01天気の話をするかのように婚約を破棄された
「君との婚約を破棄する」
目の前でとんでもなくイケメンなはずの婚約者、ゼルベンは天気の話でもするかのようにあっさりと言い放った。
呆然としながら手の中のティーカップを握りしめる。
「え……あの?」
「君は王族の妃としてはふさわしくない。地味な趣味、面白みのない性格、社交界での不器用さが我々一族の名を汚していると判断した」
ゼルベンは侮蔑するような目で一瞥した。いや、待って。地味な趣味って、それはお菓子作りのことだろうか?
面白みのない性格って、お菓子作りに夢中になりすぎて周りが見えなくなることだろうか?
頭の中でグルグルと反芻しながら、ゆっくりと口を開いた。
「へ、わたしはただ、お菓子を」
「もういい。話は終わりだ」
言葉を遮って隣に立ついかにもお姫様然とした美しい令嬢、コッポラを抱き寄せた。どう見ても浮気相手では。いや、浮気だ。完全に乗り換えたんだよこの人。
「これからは、コッポラが私の隣に立つ。彼女こそが、王妃にふさわしい」
コッポラはこれ見よがしに勝ち誇ったような笑みを浮かべる。ああ、そうですか。勝手にやってください。
頭の中はもう次の新作ケーキのことで、いっぱいだった。
なぜなら自分は転生した元・パティシエールで、有名店のシェフとして働いていたのに過労で倒れて目が覚めたら、令嬢メルベリ・チェーチェルになっていたのだ。
王妃になることには興味がなく正直、面倒くさい社交界のパーティーや格式ばったマナーの数々にうんざりしていた。
それよりも、珍しいフルーツや見たこともない食材を使って新しいお菓子を開発する方がよっぽど楽しいから、婚約破棄はこちらにとって渡りに船。
「承知いたしました。ご決断に心より感謝申し上げます」
深々と頭を下げた。感謝?そう、感謝だ。これで心置きなくお菓子作りに専念できるし、王妃教育なんてもうしなくていいのだということ。
その日のうちに、実家であるチェーチェル公爵家へと帰った。
「メルベリ、一体どういうことだ!?」
父である公爵は突然の帰還に怒り心頭だし、母は心配そうな顔で見つめている。事の顛末をありのままに話した。
「婚約を破棄されました」
「な、なんだと!?あやつめ、チェーチェル公爵家を舐めているのか!」
父は激怒して今にも王城に乗り込もうとする勢いなので、冷静に笑顔で制した。
「お父様、ご安心ください。わたし、これで心置きなく自分の好きなことをできますから」
「好きなことだと?この期に及んで何を言っている!」
「はい。わたし、お菓子屋さんを開きます」
二人とも時間が止まったかのように固まったその後、父は最後まで反対したが決意は固いので言い争いの果てに、屋敷の一角にある使われていない離れを、自分の店として使う許可をもらった。
離れは元々は、客人をもてなすための別邸だったが今は誰も使っていない。
ここにオーブンやミキサー、冷蔵庫など前世の知識をフル活用して設計した厨房設備を導入した。
まだ、製菓道具の概念がなかったので鍛冶師の職人たちに詳細な設計図を見せながら、一つ一つ丁寧に説明していく。
最初は半信半疑だった彼らも、熱意に負け、見事な道具を作り上げてくれた。もちろん、店の内装にもこだわる。
壁は優しいクリーム色に塗り、大きな窓からは光が差し込むようにした。
テーブルや椅子も、公爵家の庭で育った木を使って温かみのあるデザインにして、店名はパティスリー・メルベリ。
シンプルだが、誇りが詰まっている。開店の準備は想像以上に大変で、材料の調達から道具の調整。味覚に合うお菓子の開発。砂糖はまだ粗悪で純粋な甘さを出すのが難しかったが、試行錯誤を繰り返しフルーツを煮詰めて作ったシロップを代わりに使うことにした。
シロップは甘さだけでなく爽やかな香りと酸味も加わり、独特の風味を生み出し、バターも前世のものとは勝手が違うことに苦心。乳牛の種類が違うからか、風味が薄いので近所の酪農家と協力して濃厚なミルクを分けてもらい、専用のバターを作りあげると開店の日を決めた。
開店初日、店には誰も来なかったのは、うん、まぁ当然だろう。
公爵令嬢が突然、お菓子屋さんを開いたところで誰も興味を持たないし、好奇の目で見るだけだろうしと落ち込みながらも、黙々と作業を続けた。
ショーケースには色とりどりのケーキやクッキーが並んでいる。
「これ……本当に食べられるのかしら?」
店の前を通りかかった貴族の奥様方が、ヒソヒソと話しているのが聞こえたから笑顔でドアを開けて、声をかけた。
「どうぞ、試食だけでもいかがですか?」
奥様方は警戒しながらも差し出したクッキーを一口食べて、目を丸くした。
「な、なにこれ!?」
クッキーは前世のレシピで作った、バターとアーモンドの風味が効いたサクサクのクッキー。
まだ、クッキーというものを知らない彼らが知っているのは、ただ固くて甘いだけのビスケットだけ。勝利を確信した瞬間。
「お、おいしい……!こんなに美味しいお菓子、た、食べたことないわ!」
一人、また一人と試食をした人が驚きの声を上げるとその日のうちに店は小さな話題になった。
「なんだ、あの店は?」
店の前には開店と同時に行列ができていた。




