第9話「老師、再び」
仕事を辞めた翌日、ユアはミラーレへ飛んだ。
リアリティアではまた顔が知られるようになり、仕事を探すだけでなく街を歩くこと自体、困難になると思ったからだ。
寮にいても精神的な居場所は無かった。
どちらにせよ平日は皆、学校で、寮には誰もいないためユアは暇を持て余していた。
◇
ミラーレの弁当屋・「ネクストドア」。
ユアを見るなり、とびらとまりねは大歓迎してくれた。
「よく来てくれたわね!」
「元気~?」
二人の喜びっぷりを見て少しだけ元気が出た。
早速、茶の間へ通してもらった。
店番をとびら一人に任せ、まりねが茶菓子を出してくれた。
「ありがとう。大丈夫? とびら一人に任せて」
「いいのいいの。どうせ暇なんだから。それより、今日ディンフルさんは一緒じゃないの?」
「うん。今日は私一人で来たかったから……」
「どうしたの? 何か悩み?」
まりねに聞かれ、ユアは事情を話そうか迷った。
しかし、彼女たちの元気そうな笑顔を曇らせたくないのと心配を掛けないためにも、やはり言わないことに決めた。
身の上を話さない代わりにユアは単刀直入に切り出した。
「まりねさん! また私をここで雇ってもらえませんか?!」
ムキになり、つい大声で言ってしまった。
当然まりねは驚いた顔になった。
「ど、どうしたの急に……? ユアちゃん、リアリティアでも弁当屋さんで働いてたんじゃないの?」
「わ、わけあって働けなくなって……」
頼み込むと事情を話さなければならなくなった。
しかしユアは言葉を濁した。やはり詳細は言いたくなかった。
「残念だけど、うちも今は人を雇える状況じゃないわ」
まりねは残念そうに返した。
「な、何で?」予想外の答えにユアがたまげながら尋ねた。
「実は近所に新しい弁当屋さんが出来て、みんなそっちに行っちゃったのよ。その店、全国チェーンだから、なかなかの強敵で……。だから最近は、私ととびらとお父さん(こうや)の三人で回してるの。キイ君に手伝いに来てもらってたけど、今は図書館に戻ってもらってるのよ」
店頭はまりねととびらの二人だけで充分だった。
最近では客数も激減し、こうやが作った惣菜も余っているらしい。三人の食事を作る手間は省けるが、儲けは前ほど期待できなくなった。
ミラーレで働く希望が一瞬にして崩れてしまった。
「働き先を探してるの?」
「ま、まぁ……。そんな事情なら仕方ないね」
「ごめんね。そうだ、ユアちゃん。住むところは困ってない? 雇うのは無理でも部屋は残しているからいつでも言ってね」
ユアは寮でも居場所が無くなりつつあった。まりねの提案にはしがみつきたかったが、今の話を聞かされた後では甘えにくかった。
「け、経営、苦しいんですよね?」
「大丈夫よ。蓄えはあるし、売れるためにこれから色々と作戦を考えていくし、いざとなったらディンフルさんにも来てもらうから」
まりねは一人を置くことには賛成しているようだ。
それでもユアはその案を受け入れ難かった。
「ありがとう、まりねさん。でも、大丈夫だから……」
家に置こうとしてくれるまりねにユアは、心から頭を下げた。
「本当にありがとう。リアリティアには仕事がたくさんあるから、心配しないでよ!」
咄嗟のウソだった。
今はユアだけでなく、まりねたちも大変だった。そんな時に家に置いてもらうなんて出来るわけがない。
一人増えるだけでも家主には負担が掛かるのをわかっていたからだ。
◇
結局、弁当屋を辞めたこと以外何も言えなかったユアは店を出た。
得た収穫は「ネクストドア」も経営の危機にさらされていて、人を余分に雇えない事実だった。
「ミラーレもダメか。頑張って、リアリティアで仕事を探さないと……」
「お困りのようじゃのう?」
ユアが独り言を言いながら歩いていると老人の声に呼び止められた。
無意識にディンフルと出会った公園に足が向いていたのだ。
そして彼と出会ったベンチには、超龍との戦いで世話になった老師が腰掛けていた。
「おじいさん?!」
老師は病に伏した精霊を治療したり、白魔法より強力なバリアを編み出せる特殊な人間だった。
ユアが驚きの声を上げると、老師は「はて?」と首を傾げた。
「覚えてませんか……?」
ユアはこれまで老師と二回会ってきた。
相手は割と忘れっぽいので、ユアはてっきり自分を覚えられてないものだと思った。
「いや、覚えておる。魔封玉の女子じゃろう?」
ユアは前の戦いの前に、魔封玉という石でディンフルら仲間の魔法を封じたことがあった。老師は出会った時から魔封玉の存在に気付いていた。
仲間たちに気付かれた際、当然ユアは非難を受けた。
しかし、その魔封玉が強敵・超龍にトドメを刺し、フィーヴェは救われたので名前を出されても、今のユアには今度は良い思い出となっていた。
「は、はい。魔封玉の女子です」
「わしはお主の祖父になった覚えは無いのじゃが?」
「あぁ、そこか……」
ユアは自分のことを忘れられてると身構えたが指摘は違うところだった。
覚えてもらっていることに安心はしたが、彼女は無意識に老師を「おじいさん」と呼んでしまっていた。
「すいません。これからは“老師さん”って呼びますね」
「いや、良い。呼びたければ“おじいさん”、“おじいちゃん”、もしくは“お兄さん”でも構わんぞ」
「最後のは無理があるでしょ……」
ユアはつっこむと、老師に促されて彼の隣に座った。
「どうしたんですか、こんなところで?」
「お主を探しておった」
「私を?」
「うむ。直感でわかったんじゃ。お主はこれからも異世界の世話になることをな」
老師からそう言われ、ユアは息をのんだ。
まさに今、異世界にすがりつきたいところだった。
「な、何で、わかったんです……?」
「言ったじゃろう? “直感”と! わしの的中率は高いんじゃ! こないだだって、三つの内一つのカップに隠されたコインを見つけられんかったんじゃぞ! 一度も!」
「いや、当たってないじゃないですか!」
老師はおふざけが好きなのか、ユアはつっこまずにはいられなかった。
「冗談はさて置き……」と老師は改めて真面目な顔つきになった。
「お主は異世界へ行き来できる力を生まれ持っておるじゃろう? それ故、これからも異世界とは切っても切り離せん生き方になると思うのじゃ」
「た、確かに、今までも異世界を行き来してましたけど……」
「それでじゃ。お主は異世界で誰かと連絡が取れるようにした方が良い」
「異世界の人と連絡先を交換ってことですか?」
「左様」
老師は終始、真面目に語った。
ユアはこの案を良いと思ったが、一つ問題があった。
「でも、異世界ではスマホは使えませんよね?」
「……何じゃ、そりゃ?」
やはり異世界育ちの老師にとって初めて聞く言葉だった。
「リアリティアで連絡を取り合う時は“スマートフォン”略して“スマホ”が主流なんですよ。でも電波やインターネットの関係から、異世界では使えないと思うんです。まぁ、異世界でネットや動画見ることってないと思いますけど……」
「リアリティアで既に連絡を取り合っておるのか。なら話が早い」
老師はもっと狼狽すると思っていたが、意外と冷静だった。
そしてローブの袖から小さな白い箱を取り出し、ユアへ手渡した。
「開けても良い」と言われユアが開けると、箱の中にはスマホにそっくりの物体が入っていた。
「スマホ……?」
「その様子じゃと似ているようじゃな? それは“ファンタジーフォン”と言って、世界を越えて連絡を取り合える通信機じゃ」
「てことは、異世界対応スマホってこと?!」
つまり、リアリティアにいながら異世界と連絡が出来るのだ。
これまで空想の世界を行き来してきたユアにとって、願っても無い品物だった。
おまけに……。
「フィーヴェにも通信機を持っている者は何人かおる。その者らと連絡先を交換すれば、いつでも話が出来るぞい」
空想世界の住民と連絡先を交換できる……ユアの小さい頃からの夢だった。
「昔から思ってたんだ。違う世界にいても、“あのキャラやこのキャラと、電話やメールで話が出来たらな~”って……。それが叶うんだ?!」
「ただし限度がある。ファンタジーフォンでは通話が主となり、メールなど文字を送る機能は備わっておらん」
「え?! メールもLIFEも使えないんですか?!」
「ん……? メールはわかるが、ライフって何じゃ?」
「リアリティアでよく使われている無料のチャットアプリです。すいません、知りませんでしたね……。てか、メールは知ってるんですね?」
「当たり前じゃ! わしは常に流行の最先端を行っておるからの!」
「……スマホはわかりませんでしたよね?」
老師にツッコミを入れながらも、ユアは早速ファンタジーフォンの電源を入れた。
使い方はスマホとほぼ同じですぐに慣れた。あとは連絡先を入れるだけだ。
そしてアプリらしきものは入れられないようになっており、出来るのは普通の通話とテレビ通話だけだった。
それだけでもユアには大きな収穫だった。
これで、前に別れたばかりのフィーヴェの面々や、過去に行ったことのある空想作品のキャラたちといつでも話せる。
ミラーレの弁当屋で落ち込んでいたが、ファンタジーフォンのおかげですっかり元気を取り戻した。
「大切に使わせてもらいます!」
「これも渡しておこう」
老師は次に細い箱を渡した。
早速それも開けてみると、中には剣のような形のペンライトが入っていた。
剣では鍔に当たる部位が小さなミラーボールのように丸く、刃の部位が発光するライト部分になっていた。
「これって、ペンライト……?」
「何じゃ、その“へんらいと”とは?」
「“変ライト”じゃなくて、ペンライト! リアリティアでは推しを応援する時に使うグッズですよ!」
「“おし”があるなら、“ひき”もあるのか?」
「……もういいです。で、これって何なんですか?」
やはり老師のギャグについて行けないユアは諦め、ペンライトについて尋ねた。
「今のお主の説明と同じもので、仲間を応援する時に使う武器じゃ」
淡々とした説明を聞いてもユアはピンと来なかった。
「応援する時に使う武器って……」
「呆れているが、それはいざという時にお主を助けてくれる優れものじゃ。お守りとして持っておくがいい」
「う~ん……。何だかわからないけどありがとう、おじいさん!」
「“おじいさん”でも良いが、わしの名はイポンダートじゃ。よく覚えておけ」
ここでようやく老師の名前を知り、さらにテンションが上がるユア。
ところが彼女は知らなかった。
フィーヴェは、現在浮かれながら行く状況でないことを……。