第10話「無差別襲撃事件」
ディンフルはひたすら邪龍退治に専念していた。
特に最近は数が激増したせいで、休む間もなくフィーヴェ中を飛び回っていた。
国王の依頼で行くこともあれば、その行き帰りに新たな邪龍を見つけ、倒しに行くこともあった。
このことから、ディンフルを「魔王」から「英雄」へ言い換える者も少なくなかった。
特に若い女性の間では、彼がイケメンなのもあり、ファンクラブまで作り出す者も出て来た。
元々、魔物退治はディンフルにとってディファートの信頼回復も兼ねていた。
しかし、それ以上にユア以外の新たなファンまで獲得したのであった。
ソールネムからの通信に出られなかったのも、邪龍退治による多忙のせいだった。
フィーヴェで使用されている通信機には着信履歴がないため、誰から連絡があったのかまでは表示されなかった。
ここ数日、フィーヴェ中を飛び回って戦い続けていたため、彼の疲労が溜まっていた。
手伝ってくれる人間も増えて来たが、責任感が強いディンフルはどうしても、さらなる信頼回復のため無理をしてでも戦いたかった。
「我々が行くので休んで下さい」という声もあったが、彼は常にそれを跳ねのけた。
今日もディンフルは体に鞭打って、邪龍と魔物を倒していた。
次の場所へ飛んでいると、下から若い男性の悲鳴が聞こえた。
「あそこか!」
悲鳴がした場所へ行くと、邪龍が人を襲っていた。
ディンフルは男性を背後に庇うように降り立ち、邪龍が噴いた火を魔法が込められたマントで防いだ。
彼はマントを元に戻すと、邪龍へ向かって大剣を振った。
「シャッテン・グリーフ!!」
必殺技である黒と紫の衝撃波が当たると、邪龍は黒いモヤとなって消えてしまった。
「大丈夫か?」
ディンフルが男性へ振り返った瞬間、彼は絶句した。
「お前は……?!」
「……ご無沙汰しております、ディンフル様」
男性は弱った体でひざまずき、ディンフルに敬意を払った。
「サーヴラスではないか! 無事だったか!」
「はい。ディンフル様こそ、ご無事で何よりです……」
サーヴラスと呼ばれたその男性は、短く整えられた黒髪に小さな眼鏡を鼻に掛けており、着ていた黒い燕尾風の服は薄汚れていた。
彼は、ディンフルが魔王だった時の側近だった。
「古城にいなかったが、どこで何をしていた?」
「最近は城を出て、別の場所にいました。フィトラグス一行が城に来た日も、彼らが王の間に向かった後、私は定位置で次の勇者を待っていました。……でも、王の間からすごい風の音が聞こえたので見に行くと、フィトラグス一行の女性二人を見つけました。彼女たちも、フィトラグス一行の安否を気にしていたようです。私も、いなくなったディンフル様を心配しておりました……」
ディンフルは、フィトラグスたちとの戦いを思い出していた。
ゲームのシナリオどおりなら、あのまま勇者と魔王がわかち合って和解するはずだが、ディンフルを含む一行は突然発生した竜巻に吸い込まれ、異世界へ飛ばされていた。
「フィトラグス一行もディンフル様もいなくなったので、互いに戦意を喪失し、私は彼女たちを帰しました。我々だけで戦っても無意味だと思ったので。しばらくは、古城で待ち続けました」
「申し訳なかった。私も未知の力の前に何も出来なくてな……」
「あ、謝らないで下さい! その様子だと、ディンフル様も何が起きたかわかっていないようですね?」
「古城を離れてから、あの時に起こったことについて知ることが出来た。私がいない間、城を守っていてくれたのか?」
「いえ……。しばらくは古城にいましたが、ある時、“老師”を自称する男がやって来ました。その老師は、ディンフル様たちが竜巻に飲み込まれたことや、全員が無事だと教えてくれました。それだけでなく、“古城にいても無駄だ”とも言われました。どこの誰かは存じませんが、ディンフル様が無事だと聞いて安心しました」
「確かに色々あり過ぎて、しばらくは城の存在すら忘れていたからな……。なら、その老師と一緒にいたのか?」
「はい。自分の家に住まわせて下さるなどして、お世話になりっぱなしです。しかし、最近家を空けることが多く、心配になって探しに出たら、さっきの邪龍に襲われました。何体も相手にしたので、体力も魔力も残っていなくて……」
「そうだったか。老師がどうしているかはわからぬが、お前には心配を掛けてしまったな」
「戻って来てくれれば、それで……」
サーヴラスはかつての主の無事を知り、ようやく心から安心した。
そして、そこまで言ったところで突然倒れてしまった。
「サーヴラス!!」
◇
夕方のチャロナグ・タウン。
オプダットとチェリテットは、名医・アティントスの知り合いの引っ越しを手伝っていた。
それが終わり、帰路についていた。
「今回もありかとう。彼は転勤族だから、また頼むかもしれないよ」
「それなら……」
「全然大丈夫です! 私たち火の中、水の中、どこにでも行きますから!」
オプダットをさえぎり、チェリテットが代わりに言った。
「そうそう! 俺ら二人いれば……」
「百人力……いや、千人力はあるかもね!」
「そ、そうだな!」
割って入るチェリテットを、アティントスが不思議に思った。
「どうしたんだい、チェリーちゃん? やけに元気じゃないか」
「こうやって先に言わないと、誰かさんが言い間違えますから。訂正も面倒くさいし!」
「誰だ? その言い間違える奴は?」
「あんたでしょ! 私がどれだけ直して来たと思ってるの?! ……ん?」
薄暗い帰り道。
三人の眼前で、中年の男性がうつ伏せに倒れていた。
「どうしたんですか?!」
チェリテットが駆けつけ、オプダットとアティントスも続いた。
倒れていた男性は気を失っている上、うなされていた。
よく見ると、服のあちこちが破れ、傷が見えていた。
「ケガしてる! アティントス先生、手当てを!」
チェリテットが言うと、まずはオプダットが町人を優しく抱き上げ、別の場所へ移動させた。
アティントスは持っていた救急箱から道具を取り出し、町人の手当てをし始めた。
「ア、アティントス先生……?」
手当ての最中に、町人が目を覚ました。
「大丈夫か?」
オプダットが尋ねると、町人は彼とチェリテットの名前も呼んだ。
三人を知っているようだ。
「これは事故じゃないね。誰にやられたんだい?」
ケガの具合を見たアティントスが尋ねると、町人は怯えながら答えた。
「子供だよ。十歳過ぎぐらいの……」
「子供……?」
まさかの犯人が子供で、オプダットら三人は言葉を失った。
「その子、魔法を使っていた。それも、かなり強かったよ……」
魔法なら、子供でも相手を傷つけることは可能だ。
ところが、アティントスは傷の深さを見て疑問を抱いた。
「いくら子供でも、こんなに重傷を負わせられるかな? 魔導士は、子供にはあまり高等な魔法は教えないそうだよ。元々、魔力が高いならディファートの可能性があるな」
彼の言葉に、オプダットとチェリテットは言葉が出なかった。
もしディファートの犯行ならば、せっかくディンフルが邪龍と魔物退治で取り戻した信頼が、水の泡になってしまう。
二人は、犯人がディファートでないことを祈った。
◇
その晩のビラーレル村。
ティミレッジもソールネムも邪龍研究を終え、帰路についていた。
「結局、今日も通信出来なかったわね」
ソールネムは、相変わらずディンフルと連絡が取れないことを残念に思っていた。
「仕方ありませんよ。ディンフルさんも忙しいんですから」
「いくら忙しくても、音が鳴ったら普通出るでしょ? 私と話したくなくて、わざと居留守を使っているのかしら?」
ソールネムが冗談ぽく言った。
「そんなことありませんよ!」
ティミレッジは冗談と思えず、あわてて否定した。
「ないことはないわ。一度、彼とディファートをこの世から消そうとしたんだから」
「あ、あれはもういいじゃないですか。ディンフルさんもディファートも、みんな無事だったんですから」
「あなたのおかげでね。でも、私自身は嫌われても仕方がないと思っているわ」
「今さら嫌いますかね……? ディンフルさんも邪龍退治には積極的で、ソールネムさんのことも頼りにしています。本当に忙しいだけだと思いますよ」
ティミレッジが彼女をフォローしていると、前方から三十代ほどの男性が走ってやって来た。
ビラーレル村の住民だった。
「こんばんは」とティミレッジが言おうとすると……。
「助けてくれ!」
男性は、切羽詰まった様子で救いを求めて来た。
「お、追われているんだ……! 変な奴らに!」
すると男性を追うように、二つの人影がこちらへ向かって来るのが見えた。
時刻は夜。
追手の顔はよく見えなかった。
ただ、怒声が響きわたった。
「待ちやがれ!」
只事ではないと察したソールネムが男性の前に立ち、追手に向かって魔法を唱えた。
彼女の手から巨大な炎が弾け飛び、暗かった景色に光が灯った。
追って来た二人は、思わず足を止めた。
「引き返すぞ!」
乱暴なセリフを叫んでいた追手が、もう一人の追手へ指示した。
そしてこちらを睨みつけて舌打ちをすると、踵を返して行ってしまった。
敵がいなくなるとソールネムは魔法を消し、村に静けさが戻った。
「あ、ありがとう! やっぱり、ソールネムの魔法は最強だな!」
安心した男性は、彼女にお礼を言った。
「今のお二人、誰なんですか?」
「わ、わからない。見ない顔だから、よその人だろう。とにかく、急に襲われて大変だったよ……」
ティミレッジに尋ねられた男性は脱力しながら答えた。
命拾いをしたので、体の力がすっかり抜けてしまった。
「また問題が増えたわね……」
ソールネムはため息をつき、起こり始めた無差別襲撃事件を厄介に思っていた。




