第28話「新たな出会いと過去への想い」
インベクル王国。
今日からユアの参戦前修業が始まる。だがディンフルは休養のため、フィトラグスはこの一週間滞在する隣大陸の国の姫君を迎えるため、しばらく同行は出来ない。
修行にはティミレッジとオプダット、交代でソールネムとチェリテットが立ち会うことになった。
◇
インベクルの城門。
フィトラグスと国王ダトリンドは、緊張した面持ちで隣大陸の王と姫を待った。
特にフィトラグスは自身の婚約者ということもあり、顔が強張っていた。
「そんな顔では姫君が怯えてしまうぞ」
「は、はい……」
ダトリンドは息子の首元に光るものを見つけた。
よく見るとそれは、三センチほどの楕円形の飾りがついたペンダントだった。
「フィトラグス、それは……?」
「ご到着です!」
ダトリンドが指摘しようとすると、兵士が大声で報告した。
まもなく国王と姫を乗せた馬車が現れ、城門の前で止まった。
馬車の戸が開くと、えんじ色のコートを着た白髪頭の国王と、薄い赤色のウェーブヘアに白のワンピースを着た若い女性が姿を現した。
「お、お初にお目にかかります……!」
女性はかなり緊張しており、先ほどのフィトラグス以上にガチガチとしていた。
フィトラグスが姫君である女性を一目見ると、衝撃が電流のように体中を駆け巡るのであった。
やって来たのは隣大陸にあるコアペンス王国のラヨール国王とロアリィ姫。
コアペンスは数ヶ月前にディファート保護のためインベクルと同盟を結んだ国であるが、王子と姫君が直接会うのはこれが初めてだった。
彼女が一週間、インベクルに滞在するのは理由があった。
「ロアリィには将来インベクルの姫になっていただきたく、早くこちらに馴染んでもらうためにも今日から一週間、教師体験をしていただきます」
「教師体験……?」
フィトラグスは目を丸くした。
姫君を新しい環境に慣れさせるのはともかく、「教師」が出て来ることに理解し難かったからだ。
横からダトリンドが説明した。
「ロアリィ様は昔から子供が好きで、教師になるのが夢だった。しかし、このインベクルとも同盟が決まり、近い将来はお前と結ばれる仲。二十歳になってからは多忙な日々が約束されるゆえ、十九である今の間に経験することが決まったのだ。その方が子供たちとその親から顔を覚えてもらえるし、国に早く馴染む良い機会だと思ったのだ」
「そうだったのですか」
姫君の夢を知り、フィトラグスは説明に納得した。同時に、子供が好きなら弟のノティザとも仲良くなれると思っていた。
しかしそのノティザも修行に出ており、今は城にいなかったのでフィトラグスをまた寂しい気持ちが襲った。
「娘の長年の夢です。国に馴染むことも兼ねて、どうかよろしくお願いいたします」
国王のラヨールが深く頭を下げた。
それを見たロアリィも真似して、頭を下げる。
顔を上げると、明るくハキハキと言い始めた。
「わたくし、インベクル王国を尊敬しております。王家、国民ともに正義感が強いとお聞きしているので、これから教えに行く子供たちも良い子たちだと思うと、今から楽しみで仕方がありません」
「気に入っていただけて何よりです」
フィトラグスは穏やかに返すが、内心は別のことが気になっていた。
インベクルは、ディンフルが異次元から人々を戻してから謝罪に来た日、国民全員で彼を罵倒した後、熟れたトマトを投げ付けたことがある。
それを思い出し、「あれは正義だったのか……?」と疑問に思うようになっていた。
「心配事が多く、ご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
ラヨールは再び頭を下げた。今度は先ほどより声のトーンが低かった。
「ご心配なさらず。ロアリィ様なら良い教師になれると思います。もし、行き詰った際は我々でしっかりサポートいたします」
ダトリンドがラヨールをしっかりと気遣って言った。
◇
王子と姫のみの時間となり、二人で無難な話をして過ごした。
しばらく話しても、緊張は解けないままだった。
「あの……、もしよろしければ、私を“フィット”と呼んでいただけませんか? そして、敬語も使っていただかなくて結構です。その方が、早く距離も縮まると思うので」
フィトラグスの愛称「フィット」は、ディンフルを倒すための旅でオプダットから付けられたものだ。
愛称とタメ口ならすぐに打ち解けられると思い、提案してみた。ロアリィの緊張具合は話していても手に取るようにわかったからだ。
「つまり、友人同士のようにお話をすると言うことですか? それはなりません! いくら将来の夫婦となるご関係でも、互いに敬うためにも敬語は続けた方がよろしいと思います!」
「い、いきなりではハードルが高かったですね。申し訳ありません……」
まさかの反対意見にフィトラグスは度肝を抜いた。
しかしよく考えたら、王家の者同士。初日から愛称とタメ口では、姫には抵抗があったのだと思った。
今は無理でも、いずれ友人のように会話が出来るだろうと思い、しばらくはフィトラグス側も姫に様付けで敬語で話すことに決めた。
ロアリィがラヨールに呼ばれその場を離れると、フィトラグスは一人になった。
その間に、首から下げていたロケットペンダントをこっそり開けて、中に入れていた写真を見つめた。
そこには、今まで話していたロアリィとそっくりな女性の顔があった。
◇
走る馬車の中。
「フィット、大丈夫かな?」
イポンダートからもらった衣装に着替えたユアがつぶやいた。
白いノースリーブのTシャツ風の服の上に前後非対称の形の赤いケープ(背中側の裾は長く、尖った形をしている)、肘までの薄茶色の長い手袋、ピンク色の膝丈のバルーンパンツ、濃いピンク色のショートブーツと、フィーヴェの住人と同じ出で立ちとなっていた。
「人より自分の心配をしなさい。あなた、今日から戦うのよ」
「うぅ……」
ソールネムからごもっともな言葉を投げかけられ、ユアは唸った。確かに、今は自分が一番心配される立場だった。
「フィットは幼少期から王家の集まりには慣れているから大丈夫よ。それに比べて、あなたは人生初の戦いでしょ?」
「はい……」
ソールネムに言い負かされるユアを見て、チェリテットとティミレッジも不安な顔をした。
「でも、フィットも心配だよ。だって、相手は新しい婚約者でしょ?」
「フィットも人生が掛かっていますよ。何より……」
ティミレッジは途中で言葉を切ると、提げていた革袋から一枚の紙切れを取り出した。
「今回お会いする婚約者の写真を見て驚きました」
「もう写真が出回っているのか?」
「今朝の報道紙に載ってたんだ」と、ティミレッジは紙切れをオプダットたちへ見せた。
「報道紙」とはフィーヴェで毎日出回る情報が書かれた紙で、リアリティアで言う「新聞」だった。
婚約者・ロアリィの写真を見たユア以外の者たちは驚きの声を上げた。
「ど、どうしたの?」ユアだけ状況が理解出来なかった。
「あなたは知らないかもしれないけど、フィットには幼少期から結婚を約束した相手がいたの」
「えっ? 今回が初めてじゃないの?!」
「今回は二度目。でも昔から付き合っていたお姫様は、フィットが十五の時に亡くなってしまったんだ」
ソールネムとチェリテットから教えられたユアは言葉を失った。
フィトラグスも大切な人を亡くしていたことを知ったからだ。これは攻略本にも公式サイトにも載っていない新たな情報だった。
「そして、今回の婚約者……当時フィットが亡くしたお姫様と瓜二つなんだよ。だから、初めて会った時にどう思うか……」
ティミレッジが心配そうにつぶやいた。
「却ってその方がいいんじゃねーの? 昔付き合っていたお姫様と顔が似てるなら、当時の人と同じように愛情深く付き合えるじゃん!」
緊迫した中、オプダットが明るく言った。
「似てるのが顔だけで中身は別人だったら? そっちの方が辛いと思うよ」
ティミレッジが言い返した。
オプダットが口をつぐむと、馬車の中は沈黙に包まれた。
◇
一方、フィトラグスもロケットペンダントの中を見て、かつての婚約者へ想いを馳せるのであった。




