第52話「黒くなった白魔導士」
ビラーレル村の一角。
白魔導士・ティミレッジは三歳の頃、闇魔導士・ドーネクトに闇の魔法陣を体に埋め込まれた。
成人した今、その魔法陣の封印が解かれ、ティミレッジは黒い衣装を着た上に紺色のマントを羽織った闇魔導士になってしまった。
「ティミー、大丈夫?!」
開かれた彼の目には輝きが無くなり、異常を察したユアが呼び掛けた。すると……。
「めちゃめちゃ、体軽ぃ! 大丈夫どころか絶好調だぜ!」
黒くなったティミレッジは、楽し気に言葉を発した。
ユアたち一行は、彼らしくない言い方に衝撃を受けた。
「ティミー……よね? その言葉遣いは?」
「うひょ~! みんな引いてる! 面白れぇ!」
家族の次に付き合いが長いソールネムが戦慄すると、ティミレッジは皆の動揺する姿を楽しみながら見ていた。そして、やはり口調はいつもの穏やかなものでは無かった。
父親のサティミダは完全に言葉を失っていた。
「ハハハハハハ! いいぞ、ティミレッジ! 良い闇の染まり具合だ。やはり、成人してから魔法陣を解放させて正解だ! 約二十年分の魔力が育つのだからなぁ!」
ティミレッジの変わり具合にドーネクトは高笑いをしてみせた。
「早速だが、我が右腕よ。お前の魔力でこのビラーレル村を滅ぼすのだ。白魔導士らしいが、力の解放で闇魔法も使えるようになったはずだ」
ユアたちはティミレッジへ心配の眼差しを向けた。
どう見ても、おっとりしていた頃の彼はそこにはいない。見た目や言葉遣いが変わったことから、ドーネクトの指示に従うのは間違いないと思った。
ところが……。
「は? 何で俺がそんなことしなきゃいけねぇんだよ?」
闇墜ちしたティミレッジ……通称・ダークティミーはそれまで得意げだったのが、ドーネクトに命令された途端、不機嫌になった。
さらに相手の指示にも否定的で、これにはドーネクトも困惑し始めた。
「い、いや、俺の右腕だし……」
「あんたの右腕ぇ? なった覚え、ねぇんだけど。そもそも俺、人の指図は受けねぇタチなんでね」
ダークティミーがきっぱりと断ると、ドーネクトはさらに混乱するのであった。
「いやいやいや! せっかく魔法陣の力解放したんだぞ、二十年分!! この日を迎えるためにどれだけ待ったと思う?! それなのに、主人の命令を拒否するのか?!」
「だから、おっさんの右腕になったつもりはねぇって言ってんだろ!」
「おっさん?!」
白魔導士のティミレッジなら絶対に言わないであろう言い方に今度はドーネクトがショックを受け、ユアたちも開いた口が塞がらなかった。
しかし同時にユアたちは、ティミレッジが悪事を働かないことを確信したのであった。
「ティミー! 悪いことする気ないんだね?!」
「だったら、俺たちのとこに戻って来い!」
「お前の居場所はここだぞ!」
ユア、フィトラグス、オプダットが懸命に呼びかけた。しかし……。
「言っただろ。俺は“指図は受けねぇ”って。だから、お前らの言うことも聞かねぇよ!」
「”お前ら”……?」
仲間側につくことを期待したが、指図と捉えられた上に乱暴に返され、ユアたちは再び衝撃を受けるのであった。
「さてと……せっかく体が軽くなったんだから、ちょっと散歩して来っか!」
皆の反応などお構いなしに、ダークティミーは空を飛んで一同の前を去って行った。
彼には、ディンフルと同じでマントに飛行能力があるのだ。
取り残されたユア一行とドーネクトらは同じように途方に暮れていた。
先に口を開いたのはドーネクト側だった。
「ダーケスト……これはどういうことだ?! 魔法陣の力を解放し、奴の持つ魔力と合わせたら、確実に俺の右腕になるんじゃなかったのか?!」
彼は助手のダーケストに問い詰めるも、相手は終始冷静だった。
「おそらく、元の性格が原因でしょう」
「元の性格……?」
ドーネクトらの会話へ、ユアたちもそろって耳を傾けた。
「魔法陣の力を解放した際に、その属性が本人が普段使用しているものと真逆の場合、性格に影響を及ぼすことがあります。今回は白魔導士に、普段無縁の闇をむりやり導入したのですから乱暴寄りになるのは想定内でした。しかし、あそこまで豹変した上に主人の命令に背くと言うことは、普段が良い人過ぎたことが要因だと思われます。もしも日常で反抗したことが無く、誰にでも“はいはい”と返事をしていた場合、その真逆で誰の言うことも聞かない状態になった可能性があります」
ダーケストの説明にユアたちは心から納得するしか無かった。
ティミレッジは基本は内気で、人から圧倒されやすいタイプだった。
それゆえに誰の言うことも聞くことが多く、今回の現象になったのだと理解した。
「そんなリスクがあったのか……? サティミダァ!!」
説明を聞いて一瞬顔が青ざめたドーネクトだが、すぐにサティミダに怒鳴りつけた。
「何故もっと強い奴に育てなかった?! お前のような気弱な奴が育てたから同じように弱い奴になり、その結果ああなってしまったではないか!!」
「急に育児論?!」
意外な内容に怒りを露わにするドーネクトに、ソールネムがつっこみに似たような声を出した。
確かに、ティミレッジが優しすぎる者に育ったからドーネクトの望む結果にならなかったのだ。怒りを表すのも無理はないが、「お前が起こしたことだろ」とユアたちは冷めた目で彼を見た。
当のサティミダはショックで頭がついて行かず、まるで魂が抜けたかのように呆然としていた。
ドーネクトに怒鳴られても心ここにあらずと言った状態だった。
「聞いているのかぁ?!」
怒りのあまり往復ビンタをするがやはり反応は無く、サティミダの両頬が腫れただけだった。
「暴力を振るう暇があるなら、早く追い掛けた方が良いですよ」
横からダーケストが冷静に指摘した。
我に返ったドーネクトは「もっと早く言え!」と八つ当たりすると、ユアたちには目もくれずにその場を去って行った。
「みんな!!」
闇魔導士たちが去ったと同時に、アビクリスがやって来た。急いで来たのか息が切れていた。
「今こっちから、とてつもなく強い魔力を感じたんだ。それも、闇属性が混じったような……。何かあったのか?!」
ユアたちはどこから話せばいいか模索し始めた。
返事をする前にアビクリスが、ぼーっとするサティミダに問いかけた。
「ほっぺたを腫らしてるけど、何か知ってんじゃないだろうね?! ティミレッジはどこだい? ここにはいないけど!」
アビクリスに話し掛けられ、サティミダは少しずつ正気を取り戻しつつあった。
「アビクリス、ごめんよ……」言いながら彼の目から涙が溢れ出した。
「謝るんじゃなくて、先にティミレッジがどこに行ったか言え! あの子の気がさっきから感じないんだよ! 何があったんだい?!」
アビクリスはサティミダの胸ぐらを掴み、激しく揺らしながらさらに問い詰めた。
「アビクリスさん! ティミーのことですが……」
代表してソールネムが止めに入り、先ほど起こった出来事を一つずつ報告し始めた。
「ドーネクトめ! まだ生きていた上に、あたしの可愛い息子を……!」
「手分けしてティミーを探しましょう!」
ソールネムはさらに采配を振るった。
ユアたち三人+サティミダ、ソールネムとアビクリスの二組に分かれて村中を探すことになった。
サティミダとアビクリスを一緒にしなかったのは、彼女なりの気遣いだろう。
ユアたちは早速分かれて、ダークティミーを探し始めた。




