第29話 料理ができる高校生
心がわかるDKとわからないJK
第3章 夏休み~文化祭後
第29話 料理ができる高校生
『9時じゃ早いかな?』
『10時でよくない?』
メッセージの履歴を何度見返しても、得られる情報は変わらない。得られた情報は、待ち合わせ時間が10時ごろであること、そして、待ち合わせ場所が、藤くんの家であること。
「……帰る?」
部活の集まりの前に、置きっぱなしになっている資料集を探しに高校に行ったら、藤くんと付き合っていることを高倉くんに教えることになった。そのあと、自分の教室まで行き、念のため教室の扉が開いているか確認したが開かず。廊下に生徒個人が使えるロッカーが置いてあり、鍵をつけるかは個人の自由だ。あたしは、こんな廊下に貴重品を保管するような不用心な性格ではないので、何も気にせず自分にあてがわれているロッカーを開けた結果、なかった。お目当ての資料集は恐らく、あたしの机の中。鍵がかかっている教室の中にある。終わった。八乙女ちゃんあたりに借りればいいか、と考えていたら、
「無理そうだったら貸すよ?」
ほんの数分前に言われた言葉を思い出した。普通に考えれば、優しいカレシから借りればいいんだろうけど、あたしたちは普通ではない。なにかお礼でも考えておこうか。
その後に行われた部活の集まりはほとんど上の空で参加してしまい、八乙女ちゃんを筆頭に1年生たちに心配された。
結局、八乙女ちゃんに借りれないか聞くこともできず、帰宅することになり、帰宅して制服から着替え、部屋着でベッドをゴロゴロしながら、藤くんに連絡をとった。
どうしてこうなった。あれよあれよと話が進み、藤くんの部活の休みにあわせて一緒に課題をすることになった。藤くんの家で。
合ってるよな?教えてもらった通りに来たけど、表札なんて置かれてないし、ここでいいのかな?引き返そうかな?付き合っているけどさ、いきなり家ですか。マジですか。
「着いたよって送るべきかな」
このままじゃ、民家の前で女子高校生がウロウロしている怪しい状況だ。どうすべき?
ガチャ
扉が開く音。もしかして?
「いらっしゃい、柏原さん」
「……来ました」
「時間ぴったりだね。暑かったでしょ」
「まあ、自転車だったし」
「あ、じゃあ、こっちに停めてもらえる?」
ここまでたどり着くために使った自転車を指定された場所まで運び、鍵をかけ、カバンを持つ。隣にある自転車にも高校指定のシールが貼られている。藤くんの家での自転車の定位置ってわけか。駐車スペースもあるけど、車が一台もない。
どうしよう。これから、藤くんの家で、2人だけで、勉強会なんて。
「お、おじゃまします」
「はい。スリッパいる?」
「靴下でうろちょろしていいの?」
「普段はそうしてるけど、柏原さんは抵抗ない?」
「お、お借りします」
来客用のスリッパを借りて、藤くんの案内通りに進む。階段やらいくつか扉を通り抜け、空きっぱなしの扉を通り過ぎた。ここはたぶん、リビングダイニングってやつかな。
エアコンが効いてる。8月の外は、午前中とは思えないほど暑かった。涼しい。助かる。
「飲み物、麦茶とアイスコーヒーと、ペットボトルのアイスティーがあるんだけど」
「持ってきちゃった」
「冷えてる?」
かばんからペットボトルを取り出した。結露がひどい。タオル生地のハンカチでくるんでおいて正解だった。
「……ちょっとぬるい?」
「冷蔵庫にいれておこうか?コップ1杯分だけ何か飲む?」
「じゃあ、麦茶」
「はーい」
水滴を全てふき取ったペットボトルを藤くんに渡した。忘れないようにしよう。
「……リビングでやるの?」
「うん。広いテーブルがあって、基本的にエアコンつけてるから、ちょうどいいかなって」
「そうだね」
大きなテレビ。なにかしらを収納している棚。物が少なめ?
「はい、どうぞ」
「……」
「緊張してる?」
「するに決まってるでしょ。小学校のときでも、男の子の家に行ってないし」
「趣味ちがったら行かないよね」
そういう意味じゃないんだけど。藤くんは小さい頃は男子女子関係なく遊んでいたのかな。
「……もういいや。課題しよ」
「うん。なにしようかな」
「現代文やった?」
「まだ。一緒にやる?」
今日は現代文と化学基礎、あと数学の課題を持ってきた。気分でやりたいものが変わるだろうと、種類を多めに持ってきた。
「とりあえずで読んだんだけどさ、マジで頭に入らなくて」
「それっぽいの探そ」
リビングの広いテーブルにかばんを置かせてもらい、椅子を借りた。藤くんもあらかじめここに課題を運んでいたようで、現代文の課題を選んで広げている。
まあいいか。警戒しているのがアホらしくなるくらい、課題へのやる気しか感じない。いいか。このまま進めちゃおう。
それから真剣に進めていた。現代文も解いて、数学も手伝って、藤くんから資料集を借りる際のお返しをした。
「うー」
連続して課題したら疲れた。肩凝ったなぁ。今何時?
「あ、もう11時半じゃん」
「え?うわ、買い物どうしよう?」
「買い物?お昼?」
「うん。なに作ろうかな」
「作ってるの!?」
今日は平日。藤くんの家はご両親共働きだそうだ。おかげで藤くんの家はあたしたち2人だけで使わせてもらっている。
あたしのお母さんは専業主婦だから、ご飯の心配なんてしたことない。でも、作るんだ?
「母さんが結婚してから料理をするようになった人で、父さんが全く料理できない人なんだよね。それで、おれには最低限の料理はできるようになってほしいって言われて、夏休みの平日で、おれだけの時は一人で作ってる」
「え、偉い」
「簡単のしか作ってないよ。週に2回あるかどうかだし」
「今日も作るの?」
「どうしよう、ていうか、柏原さんはどうする?」
「一応、お昼代はもらってるから、コンビニとかで済ませようと思ってたんだけど」
近くのコンビニは把握している。ここに来る道中で1つ見つけた。藤くんはどうするんだろ。一緒に買いに行くのかな?
「2人分作ろうか」
「いいの!?」
まさかの提案。素直にのるべき?
「うん。2人分の方が材料余らせなくて済むんだよね」
「え、いや、でも」
「どうかした?」
「……ここは、女子として、抵抗すべき?」
微妙なところだ。別に料理できない。自信はない。でも、なんかこう、女子なら、料理作れた方が、いいこともあるんじゃないか?
「そういうこと気にするんだ?」
「分かんない。どういう反応していいか分かんない」
「おれは気にしないよ。適材適所じゃない?」
藤くんが気にしないのならいいかな。え?コンビニか、藤くんの手料理?
「……作った方が、安いかな?」
「何作るかによるんじゃないかな。でも、最終的に割り勘って考えたら、安くなるかもね」
「……アリか」
安く済むならいいのかな。手伝えそうなことがあったらやろう。邪魔にならない程度に。
「わかった。何作るかは歩きながら決めよう。あ、バッグだけ持ってくるから、待ってて」
「はーい。……ほんとにいいのか?」
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1分程度でリビングまで戻ってきた藤くんは、ボディバッグを持っていた。出かける準備はできている。財布くらいしか持っていくものがない。
「スーパー、歩いていける所にあるから」
「はい。……はい」
「財布だけ?おれのバッグにいれようか?」
「あー……おねがい、します」
ポケットにスマホが入ったままだし、大丈夫。
どういう気持ちでいたらいいか分からず、道中の世間話も何喋ったか覚えてない。これはなんだ?連絡せず放置してしまったあたしへの罰なのか?女の子なんだから、なんて言葉は淘汰されつつあるらしいが、そんなものは慰めにもならない。いまこの場で大事なのは、付き合ったはいいがどう接していこうかノープランなのに、カレシがやたらと甲斐甲斐しいことだ。なにこれ?藤くんて誰かに尽くすタイプ?その可能性はあるよ。高い方だよ。
「ここ。近いよね」
「そうだね」
スーパーについてしまった。考え続けたいけど、今はお昼ごはんのことだ。
「涼し……」
「スーパーの中涼しいよね。なにか食べたいものある?」
「冷たいもの」
「暑いもんね。冷たいもの、冷たいもの……」
手慣れた手つきでカゴをひとつ手に取る。目の前には野菜が並んでいる。冷たいものか。なにが楽に作れるものなのかな。そもそも藤くんは、どういうものが作れるのかな。
「前は何つくったの?」
「チャーハンとか、焼きそばとか?」
「男子だね」
「男子だよ」
ガッツリ食べれるものを作るのか。まあ、自分が食べたいものの方が作るモチベーションを確保できるのか。男子高校生が好きそうなもの?わからないな。冷たいもの。暑いときに食べるもの。作る手順がシンプルなもの。
「……あ」
「なに?」
「冷やし中華」
「いいね。冷たくて、スルスル食べられる」
「売ってる?」
提案したはいいけど、冷やし中華ってどうやって作るんだ?麺は売ってそう。具材は手に入りやすいものだし、あとは、たれ?売ってるものなの?
「あるんじゃないかな。麺系があるコーナーに行ってみようか」
置いてある場所に心当たりがあるのか。じゃあ、大人しくついていくしかないな。
野菜コーナーを通り過ぎて、豆腐が見えた。向こうは魚?
「これじゃない?2人分だよ」
連れてこられたのは、麺と、なるともあるな。ここ、ラーメンとかを売ってるのか。あ、うどんも見える。なるほど。ベースになるものをセットで売ってるんだ。冷やし中華だけで3種類くらいパッケージがある。なんの違いがあるんだろう。
「……麵とたれが入ってるんだね。後は具材か」
「きゅうりと、卵と、ハム?かな」
「ゆでたまご?」
「ゆでるの?細切りじゃなくて?」
「え、違うの?」
ゆでたまごだと思ってた。半分に切って上に乗っけるんじゃないの?細切りって、あれ?錦糸卵ってやつ?
「ゆでたまごは見たことないな」
「ウチだけ?」
「ご家庭によるってやつ?」
「マジか……」
藤くん、さっき何て言った?きゅうりと卵とハムって言ったよね?卵以外のものは特に変だと思わないかな。
「じゃあ、柏原さんの家だとトマト乗せる?」
「2人だと多くない?半分乗せるの?」
「多いか。じゃあ、きゅうり1本と、ハムと、卵は1パック買おう」
「さっきあったよね、きゅうり」
「揃えちゃおうか」
そこからはスムーズだった。きゅうりはすぐ傍にあったし、ハムと卵も近い場所に置かれていた。これ、合計いくらくらいなんだろう。
「支払い、どうしようか」
「とりあえずで払っとくよ。ここで割り勘するのは大変でしょ」
「わかった。詰めておくよ」
「あ、これ使って。エコバッグ」
「ありがと……」
藤くんのボディバッグから折りたたまれたエコバッグを渡された。
女子力って、今も通用する言葉なのかな。そうだとすれば、あたしの女子力って、合格ラインを通過するなんてことはできないんだろうな。えっと、エコバッグを広げて、物が入れられるように広げて、一番下は卵を置いておくといいんだっけ?じゃあ卵、次は冷やし中華、次は……えっと。
「会計終わった。……この隙間に入れちゃって」
「うん」
手際が悪い。あたしのね。
「はあ」
「ため息!?どうしたの?」
「な、なんでもない」
「なんでもない声じゃないよ?」
「……藤くんの家に戻りながら話す」
スーパーは出たい。さっきから視線を感じるし、ここから出たい。まったく。その場にいただけの野次馬なんて、いなくなればいい。
「で、話したいことあるの?」
「うん」
スーパーの駐車場を歩きながら藤くんが聞いてきた。気になっているだろうな。
「その、ちょっと、今、自信をなくしてて」
「なんの自信?」
「カレシへの対応と、カノジョって何したらいいんだろうと、あと女子力」
「まだ悩んでたんだ?」
悩みますとも、そりゃあ。袋詰めしているさっきのあたしは特に手際が悪かった。
「あたし、料理とかしないし、買い物だってお母さんに付き添っていくことはあっても何もしてないし、手際悪かったし」
「親が家にいるなら、家事しないのは普通じゃない?おれだって、掃除とかはしないよ」
「いや、なんかさ、掃除とか洗濯ができるってより、料理ができるって言葉の方が、男子ウケいいのかなって」
「あー、たしかに?」
やっぱそうなんだ。女子力磨くべき?その方が、カレシを引き留めるには有効なのか?
「でも今は、おれが作れるってだけだしなぁ」
「そりゃ、まあ、もう起きてしまったことだし。あたしが言いたいのは、藤くんの次の人のことだよ」
「……」
黙らせちゃった。そうだよね。現カレシを前に、次のカレシの言ってるんだもん。頭がおかしいのはあたし。
「おれがカレシでも、部長さんとか、カレシ候補は探した方がいいんだよね?」
「うん。今は藤くんがカレシの立場にいる方が都合がいいって判断しただけだから。見つかったら、藤くんの時間を拘束しないでよくなるでしょ」
そう。今も変わらず、あたしたちは協力関係。関係性にネームプレートをつけられるのなら、前は必死にみんなから隠していた。あたしたちにはネームプレートなんてありませんよって。でも、隠す手間を省くために「カレシとカノジョ」っていうヴェールみたいなものでネームプレートを覆ったのが、現状。それに「元」って文字が追加される未来は訪れたほうがいい。あたしの勝手でつけたヴェールだから。藤くんが本当に好きな人と一緒にいたいときに、邪魔にはなりたくない。笑顔で祝福する。
「……探すことを止める気はないよ」
「ありがと」
「でも、柏原さんが『カノジョ』の自信を持つためなら、協力する」
「え?」
藤くん、なんで、今日はそんなに、
「優しいね」
「だって、柏原さんがカレシにしたい人を見つけたときって、おれってキューピットみたいなものでしょ?なのにすぐ別れたとか聞いちゃったら、申し訳なくなるじゃん」
「……あたし、だいぶ自分勝手なこと言ってるのに?」
「じゃあ、柏原さん以外に相談相手を見つけてくれるの?」
それは、難しいというか、無理な話だと思う。
「柏原さん以外にいないから、柏原さんの自分勝手なお願いとやらに乗っかってるんだよ」
「……そういうことにしておきます」
丸め込まれた。してやられた気分のまま、藤くんの家にたどり着き、ほぼ藤くんが作った冷やし中華を食べた。とても冷たかった。




