第8話「忍び寄る影」
翌朝。食堂に行くと、真っ先にアヨと目が合った。
ユアは昨夜の長文メールのこともあり、今は彼女に会いたくなかった。
ところが、向こうから声を掛けてきた。
「仕事は見つかった?」
ユアは耳を疑った。
仕事を辞めたのは昨日の夕方。しかも、動画の件もあってしばらくは「探しにくい」と言ったばかりだった。
それなのにアヨは、もうユアが次を探していると思い込んでいたのだ。
「まだ探してないんだけど……」
信じられない様子で答えると、相手は怒りをむき出しにした。
「探してないって、昨日帰ってから寝るまで時間あったわよね?! 今の時代、インターネットでも探せるのに何やってるの?!」
「ネ、ネットで探すにしても、昨日は休みたかったの……」
怯みながらユアが反論するが、アヨの怒りは収まらなかった。
「あんたはいつも休んでるじゃないの! 学園にいた時もここにいる時も!」
怒るあまりアヨは無我夢中で言葉を発していた。
「リマネスに守られて来たから安心してるのよ! “私は令嬢系リアチューバーの妹だから、いざとなったらどこかが雇ってくれる”とか思ってるんでしょ! それなのにリマネスに恩を仇で返して! あんたは知らないふりしてるけど、私はずっと覚えてるからね! ソウカたちに話したら、みんなリマネスに同情してたわよ! “ユアに尽くしてくれたのに可哀想”って! 自分が何したかわかってるの?!」
「アヨさん。もうそのぐらいで……」
アヨが怒鳴っていると寮母が飛んで来て止めてくれた。
アヨは出された食事を取りに行くと、先に来ていた空想組の席に着いた。
寮の席は四人掛けなので彼女が座ったことによってユアの席が無くなった。
空想組は構わずアヨと楽しくしゃべり続けた。それを見てユアはさらに心を傷めた。
(話が合うならギャル組に行けばいいのに……)
この日、ユアは朝・昼・晩、誰とも話さずに食べることになった。
◇
その頃のフィーヴェ。
インベクル王国にはフィトラグス、ティミレッジ、ソールネム、オプダット、チェリテットが久しぶりに集結していた。
「突然呼び出してすまない」
「大丈夫よ。あなたが言いたいことはわかってるから」
フィトラグスが謝るとソールネムが冷静に言った。
「ディファートの集落作りを一旦ストップするんでしょう?」
「そうだ。よくわかったな」
二人の会話を聞き、他の三人が驚きの声を上げる。
「な、何でだよ?! 集落作りしてるのは俺らだが、今のところ不自由はしてないぜ!」
「町の人たちも協力してくれてるし、住む予定のディファートたちとも話がついてるわよ!」
作業に関わるオプダットとチェリテットは休止に納得がいかなかった。
「もしかしてここ最近、邪龍が増えたから?」
続けてティミレッジが疑わし気に尋ねた。
「邪龍が増えただけでなく、魔物もより凶暴化しているのよ」とソールネム。
「邪龍の件は知ってましたが、魔物も……? 休止はそれが理由なんですか?」
再びティミレッジが聞くと、オプダットとチェリテットも一緒になって答えを待った。
「ええ。というのも邪龍の急増と魔物の凶暴化は“ディファートのせいではないか”って疑われているのよ」
ソールネムとフィトラグスの話によると、邪龍たちの件が深刻化したのはディファートの集落作りを始めてから。
それ故に「ディファート反対派」からは「あいつらを受け入れたから罰が当たった」だの「ディファートが人間への腹いせに邪龍を増やして、魔物を凶暴化させた」など好き放題言っていた。
もちろんソールネムもフィトラグスも、ディファートのせいでないことは承知していた。
「ただ、このままディファートを受け入れる運動を続けると、反対派が過剰な動きに出るかもしれないんだ」
フィトラグスが心配しながら言った。
「そういえば……」とチェリテットが思い出すように話し始めた。
「前に集落作りの会議所の窓ガラスに石が投げられて割られたのよ。もしかして、反対派のせい?」
「可能性は無くもないわ」
ソールネムは今度は残念そうに答えた。彼女もディファートを受け入れる決意をしたので、そのような動きは気の毒に思っていた。
「くそっ! せっかく父上が保護してくれるようになったのに! “いるだけで厄介だ”ってだけでいじめやがって!」
フィトラグスが悔しそうに言った。
邪龍が激増した理由はわからないが、ディファートが原因でなければ反対派のしていることは差別の延長である。
そもそも人間が忌み嫌ったことで一部のディファートが激情したのだ。かつてのディンフルがその一例である。
「ディンフルは知ってるのか? あいつなら邪龍も魔物もあっという間に片付けられるだろ?」
「残念ながらここ数日、連絡が取れないのよ」
再びソールネムが答えた。
ディンフルは邪龍や魔物を退治する際、ティミレッジやソールネムら魔導士の力を借りていた。
連絡手段はフィーヴェで流通している通信機。それでやり取りはしていたのだが、最近になって彼が通信機に出なくなったそうだ。
「これを村のみんなに言ったら、一部の人が“ディンフルが魔法で邪龍を召喚して魔物を凶暴化させてるんじゃないか”って言い出したのよ」
ディファートが保護されるようになってまだ二ヶ月弱。まだ彼らを受け入れる者はそんなに多くはない。
ビラーレル村にも何人か反対派はおり、今回のことも「ディンフルが裏で糸を操っているのではないか」と言われていた。
「ディンフルがそんなことするわけねぇだろ!」
オプダットが声を荒げた。
仲間を大切にする彼にとって、ディンフルが色々言われるのは我慢がならなかった。
続いてティミレッジも彼を庇った。
「僕もディンフルさんは関係ないと思う。一緒に苦労して超龍を倒したのに、新たに邪龍を召喚するなんて考えられないよ」
「ティミーの言う通りだ。何より人間に手を出さなかったあいつが、今頃になって誰かを傷つけようなんてことはしないはずだ」
最後にフィトラグスも庇った。
ディンフルとはディファートを受け入れる会議の際に馬が合わずにまた仲違いしていた。
しかし、そうなってもフィトラグスは彼がもう悪事を働かないと信じていた。
「邪龍の大量発生と魔物の狂暴化はディファート以外の理由があるはずよ。私とティミーでもう一度、探ってみるわ」
「わかった、頼む。俺の方でも兵士に頼んで探ってもらう」
「俺たちは……?」
ソールネムとフィトラグスの話し合いを見てオプダットが恐々と尋ねた。
「さっきも言ったけど集落作りは一旦休止よ。反対派は “ディファートのせいだ”って信じ込んでいるし話し合いも無理だわ。ディンフルにも引き続き連絡してみるわ」
国王とも話し合いたかったがあいにくこの日は別件で出ていたため、邪龍や魔物についての話し合いはそこで終わった。