第54話「悪夢の集合」
ビラーレル村の教会。
ダークティミーはドアを蹴り開けると室内に灯りを点け、乱暴な足取りで入って行った。
「相変わらず、しょぼいとこだな」
文句を言いながら奥まで進むと、若かりし頃のアビクリスの像の前まで来た。
ダークティミーは怪しい笑みを浮かべると、握った拳に黒い魔法をまといながら像を殴った。
すると像は粉々になり、中から青色の丸い宝石が姿を現した。
「ちょろいもんだぜ!」彼は得意げにジュエルを拾い上げた。
「ティミー!」
そこへユア、フィトラグス、オプダット、サティミダの四人が教会へ入って来た。
「お前らか。戻るつもりはねぇよ」
「そ、それって……?」
真っ先にユアが異変に気が付いた。
教会の突き当たりにあったアビクリスの像が姿を消している代わりに、彼の足元には大量の石の欠片が落ちていた。
それらがすべてを物語っていた。
「まさかお前……母親の像を壊したのか?!」
「ああ。邪魔だったからな」
疑いを掛けるフィトラグスへ、ダークティミーは躊躇なく肯定した。
「邪魔って……母ちゃんの像だぞ!」
「だから?」
信じられない様子のオプダットにも、疑問を抱く。
「壊して抵抗なかったの?! あなたのお母さんでしょ?!」
「だから何でそんなこと聞くんだ? これを取るために壊したんだ。手に入れるには、像は邪魔だからさ。言っておくが、お前たちのためじゃねぇ。俺自身の強化のためだ」
ダークティミーは、像から出て来た青色のジュエルをユアたちへ見せつけた。
「大体おかしいだろ。何で、家族を捨てて出て行った女が持ち上げられて、像まで建てられてんだよ? 村にとっては英雄でも、家族からしたら最低な女じゃねえか!」
「そ、そんなこと言っちゃダメだよ!」
さらに母・アビクリスを悪く言い始めるダークティミーへ、サティミダが諭した。
白魔導士だった頃の記憶は残っていても、息子の考え方は完全に変わってしまっていた。それが怖いのか、父の声はやはり震えていた。
「ア、アビクリス……ママは、一生懸命やってくれているじゃないか……」
「村のためにはな。でも、俺と親父を捨てて出て行ったんだぞ?」
息子の口から「親父」という言葉が出て、ますます焦るサティミダ。
それを見たフィトラグスらは思わず呆れてしまった。
「サティミダさん、もう少し強く言わないと……」
「そうっすよ! 今はいつもと違うけど、息子だろ? 子供が悪いことをしていたら、叱るのが親の務めだぞ!」
「ここで怯えてたらダメです!」
フィトラグス、オプダット、ユアが順番にサティミダへ指摘した。
その時、後ろから「ガタン」と大きな音がした。
ユアたちが振り向くと、ドアに手を掛けながらアビクリスが崩れ落ちており、絶望を思わせる表情をしていた。
「アビクリスさん?!」
「今、着いたばかりよ……」
ユアが声を上げると、アビクリスと一緒に来ていたソールネムが教えてくれた。
彼女は倒れ掛かったアビクリスを介抱するように背中をさすり始めた。
「最低の女……ティミレッジがそんなことを思っていたなんて……」
「き、気にしたらダメだ! 今は闇魔法でああなってるだけだ!」
先ほどの言葉が聞こえていたらしく、彼女は強いショックを受けていた。
オプダットが元気づけるが、心に相当応えたようでいつもの力強さが感じられなかった。
「ティミー! 謝れ!」
「やだね。俺は思ったことを言っただけだ! どっちみち、ジュエルを手に入れるなら壊れてもらわないと困るんだよな!」
フィトラグスが促すも、ダークティミーは反省すらしていなかった。
「ティミーがそんなこと言うなんて、私たちもショックだよ!」ユアも怒鳴った。
「俺はジュエルさえ手に入ればいいんだよ。これさえあれば、他はいらねぇ。てか、大人の都合で離婚して、勝手に出て行くぐらいなら、初めから家族なんか作るなよ! こんなことなら、一人の方がマシだ!!」
ダークティミーの発言に皆は絶句した。
闇魔法で性格が変わったとは言え、彼の口から発せられるということは、「普段から心のどこかで思っていたのでは……?」という考えが過ぎるのであった。
その時、いつの間にかサティミダがダークティミーの真ん前まで来ており、彼の頰を一発引っ叩いた。
叩く音が教会内に響き渡る。
「な、何すんだ、てめぇ?!」
「いい加減にしなさい! 闇魔法に心を支配されたからって、言い過ぎだ! お前をこんなことを言う奴に育てた覚えはない!!」
全員、息子を引っ叩き怒鳴る彼に目が釘付けになった。
特に、サティミダの弱い部分しか知らないアビクリスは驚きで目を見開いていた。
「だけど、お前にこんなことを言わせたのは、間違いなくパパのせいだ……。パパが弱いからママが出て行って、ティミレッジに寂しい思いをさせてしまったんだ。ごめんよ……。だからパパだけを責めて、ママには謝りなさい! ママは家を出たけど、今でもお前には優しいだろう? さっきも、ドーネクトがティミレッジを悪くした話を聞いた時も“あたしの可愛い息子を”って怒っていたよ。もちろん、パパも同じようにお前が大切だ。パパとママは離れてしまったが、今でも二人そろってお前が大好きなんだ。だから、悪く言わないでくれ!」
サティミダは懸命に説得した。彼の表情にはいつものおどおどした感じは残りつつも、子を叱る親の強さも混じっていた。
一方でダークティミーは言い返さず、父の堂々とした顔を睨みつけていた。だがその目は、親に叱られムスッとする子供のようなあどけないものだった。
その時、教会の天井が崩れ、室内に大量の瓦礫が降って来た。
「危ない!」
急いで避難するユアたち。
開いた天井の穴から、ネガロンスと三日月型の乗り物に乗ったアジュシーラが宙に浮きながら入って来た。
「こんばんは」
「ジュエル、いただきに来たよ!」
ジュエルの気配を察しやって来たアジュシーラだが、その気配がダークティミーから感じられると体を硬直させた。彼には先ほどやられたばかりだったからだ。
今度は邪悪さを感じさせる目で睨みつけるダークティミー。その目で見つめられたアジュシーラは再び震え上がり、言葉が出なくなった。
そこへ今度は、教会の壁が大きな音を立てて崩れた。
次は闇魔導士・ドーネクトとその助手・ダーケストが現れた。
「見つけたぞ、ティミレッジ! ……って、何事だ?」
ヴィヘイトル一味の二人だけでなく闇魔導士も現れ、ユアたちは混乱し始めるのであった。




