいな言い方をしないで。
「実はさ、嘘ついたんだよねー」
「分かりきっていること言わないで。面白くない」
「そう?だいぶ面白いと思うよ」
「その自信を、別の機会にでも発揮したらいかがでしょうか」
「自信なんてないよ。自信なんてなくても、近づいてくる子はたくさんいたからね」
たぶん、おそらく、周りの反応を見れば、空井くんはイケメンなんだろう。あたしは顔を覚えることも、覚えた顔の美醜の判断も、他人より劣っている自覚がある。
「だから、近づいてこない子の方が気になるな」
「あたしは珍獣じゃない」
「あぁ、いい言葉だね。それと似てるかも」
空井くんを好きになる女子は、顔だけが好きになるのだろうか。あ、坂下ちゃんがかっこいいと褒めてはいたけど、それ以外で褒めてるの聞いたことない気がする。
ちゃんと付き合うなら顔じゃなくて、穏やかな性格とか話せる内容とか、そういうので判断した方が長続きしそうなのに。
……あたしが、そういうのを語っちゃダメか。
「藤くんがね」
「なに?急に」
「あたしに注意してって言ってくれたの」
「優しいね」
「だから、お礼にあたしもね」
ガラッと扉が開く音がした。あたしの後ろ、つまり、空井くんが見ている景色の中にある扉だ。
「ずっとじゃなくていいから、空井くんを見とけって言っておいた」
「あ!やっぱり!」
「うーわ」
バタンッと少し強めに扉が閉まる。ちゃんと他の生徒の視線を気にしてか、あたしたちが見えないように気をつかえたのは成長かな。
「柏原さんの言った通りじゃん。最悪だよ。準備に戻って!」
「しつけがなされてますねー」
「空井くんの方が、首輪とか必要じゃない?」
「そういう趣味はないんだけどなー」
1組の黒板側の扉に近かったあたしと空井くん、恐らく2組の黒板側の扉から出てきた藤くんの距離が縮まるのに時間がかからなかった。
「柏原さん、大丈夫?」
「大丈夫。今ここで、付き合ってることがちゃんとバレたくらいだよ」
「あ……ごめん」
「いいよ。めんどかったらバラしていいって言ったでしょ」
さっきは怒っているとまではいかないけど、何かしらの感情が強く出ている声だった。なのに今は、反省でもしているような声だ。やっぱり、怒っている藤くんが想像できない。
「壱華ちゃん、手ごわすぎるよ。どうしても協力してくれない?」
「協力するメリットすら提示できてないのに、交渉の場に立ったと思うなよ」
「うわ」
うわ、と言ったのは藤くんだ。
「ははは、壱華ちゃん、迫力あるね。今までは猫かぶってたんだ?」
「今まで空井くんがどうでもいい人でしかなかったから、隠すことも見せたい姿もなかっただけだよ。でも今日、嫌われていい人に昇格したから、喜んでちょうだい」
「柏原さん、大丈夫じゃないよ」
「気が立ってんの。藤くんは分かって」
「うん。分かるけど、ここ廊下だし」
今日の写真部の準備で、ある程度部長と接触しておきたかったし、作戦の内容に変更はないか確認しておきたかったし、藤くんが隠れられる場所の確保をしたかったのに、空井くんに邪魔されてんの。許せると思う?
「あたしはね、自分勝手な人間だから、自分のためにならないことは大っ嫌いなの」
「オレも嫌いだよ」
「知ってるわ。さんざん話聞いてたから、嫌いなことも、効果があることも予想通りなわけ。つまらないの」
「……へー」
「す、すご」
わざと強くしている言い方に圧されている空井くんと、何とは分からないけど驚いてる藤くん。空井くんの目的も、あたしの作戦も、それに付き合ってくれている藤くんも、全部がくだらない。くだらないと思ってしまうけど、それでも、報われてほしいと思ってしまう事がある。
「あたしたちの邪魔してんなら、それ相応の価値を示して。そうじゃなきゃ、今からでも坂下ちゃんにとあることをお願いする」
「杏南?なにを?」
「好きな人がいるのに空井くんに迫られた。だから、しばらくは空井くんと連絡しないで。あたしと坂下ちゃんが友達なの知ってるから、巻き込まれちゃう」
「っ」
ほら効いた。空井くんのやりたいことの本質は、坂下ちゃんにあるはず。だったら、坂下ちゃんと接触できる機会を遮断してしまえば、何もできないでしょう?
「そっか。坂下さんに動いてもらえばいいんだ」
「藤くんには難しかったことだし、あたしだから取れる行動だよ。昨日の藤くんは、最善手だったとは言えないけど、空井くんの動きを予想しやすくしてくれたから、悪くないんじゃない?」
「やっぱり頼りになるね」
ここ1カ月くらいの藤くんは、ふふと笑うことが減って、笑顔を向けてくることが増えた気がする。まだこっちの方が気分はいいな。
「で、坂下ちゃんに接触できなくしてやるか、あたしが空井くんとの対話の時間を設けてやるか、どっちがいい?」
「……昨日の発言取り消し。今まで会った中で、一番参謀が似合うのは壱華ちゃんだね」
「たかと比べるな」
何の話だ?そういえば前にもさんぼうがどうの言われたな。
「まあ、すぐに返事されても困るんだよね。今は文化祭だし、部活のこともあって慌ただしいから、日曜日に返事を用意して。合コン終わったあとにメッセージ送ってきたよね?」
「はーい、ブロックしてません」
「え、知らない。なにそれ」
「あの時の女子には一言送ってるよー」
「おまえが招待したの男子だろ?こっちに送れよ」
合コンに参加した女子、坂下ちゃんが含まれているかは不明だけど全員に一言送って、男子にはなにもなし。空井くんって、男子から嫌われているんじゃないの?
「はい、解放してあげる」
「……藤には首輪つけてんの?」
「は?」
「してるわけないでしょ。そんな趣味ないもん」
「そお?首輪をつける側は似合いそうだよね」
さっき、あたしを珍獣扱いすることに賛成してたよね?今は飼い主ですか。
「藤くんは動物じゃない。空井くんなんか比にならないくらいの聖人だよ」
「へ?」
「オレは動物?」
「命令も聞けない駄犬」
あたしの後ろにある2組の方向を指さして、早く戻れと伝えた。
「返事をするまで、壱華ちゃんに話しかけるのは?」
「そんな隙を窺う時間があるなら、メリットを考えて」
「……はーい」
「藤くん、ちょっと残ってくれる?」
「え、うん」
ようやく2組の教室に戻ってくれた空井くんは、ちんたらと歩いている。少しでもあたしの話を聞こうとしてやがる。
「もう空井くんのことは見なくていいよ。あたし、ここから離れるし」
「部活だよね?頑張って」
「うん。あと、体調とか問題ない?」
「大丈夫。無理してない」
ほんとに無理はしてないんだろうな。体調を崩した藤くんも想像できないけど、時期的にも気温が変わりやすいから、気をつけてほしい。
「そう。……用事はこれで終わり。空井くんが戻ったのに、今度は藤くんが、なんて面倒でしょ」
「そうだね。準備終わらせてくる」
「頑張って」
「はい!」
空井くんとは違って速足で教室に戻っていった。
藤くんを聖人だと評価したのは割と本心だ。自分のことを知りたいから協力してくれなんて突拍子もないことを言って、時間をかければ自己分析できそうなことにも悩んでいる姿をくだらないと思っているのはわかってる。そんなの自分でやれと。
ただ、こっちもお願いをしている対等な関係だから、くだらないと声に出さないと決めていた。いざこの関係が始まってみれば、藤くんに助かっていることが多いと感じる。それと同時に、くだらないのは自分の方だと思うことが増えた。
でも今日は、あたしよりくだらないと思う男子が現れた。今まで自分に向けていた鬱憤を晴らせたから、これ以上は、あたしたちを邪魔したことには言及してやらないでおこう。
これからを考えれば、あたしが楽なのは「坂下ちゃんとの接触を遮断する」だけど、この選択肢は取らないだろうな。あたしと話したいと言ってくる可能性が高い。一応、藤くんにいてもらう?いや、話をきいてしまっただけで、関係はないことか。だったら、あたしだけでどうにかした方がいいな。
つくづく、あたしは自分勝手な人間だ。
自分勝手な人間が、他人が報われてほしいなんて願うのは矛盾だ。
あたしの願いが叶って、藤くんの目的も達成させたい。
どちらの比重も重くなったのは、いつからだろう。




