02のこのこやってきた元婚約者は店の賑わいと生き生きと働く姿を見て信じられないという顔をしていた
公爵令嬢が作るお菓子、と聞いて好奇心で来た人たちへ一人一人に丁寧に接客し、お菓子の説明をする。
「こちらのケーキは、森のベリーを使ったタルトです。生地には特別な方法で泡立てた卵白を使っておりますので、軽やかな食感をお楽しみいただけます」
説明を聞きながらショーケースの中のお菓子を吟味し、一口食べた瞬間、誰もが顔を輝かせた。
「すごい……なんてこと!本当に、天使が作ったお菓子のようだわ!」
「こんなに繊細な味は初めてだ!」
店は瞬く間に大成功を収め、連日、店の前には行列ができ。用意したお菓子はあっという間に売り切れてしまった。
店が軌道に乗って数週間が経ったある日。店の前に一台の豪華な馬車が止まって、馬車から降りてきたのは見覚えのある人物。
(なんでくるの?)
婚約者だったゼルベンと、その隣にはコッポラが立っていたのでよくも来れたものだ、と周りは怪訝に思う。
「メルベリ……?」
ゼルベンは店の賑わいと元婚約者が生き生きと働く姿を見て、信じられないという顔をしていた。
「これは一体……」
「お久しぶりでございます、ゼルベン様」
笑顔で挨拶をすると、気まずそうに顔をそむけたコッポラに軽蔑するような目で一瞥した。
「まさか、貴女がこんなことをしているなんて……」
「ええ。おかげでわたし、本当にやりたいことを見つけることができました。感謝しかございません」
男の顔が赤く染まったのは怒りか、それとも、後悔か。
「メルベリ様、作ったお菓子を一つくれないかしら?」
コッポラが微笑んだのは意地悪な笑みだ。どうせ、作ったお菓子を貶めようとしているのだろうが、と快く承諾した。
「ふふ。かしこまりました。本日は特に自信作のシフォン・フリュイがございます」
ふんわりと焼き上げたシフォンケーキにたっぷりのフルーツと生クリームを添えたものを、二人の前に差し出したあとコッポラはフォークで一口食べると、顔色を変えた。
「な、なにこれ……!?」
女はあまりの美味しさに驚きの表情を隠せない。ゼルベンも、一口食べると目を見開いた。
「な、これは……!まさか、君がこれを……?」
「はい。わたしの……地味な趣味が、少しだけ役に立ったようでございます。地味な。ふふふ」
にこりと微笑んだら何も言えずに立ち尽くし、ゼルベンとコッポラはその後も何度か店に足を運んだがいつも笑顔で、でもどこか冷たい態度で接する店主。
店は王都で最も有名なお菓子屋になり、貴族から平民まで誰もがお菓子を求めて列をなす。
お菓子の力で多くの人を笑顔にすることができた。
婚約破棄された時、少しだけ傷ついたもののそれ以上に自由と自分の才能を見つけられたことが幸運。過去を振り返らないし、もっとたくさんのお菓子を作ってもっとたくさんの人を笑顔にしたくなる。
「いらっしゃいませ!」
店が王都で大成功を収めてから、社交界の話題はメルベリのことばかりになった。
「メルベリ様が作った新作のムース・ショコラ、まるで口の中でとろけるようだったわ!」
「わたしは、マカロン・ピスタチオをいただいたわ。あのサクサク感と濃厚な味わいが忘れられないの。ああ、食べたいわぁ」
「買いに行こうかしら?」
貴族の令嬢たちがお菓子の感想を熱心に語り合う、沸騰する会話をゼルベンとコッポラはうんざりとした顔で聞いていた。
「く、またメルベリの話題……」
コッポラはいらだちを隠せない。王族の地位と貴族の娘としてのプライドから軽蔑していたが、今や彼女たちよりも注目を集めていることに耐えられず、王城で開かれたお茶会で王子ゼルベンがわざわざ声をかけた。
「君たち、そんなにメルベリのお菓子が食べたいのか?」
すると、令嬢たちは一斉にうなずく。
「ええ、もちろんでしてよ!でも、メルベリ様のお店はいつも行列でなかなか新作が手に入らないのです」
ゼルベンは婚約者になったコッポラに顔を向けた。
「コッポラ、君がメルベリに新作を持ってくるように言ってみてはどうだ?」
コッポラは顔を引きつらせた。プライドの高い女が頭を下げて頼むなど考えられないことなのに。
「わ、わたしが、あのような庶民的な店に赴く、など……そんなのこと!」
コッポラが言葉を濁していると別の令嬢が声を上げた。
「そうそう!もうすぐ年に一度のお菓子品評会がございます。メルベリ様はきっと新作を出品されるでしょう。そこで召し上がってはいかがですか?」
ゼルベンの顔が、ぱっと明るくなった。
そこでならコッポラに恥をかかせることもなく新作を食べることができるとさっそく、品評会に招待するよう手配を命じる。
周りは冷めた目で見ていることすら、気づかずに。
品評会当日、自信作のシトラス・ミルフィーユを出品した新進気鋭の令嬢メルベリ。何層にも重なったサクサクのパイ生地に、爽やかなシトラスクリームとフレッシュなフルーツを挟んだ、見た目にも美しい一品は周りも注目している。
会場は貴族や王族、一流のパティシエたちでごった返していて、ブースには朝から長蛇の列ができていた。




