04元婚約者たちが来てもケーキを売ることはなかった
もしあの時、そのまま王妃になっていたら彼は毎日毎日、お菓子を誰よりも先に食べることができただろう。
宝石のような芸術品を誰よりも先に自慢できた。悔しくて仕方ない。
コッポラとの婚約を身勝手にも男は、真剣に見直そうと考え始めた。それを知らぬ現婚約者の泣き言が部屋に響く。
一方、メルベリの店には今日もたくさんの人が訪れている。
「メルベリ様、今日も美味しいお菓子をありがとうございます!」
笑顔を見て心から幸せを感じていた。
「ふふ、どういたしまして!」
人生はもう誰にも左右されない。自分の手で自分の人生を甘く、幸せなものにしていく。自分が作りたいものを作るために。
品評会での一件以来、店は王都で揺るぎない地位を築き、新作を発表するたびに行列はさらに長くなり作るお菓子に周りはとても熱狂したが、どこか満たされない思いがある。
「なんだか、このままではマンネリ……かもしれない」
いつものように厨房で新作の試作をしていた。
ふんわりと焼き上げたスポンジに手近なフルーツを合わせてみるが、どれも以前に試したものばかりで心ときめくものがない時、ふと、教わった世界の地理に関する知識を思い出した。
「たしか、遥か東の国には珍しい果実があるって……」
その瞬間、心に新たな情熱が灯る。そうだ、まだ見ぬ食材を求めてこの世界を旅するべきなのだと翌日、店の常連客で親しい友人となった貴族の令嬢クララに、店をしばらく任せることを伝えた。
「えっ!?メルベリ様、どちらへ行かれるのですか?」
「ちょっと、新しいフルーツを探しに」
クララは目を丸くした。
「え、え、ま、まさか、お一人で!?危険ですわ!」
「大丈夫。私にはこの体がありますから」
自分の筋肉を軽く叩いて見せたら、クララは呆れたような顔をしながらも決意の固さを悟り、快く承諾してくれた。そこから、王都の港から東の国へ向かう商船に乗り込んだ。
船長はこちらの令嬢らしい身なりを見て警戒していたが、巨大な木箱を軽々と持ち上げたのを見て驚きの表情を浮かべ、すぐ乗船を許可してくれた。
「お、お嬢ちゃん、その力は一体……!?」
「えへへ、力持ちなんです」
船旅は予想をはるかに超える厳しいものだった。荒れ狂う波に船は激しく揺れ、他の乗客たちは皆、船酔いでぐったりしていたが肉体強化魔法で三半規管を強化し平然と立つ。
嵐の夜、巨大な波が船を襲い、マストが折れてしまえば船員たちは絶望の表情を浮かべる。
「もう、ダメだ……!」
「うわああ!」
迷わず船長に声をかけた。
「船長、わたしに任せてください!」
折れたマストの先端に飛び乗ると全身の筋力強化を最大まで発動させ、驚異的な力でマストを再び元の位置に戻し、ロープでしっかりと固定した。
「え、な、なんだと……!?ありえない……えええ!」
船員たちは光景に唖然としていた。小さな女の子が船を救った信じられない光景を呆然と見つめる。
嵐を乗り越え、船は無事に東の国の港に到着したので王都とは全く違う、エキゾチックな香りと活気に満ち溢れているのを見ながら、さっそく市場へと向かった。
そこには見たこともない珍しい果物や野菜が並んでいる。
「すごい!南の国に来て正解!」
一つ一つ丁寧に手に取り、超感覚で果実が持つエネルギーや風味を感じ取ったが求めているものが見つからない上に、どの果実も思い描くケーキには合わない。そんな時、一人の老婆が声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、何かお探しかな?」
正直に「ケーキに合う、特別な果実を探している」と話してみると老婆はそれを聞き、にこりと微笑んだ。
「そうかい。それならあんたが探しているのは太陽の果実だろう」
老婆に市場の奥にある小さな店へと案内されると、太陽のように黄金色に輝く、見たこともない果実が置かれていた。
「これは……!」
果実から放たれる、甘く。それでいて爽やかな強いエネルギーを感じ取った。これこそが求めていたものだ。
「これです」
果実がこの国でもごく一部の地域でしか採れない、非常に希少なものだと教えてくれた。
「この果実の甘みは他のどんな果物とも違う。どんな料理にも合うが、特に甘いものと合わせるとその真価を発揮する」
老婆から太陽の果実を分けてもらい、船で王都へと帰路につき王都に戻ると、クララや店員たちが無事に戻ってきたこちらを温かく迎えてくれた。
「ただいま!作らせてね!」
さっそく、手に入れた太陽の果実を使って、新作のケーキ作りに取り掛かる。
「果実の甘さと香りを最大限に活かすには……!」
超高速思考で何十ものレシピを瞬時に組み立て、最高の配合を導き出し、果実の鮮やかな色を損なわないよう低温でじっくりと焼き上げた。
数日後、新作の太陽のタルトを発表する。タルトは黄金色に輝く果実が宝石のように敷き詰められていた。
一口食べた皆は見た目からは想像もつかない、優しい甘さに言葉を失う。
「な、なんて……こと!こんなに美味しいお菓子、食べたことがない!」
「これは……まさに、太陽の味がする!すごくいい!」
太陽のタルトは王都のもの達を再び熱狂させ、噂は王城にまで届いた。
「お断りします!」
王子ゼルベンと婚約者コッポラの両名を、新作を求めて再び店にやってくるが彼らをお客として迎えることはなかった。




