第34話「裏面へようこそ」
インベクル王国近くの森。
早速現れた魔物へ、ユアがチアーズ・ワンドからビームを出した。
ところが、魔物は大きな口を開けて飲み込んでしまった。効いていないようだ。
「な、何で?!」
今度はチアーズ・ワンドで宙に円を描くとピンク色の球体が出て来た。
それを数個出し、魔物へ投げていった。
これもすべて魔物の口の中へ消えてしまった。
「もしかして、フィーヴェの魔物には効かないの……?」
「そんなことないよ。そしたら、スライムとかも倒せなかったじゃん」
絶望するユアをティミレッジが励ました。
確かに彼の言うとおり、チアーズ・ワンドの力が効かなければユアもここまでレベルを上げられなかった。
次に魔物が口から粘液をあちこちに吐き出した。
こちらにも降りかかって来たので、急いでティミレッジが白魔法のバリアを張った。
ユアたち三人は無事だったが、粘液が掛かった草や木はドロドロに溶けてしまった。
「ひぃぃぃ~?!」
「こいつ、こんな技持ってたか?!」
「僕の記憶が正しければ、無かったよ! 序盤だからそんなに危険じゃなかったはず……!」
「も、もしかしたら裏面仕様かも……?」
「うらめん?」
ユアは思い出していた。
ゲームはプレイ出来ていなかったが、攻略本は毎日読みあさっていた。
そこには、ゲームクリア後に訪れる「裏面」についても書かれていた。
「クリアした前提で戦う敵だから、もしかしたら表面のディン様並みに強くなってるかも……?」
「そんなシステムがあるの?!」
「よ、よくはわからねぇが、経験値が山ほどもらえるってことだな?!」
「ポジティブ過ぎない?! 経験値の前に、僕らが死んじゃうよ!」
ラスボスのディンフルから世界を取り戻したため、ゲームとしてはクリア扱い。
なので今のフィーヴェは、キャラクターたちからすると裏面だったのだ。
「うわーーーーー!!」
ユアは序盤レベルで、ティミレッジとオプダットも心の準備が出来ていない&仲間不足なので、逃げるしかなかった。
そんな三人を、魔物は足部分にある蔦を早く動かしながら追い掛け始めた。
◇
インベクル王国。
部屋から水晶玉で見ていたディンフルは居ても立っても居られなかった。
「世話が焼ける……。待っていろ!」
ディンフルはベッドから出ると魔法でマントを出し、身を包んだ。
マントを外すと、来ていた寝間着からいつもの戦闘服であるナポレオンジャケットに変わっていた。
「どこへ行かれるのです?!」
窓を開けて行こうとすると、サーヴラスが大声で呼び止めた。
「ユアたちがピンチだ! 私でなければ助けられぬ!」
「これはユア様の修業です。ご心配なのはわかりますが、今は堪えて下さい」
「アクシデントだ! 弱いはずの敵が裏面仕様とやらになっているのだ!」
水晶玉から聞こえた言葉をディンフルはそのまま使った。もちろん、サーヴラスは口をぽかんと開けるしか出来なかった。
相手はもちろん、ディンフルでさえも「裏面」の意味をよく理解していなかったのだ。
「よ、よくはわかりませんが、今は安静にお願いします! でないと、私がイポンダートさんから怒られるのです!」
「何故、お前が?」
「“ディンフルのことだから、無理をしてでも筋トレやら脳トレに励むかもしれん。今、休ませなければ、近い将来また倒れるぞい”とのことです」
「筋トレはわかるが脳トレはしない! 自慢ではないが充分、頭は良い!」
ディンフルがさりげなく自慢する間に水晶玉には、ユアたちの前に岩壁が立ち塞がり、モンスターに追い詰められる映像が映し出された。
「いかん……!」ディンフルは舌打ちをした。だが、状況を理解していないサーヴラスが行かせてくれるとは思えなかった。
今は堪えて、深呼吸をして気分を落ち着けた。
「わかった、今は休もう……。コーヒーを買って来てくれ」
ディンフルは窓から降りると、外へ出ない素振りをして見せた。
「買わなくとも城にあります。入れて参ります」
「すまぬが、新しいものが飲みたい。置いてもらっておいて何だが、インベクルのものは口に合わぬ。そうだ、チャロナグのコーヒーを飲んでみたい。ビラーレルでは邪龍退治で毎日飲んでいたが、あそこのはまだだ」
「チャロナグですか? 少し遠いですが、かしこまりました。私が不在の間、絶対に出てはいけませんよ!」
「わかっている。休むのも体調管理の一つだからな」
ディンフルがそう言うと、サーヴラスは部屋から出て行った。
閉まるドアの向こうで聞こえる足音が遠ざかると、ディンフルは真っ先に窓辺に行き、森方面へ紫色の魔法弾を投げた。
◇
インベクルの森では、ユアたちが行き止まりで追い詰められていた。
疲れている状態で走ったので、岩壁を登る力も無かった。
大きい人食い花の魔物が大口を開けて迫って来た。
その時、地面から蔦が現れ、ユアの足首を持ち上げた。
「ユア?!」
「ユアちゃん!!」
叫ぶオプダットとティミレッジ。
さらわれたユアを魔物が口の中へ取り込もうとしていた。
「まだ修行始めたばかりなのにぃ~!」
すかさずティミレッジがバリアを張る。ユアの体が白い光の膜に包まれた。
同時に、魔物へ魔法弾が命中した。
ディンフルが遠くから密かに放ったものだ。
魔法弾が当たると魔物は一発でパリパリに枯れた後で、黒いモヤとなって消えていった。
「た、助かったの……?」
バリアに包まれたままのユアは地面に不時着した。
彼女の元へ、ティミレッジとオプダットが駆け寄った。
「この状態……、僕たちが勝ったんだよ!」
フィーヴェの魔物は倒される時に黒いモヤに変化してから消えるので、死骸は残らない。
つまり、ユアたちの勝利である。
「やったぜ~! これで経験値大量だ~!」
「ちょっと待ってよ! 何で急に倒せたの? 誰も攻撃してないのに……」
喜ぶオプダットの横で、ティミレッジが疑問に思った。
彼は白魔法のバリアを張っただけで状態異常の魔法は使っていないし、攻撃魔法は元から使えなかった。
「そうだよね。ティミーの白魔法じゃ絶対に倒せないはずなのに」
「何か攻撃系のアイテムでも持ってたんじゃねーの?」
「持ってないよ。ユアちゃんの修行だからなるべく戦わないように、アイテムも回復用しか持って来てないよ」
「う~ん……」
腕を組み、考える三人だが答えは出ない。
そのうち考えるのをやめたオプダットが「まぁ、勝ったからいいんじゃね?」と言ったところで落ち着いた。
ここにフィトラグスやディンフルがいれば疑問はまだ続いていたが、ユアも考えなくなり、ティミレッジも二人につられて一緒に喜ぶことにした。
◇
インベクル王国の一室。
水晶玉でユアたちの無事を確認したディンフルは安堵のため息を漏らした後で、ガッツポーズを決めた。
「間に合ったな……」
「何がですか?」
驚いて、のけぞるディンフル。
いつの間にかサーヴラスが小袋を抱えて立っていた。
「入る時はノックをしろ!」
「しましたよ、何度も。ですが、返事が無かったので入らせていただきました。おっしゃっていたチャロナグのコーヒーですが、城内にありました。使用人に聞いたところ、フィーヴェ中のコーヒーを仕入れているそうで、“必要な時はいつでもおっしゃって下さい”とのことでした」
「あ、あったのか……」
「ええ。インベクルは今やフィーヴェの代表国。世界中からお客様がいらっしゃるため、各地のコーヒーを用意しているとのことです。それで、何が間に合ったのですか?」
「あ、ああ……。すまぬ、眠くなったから寝る」
ディンフルはそう言うと、再びマントで身を包むと元の寝間着姿に戻り、急いでベッドに入り頭から布団をかぶった。
サーヴラスはそれ以上追及して来なかったが、ごまかされていることはすこぶる理解していた。




