第35話「疑惑」
夕方のインベクル初等学校。
今日もフィトラグスがロアリィの送迎に来ていた。
「今日はいかがでしたか?」
彼に聞かれるも、ロアリィは「え、えぇ……」としか答えられなかった。
朝からエスクから指摘を受け、休み時間にはティーチェルからビティムのことで注意を受け、その後の理科では小さいながらも爆発を起こしてしまった。
フィトラグスは今朝、ロアリィがビティムを皆の前で叱っている場面を見てしまった。
彼女の沈んだ表情からして、「また何かやらかしたんだな」と想像は難しくなかった。
「ロアリィ先生!」
怒鳴り声がしたので振り向くと、エスクがこちらを睨みつけていた。
「エスク君。どうかされたのですか?」
「俺が言ったこと、あいつらにチクったの?!」
言いながらエスクは歩み寄って来た。
彼によると、休み時間にからかって来た児童二人に対してエスクが「この国にいて欲しくない」と言ったことを、ロアリィがわざわざ本人たちへ告げたらしい。
「昼休みにあいつらから言い掛かりをつけられて大変だったんだよ! 何で言ったりしたんだよ?!」
「ほ、本人たちの耳に入れた方がいいと思ったので……」
ロアリィは敵意をむき出しにするエスクに怯みながらも答えた。
「何がいいんだよ?! “言いたいことがあるなら直接言いに来い”って、俺が怒られたんだぞ! “あいつらに言って”って頼んでないよな?! 余計なことしないでくれよ!」
「そんな言い方をするんじゃない!」
怒りをむき出しにするエスクを、フィトラグスがたしなめた。
「君も知っていると思うが、ロアリィ先生は実習二日目なんだ。失敗はあって当然だ。君が怒りたい気持ちもわかるが、大目に見てあげて欲しい」
「二日目だから失敗はある」という言葉でエスクは口を閉ざした。
「からかって来た子たちは俺からティーチェル先生に言っておく。今日は大変だったな」
フィトラグスが最後に優しく言うと、エスクは何も言わずに去って行った。
◇
発言通りティーチェルにエスクのことを伝えた後で、フィトラグスらは馬車に揺られて城へ帰って行った。昨日と同じくロアリィは頭を抱えていた。
「またやってしまいました……」
「ロアリィ様。次から独断ではなく、一度ティーチェル先生に相談してから決めた方がいいかと思います。子供が好きでも世話をするのは別の話ですし、相手によっても対応の仕方は変わって来ます。そうでなくても五年生は、難しい年頃に入る時期なので……」
フィトラグスがやんわりとアドバイスするも、ロアリィはショックが大きかったのかそのまま話し始めた。
「エスク君、からかって来た子たちのことを悪く言っていたのです。それで“ストレスが溜まっているんだな”と思い、彼らを戒めるためについ……」
「逆効果でしたね……。悪口を本人へ伝えるのは、大人でも関係悪化のリスクがある行為です。言った側と言われた側だけでなく、伝えた側まで批判される場合もあります」
結局ロアリィは今日も暗い気持ちのまま、夜を過ごしたのであった。
そして、今日の二件を経て「話し合い」がいかに大切なものかを理解するのであった。
◇
翌日、インベクル初等学校前。
今日は早くからフィトラグスが別件のため、ロアリィは一人で馬車に揺られていた。
馬車から降りると、校門に中年ほどの男性の姿を見つけた。
髪はボサボサ、無精ひげが生えており、ヨレヨレの服を着ていた。
不思議に思ったロアリィが近づき、声を掛けた。
「学校に何のご用でしょう?」
男性は驚いた目で彼女を見た。
キレイでない見た目の自分に、若すぎる教師が話し掛けるとは思わなかったのだ。
驚いた後で男性はすぐに不愛想な顔へ戻った。
「ここに、エスクって名前の生徒は通っているか?」
「エスク君ですか? ええ、通っております。とても良い子ですよ」
ロアリィはあっさりと、聞かれたエスクについて答えてしまった。
「そいつ、どこに住んでるんだ? 俺、父親なんだ」
「お父様ですか?」
「ああ。妻と一緒に突然出て行ったんだが、最近“インベクルで見かけた”って聞いたものでな」
ロアリィはエスクが母と共にインベクルへ越して来たことも、父親に暴力を振るわれていたことも知っていた。
「もしかして、二人に謝りに来られたのですか?」
急に会いに来るぐらいなので、ロアリィはそう判断した。
すると父親は低いトーンをさらに落として言った。
「……ああ。二人には申し訳ないことをしたと思っている。じっくり話したいんだ」
「話し合いですね。かしこまりました。ちょっとお待ち下さい」
父親の話を信じ込んだロアリィはティーチェルが作ってくれた生徒の資料を出し、エスクの現住所を男性に教えてしまった。
昨日フィトラグスから「独断で動かないように」と注意されたと言うのに……。
◇
インベクル王国前。
門を出て橋を渡ると、いつもの草原に出た。
「今日も特訓だ!」
昨日、裏面仕様のボスに打ち勝ったことからユアたちはすっかり自信を持ち、修行もやる気満々だった。ディンフルが手助けしたことは誰も知らないままだった。
今日はソールネムとチェリテットも付き合ってくれた。
「私らがいない間に裏面のボスまで倒すなんてすごいよ!」
「裏面がエクストラってことは、普段の戦いは表面ってことなのね」
二人にはすでに昨日あったことを伝えていた。
チェリテットは感動し、ソールネムは表と裏の仕様について感心していた。
「よし! はりきって行くぞー!」
言葉通りユアが張り切っていると、腰に収めていたチアーズ・ワンドが突然、光を放ち始めた。
ユアが出すと、チアーズ・ワンドの先端からビーム状の光が漏れていた。
しかも攻撃の時とは違い、穏やかな優しい光でインベクル王国の奥へ伸びていた。何かの位置を教えてくれているように見えた。
「ひょっとして、ジュエルの場所を教えてくれているんじゃないかな?」
ティミレッジの意見に、皆が驚きの声を上げた。
「何で今さら? 三日目になるけど、こんなの初めてだよ」
ユアが疑問に思うと、ソールネムが解説した。
「おそらく、持ち主のあなたのレベルが上がったからよ。イポンダートさんが言っていたわ。“チアーズ・ワンドは持ち主に合わせて、能力が増えていく”って」
ユアは目を輝かせてチアーズ・ワンドを見つめた。自分が強くなれば使い道の幅も広がることに感激していたのだ。
「ニヤニヤしてるけど、調子に乗ったらまたディンフルに何か言われるわよ」
ソールネムの言葉でユアは我に返り、一行はチアーズ・ワンドの示す先へ急いだ。
◇
たどり着いたのはインベクル神殿。
ここはインベクル王国では神聖な場所と認知されており一般の者でも入れるが、ほとんど祭りごとの時が多かった。
他の客は来ていなかった。
チアーズ・ワンドから出る光は、神殿の最奥部にある祭壇の上のガラスケースの中を指していた。
よく見ると、ケースの中には赤く丸い宝石があった。
「あれだ!」
「何をしているのですか?!」
一行の喜びをつんざくように女性の怒鳴り声がした。
振り向くと、ロアリィと彼女の生徒たちがいた。おそらく社会科見学で来たのだろう。
「あ、あなたは?!」
ソールネムが叫ぶ。
ユアたちはロアリィの顔をすでに写真で知っていた。
仲間たちはフィトラグスの亡き婚約者・セスフィアを知っていたため、彼女と目の前の女性が改めて瓜二つで言葉が出なかった。
ロアリィはジュエルを見つめていたユアたちを疑いの眼差しで見つめ返すのであった。




