第50話「教会の像」
ティミレッジの母・アビクリスは任務のために去って行った。
残されたのはユアたち一行とソールネム、そしてティミレッジの父・サティミダだった。
「カッコ悪いところを見せてしまったね……」
サティミダが申し訳なさそうに言うと、ユアが代表して「いえいえ」と否定した。
しかし、戦える者たちとティミレッジは「本当だよ……」と心の中で呆れていた。
「アビクリスがママで、この人がパパだとすると、二人は夫婦ってことだよな?」
「もう離婚してるよ。僕が三歳ぐらいの時に」
オプダットが推測すると、ティミレッジがきっぱりと言った。
詳しく聞いて行くと離婚後、彼の親権は母親にあったが、最終的には父親に引き取られた。
と言うのも、アビクリスは魔導士と武闘家を兼ねており、他の地域からひっぱりだこで多忙のため、育児まで手が回らなかったからだ。
母・アビクリスとは任務などで一緒になることがあり、会えない寂しさはなかった。
しかし、父・サティミダとアビクリスが会うのは約二十年ぶりだ。
「父上と過ごす時間が長かったから、母上に似なかったんだな」
フィトラグスは、ティミレッジが気の強い母・アビクリスと似ていないことに納得がいった。
「それで、離婚の原因は何だったんだ?」
オプダットが何も考えず、サティミダの前で尋ねた。
ソールネムが杖の先で、彼の足を刺した。本日二度目である。
「バカ! そういうことは気になっても聞かないの!」
「いいよ、ソールネムちゃん。何となく、わかってるから……」
ソールネムがオプダットを注意をすると、横からサティミダがなだめた。
人によっては話しにくいことだが、彼は優しく受け止めた。
「本人ははっきりと言わなかったけど、僕が弱いからだよ。悪い奴らに襲われてる僕を見ただろう?」
ユアたちは、持ち金を狙って来た悪党に襲われていたサティミダを思い出した。戦う素振りすら見せず、逃げ回り縮こまる情けない姿をしていた。
あれでは、気の強いアビクリスに見捨てられるのも無理はないと誰もが思った。
その時、ユアが持つチアーズ・ワンドの先端から細い光が現れ、近くの場所へ伸びて行った。
「ひぃっ?!」
急に光り出す武器を見て、サティミダが恐怖に慄く声を上げた。
「だ、大丈夫ですよ。安全なアイテムですから!」
ユアが気遣って安心させると、見ていたティミレッジとソールネムはそろってため息をついた。
「いい歳して、光り物にビビるとは……」と口から出掛かったが、何とか堪えるのであった。
「そ、それは……?」
「説明がまだだったね。僕たちがジュエルを探していることは話したよね? そのジュエルがこの村にもあるみたいなんだ。それでこのライトは、その居場所を教えてくれているんだ」
「ジュエルがこの村に?!」
サティミダがチアーズ・ワンドについて尋ねると、ティミレッジが詳しく説明した。
「てことは、あの悪党はジュエルを狙って来たってこと? あと魔王のお兄さん、とても強いんだろう? その人が村に来て、ジュエルを壊したりはしないだろうね……?」
村にジュエルがあることを知ったサティミダは、次々と悪いことを想像し始めた。
「根っからのビビリでネガティブ思考だ……」今度は本人以外の全員でため息をつくのであった。
◇
ユアたちが光をたどって行くと、村の教会に着いた。
中に入ると、フロアの両側に長椅子が数列置かれ、窓にはステンドグラスが使われ、前方の端にはパイプオルガンがあった。
そして、祭壇の後ろにはショートヘアの若い女性の像があった。仁王立ちで微笑むという、まるで英雄のような出で立ちをしていた。
チアーズ・ワンドの光はその像を指していた。
「この女の人に反応してるよ!」ユアが興奮した。
「……“ウィローイン”? この人の名前か」
「二十年前のママだよ」
フィトラグスが像に書かれてある名前を読み上げると、ティミレッジが像の女性について教えてくれた。
「ウィローイン」とはアビクリスの苗字で、フルネームは「アビクリス・ウィローイン」と言う。
「そう言われると、ティミーの母ちゃんの面影があるな!」
「二十年経つけど、まったく変わらないわ。肌のケアはどうしているのかしら?」
オプダットがアビクリスの姿を思い出している間、ソールネムは美容の秘訣を知りたがっていた。
「何で像になってるんだ?」
フィトラグスが尋ねると、サティミダが詳しく説明してくれた。
「その昔、アビクリスはビラーレル村を救ったことがあるんだ。闇魔導士が村を脅かしたんだけど、一発でその人らを退かせたんだ。それで英雄として讃えられて、記念に像が作られたんだ」
「へ~え!」ユア、フィトラグス、オプダットの三人が一斉に感嘆の声を漏らした。
「そして、“彼女に守ってもらう”って意味も込めて、この中に村の宝を入れたの。チアーズ・ワンドが反応するってことは、ジュエルに間違いないわ」
「この中のジュエルって、取っていいの……?」
「現時点ではダメよ。村長に事情を話して許可をもらわないと」
続いてソールネムが説明すると、ユアがおずおずと聞いてみた。
もちろん、村の宝なので勝手な持ち出しは禁じられていた。
「村長は優しいし、理解がある方だから許してくれるよ」
「じゃあ早速、村長の家へ行ってみるか」
ティミレッジが村長について言うと、フィトラグスが出発の意志を示した。
するとその時、通信機の着信音が教会内に響き渡った。
「ひぃっ?!」サティミダ、二回目の絶叫である。
「パパも通信機持ってるでしょ! 何で怖がるのさ?!」
ティミレッジが怒号を上げた。
普段、彼の怒鳴る姿は滅多に見られないのでユアは「レアだな」と珍しがり、フィトラグスとオプダットは苦笑いしていた。
通信に対応していたソールネムが、ユアたちへ向かって言った。
「ちょうど、村長からよ」
いいタイミングで村長から連絡があり、一同は目を輝かせた。
しかし、彼女は緊迫した顔になっていた。
「村の近くに邪龍が大量に出たみたい。退治を手伝って欲しいそうよ。ほとんどの黒魔導士は他の地域へ行っていて、今は村にいないみたい」
「それは大変!」
「ジュエルは後回しだな」
「俺らに任せろ!」
ユア、フィトラグス、オプダットは邪龍退治へ行くことに決めた。
ここでティミレッジが肝心なことを思い出す。
「退治はいいけど、ユアちゃんも行くの? 邪龍と戦える?」
「あ……。邪龍って、どれぐらいのレベルから戦えたっけ?」
ジュエル探しを始めてからも、馬車から魔物を見つけたら積極的に戦っていた。ユアのレベル上げのためである。
初日からだいぶ戦力がついて来たが、まだ邪龍と戦えるかは怪しかった。
「つべこべ言っている暇はないから連れて行きましょう! なるべくユアを守りながら戦うのよ!」
どさくさに紛れて、ユアも初めての邪龍退治に参加出来るようになった。
(邪龍を倒せるようになったら、ディン様の手助けが出来る……!)
彼女は怖がるどころか、ディンフルの助けになれることに胸を躍らせながら邪龍退治に臨むのであった。




