第30話「姫の教育実習」
インベクル王国前の門。
物陰に隠れて、ヴィヘイトル一味のクルエグムが門を睨みつけていた。
「やっぱり門番がいるか。ヴィヘイトル様からの力さえあれば何てことねぇが、ディンフルの部下だった時に来ているから警戒されるよな。無差別事件とやらでも問題になってるし」
クルエグムはインベクルに侵入しようと企んでいた。
門番は倒せても、かつて来たことがあるために特に王家から顔を覚えられている上、最近は再び問題にもなっていた。
「おばさんからもらったこれを使うか」
ここで言う「おばさん」とはヴィヘイトルの次に偉い、一味の紅一点・ネガロンスのことだった。
彼女は三人衆を弟のように可愛がってくれるが、クルエグムとアジュシーラは疎ましく思っていた。
それでも、インベクルに侵入するにはネガロンスからもらったものが必要だった。
クルエグムは香水のような瓶を取り出すと、全身に振りかけた。
すると、彼の体は見る見るうちに透明になっていった。
当然、門の前を通っても門番に気付かれず、クルエグムはやすやすと国内に侵入出来てしまった。
◇
インベクル初等学校。「初等学校」とはリアリティアで言う「小学校」のことだ。
職員室に入ると、フィトラグスに付き添われて来たロアリィは他の職員に挨拶をした。
「今日から一週間、よろしくお願いいたします!」
ロアリィが緊張した面持ちで深々と頭を下げると、職員たちから歓迎の拍手をもらった。
フィトラグスも嬉しそうに笑うが、内心は焦っていた。
彼は幼少期から付き合っていた「セスフィア」という名の婚約者を亡くしており、今回出会ったロアリィはその彼女に顔がよく似ていたのだ。
職員たちは口には出さなかったが、ほとんどの者は気付いているであろう。
同時にフィトラグスはロアリィが受け入れられることで、セスフィアがさらに過去の人物になっていくことを恐れていた。
だが、ロアリィはインベクルと同盟を結んだコアペンス王国の姫君であり新たな婚約者。セスフィアもこの世にはもういないため、前に進まなければならなかった。
ロアリィは五年生のクラスを受け持つことになった。
女性担任のティーチェルと軽い挨拶を交わすと、彼女から資料を手渡された。
「クラスの児童の特徴を軽く書いております」
ティーチェルが説明している間にロアリィは資料を読み始め、児童の写真を見て感激した。
「可愛い~! わ、わたくし、この子たちの担任になるのですか?! とても楽しみです! インベクルは正義の国なので、きっと子供たちも良い子ばかりなのでしょうね」
「まぁ、半々ですね。良い子もいれば、まだまだイタズラ盛りな子もいます。そうでなくても、五年生は難しい年頃なので……」
ティーチェルが苦笑いをして言うと、フィトラグスがやって来て「思春期に入る時ですからね」と話に入って行った。
彼に気が付いたティーチェルは深々と頭を下げた。
「ご無沙汰しております、フィトラグス様。超龍討伐とディファート保護の活動、お疲れ様でございます」
「かしこまらないで下さい、ティーチェル先生。昔みたいに生徒のように扱って下さい。王家の人間ですが、今までもこれからも先生の生徒なのですから」
きょとんとするロアリィを置き去りにするように、二人は楽しそうに会話を弾ませた。
フィトラグスはかつてこの学校に通っており、六年の時にティーチェルが担任を受け持っていた。そのため、二人は教師と教え子の関係だった。
「まさか、フィトラグス様を担当して下さった方と働けるなんて、わたくし感動しております!」
興奮するロアリィへ「大袈裟ですよ」フィトラグスが苦笑いをした。
本来なら「大袈裟だぞ」とタメ口でからかうように言いたかった。これはかつての婚約者・セスフィアの影響だった。
セスフィアとは物心がついた頃から、政略結婚を前提に付き合って来た仲。しかし、親同士が決めた仲とは思えないほど彼女とは意気投合し、友人同士のようにタメ口で話して盛り上がった。
そして、セスフィアは一歳年下なのにフィトラグスよりもしっかりしており、彼女を姉のように慕っていた。
今のロアリィはセスフィアと顔はよく似ているが常に緊張しており、言葉遣いは丁寧だがどこか抜けている感じがした。
それでも、フィトラグスは何とかロアリィを受け入れようと努めるのであった。
この後ロアリィはティーチェルと共に教室へ行ったため、彼は一旦城へ戻ることになった。
実はダトリンドから「ロアリィ様の送迎をして欲しい」と頼まれていた。何故なら、ロアリィの父・ラヨールが娘をかなり心配しているため、定期的に彼女の近況を通信で報告しているのだ。
国王が直接行くとなると職員らも気を遣うし、児童も気を張ることとなるので、卒業生のフィトラグスが行くことになった。
彼も一国の王子だが成人し公務が始まってからも、たびたび初等学校を訪れていた。歳の離れた弟・ノティザが生まれてから子供好きになった影響もあった。
フィトラグスにとってロアリィを見守る依頼は苦痛では無かった。
ただ、彼女を見るたびにセスフィアを思い出すことは除いて……。
◇
その頃のインベクル王国周辺の草原。
ユアはレベル1のスライムを倒したばかり。
武器のチアーズ・ワンドをしっかり握り、新たに現れたスライムに挑む。
やはり外見の気持ち悪さが気になり自分から進めず、あちらから襲い掛かって来た。
「来ないで~!!」
ユアが叫ぶとチアーズ・ワンドの先端からビームのような光が発射された。
光が当たったスライムは一発でやられ、黒いモヤとなって消えて行った。今度はちゃんと、自分の武器で倒すことが出来た。
「よっしゃ! また勝ったぜ!」
オプダットを始め、他の仲間からも拍手と歓声で喜んでもらえた。
ソールネムとチェリテットは、チアーズ・ワンドの力を初めて目にしたのであった。
「それがディンフルのお兄さんに食らわせた一撃なんだね」
「見た感じ威力は強くないけど、これから経験を重ねていけば、より強い力を得られるはずよ」
分析、解説した後でソールネムは「あと……」とつぶやいた後で続けた。
「戦う時に受け身になってはいけないわ。スライムの見た目も慣れて来るけど、相手に先制を許したら命取りになることもあるのよ」
「は、はい……」
その後もユアはたくさんのスライムを倒し続け、レベルも少しずつ上がって行くのであった。




