第21話「不本意な約束」
ユアはクルエグムを引っ張って近くの公園に着くと、彼の腕を離した。
なるべく弁当屋から距離を取りたかったのだ。
「へ~え。あの店とババアを守るために引っ張り出したのか。俺が怖いくせにな!」
見透かされていた。
相手を連れ出したのは彼の言う通り、弁当屋とまりねを守るためだった。
「しかも、ディンフルと出会った公園に連れて来るとはなぁ」
「何で……?」
ユアは目を見開いて、感心しながら言うクルエグムを見た。
彼と会ったのは二度目だが、ディンフルとの関係は一切話していない。
「知ってるんだぜ。お前がリアリティアって世界の奴ってことも、ディンフルが目当てで来たことも、この世界の弁当屋で働いてることもな!」
「な、何で知ってるの……?!」
「こいつを奪ったガキに、過去と現在を見る力があるんだよ」
クルエグムは言いながらイマストVの攻略本を取り出し、片手でユアへ差し出した。
「黒マスクの奴は本好きだが、そいつ曰く、何書いてるかわからなかったそうだ。だから、もう必要ねぇ」
「そ、そう……」
本を受け取りながらも、ユアの頭はこんがらがっていた。
自分の知らない間に相手には情報が知られていた。小学校から中学校ヘ上がる際に、まだ一度も同じクラスになったことがない者から意味なく笑われたり睨まれたりした時と同じ気持ちになった。
同時に疑問が湧いた。
イマストVは、リアリティアでは全世界の言語に対応している影響からか、ディンフルたちはリアリティアでも文字が読めるし言葉も話せる。
それを考えれば、クルエグムらもリアリティアで作られた攻略本が読めるはずだった。
もしかすると、ボツキャラということが関係しているのかとユアは思った。
ボツキャラはディンフルら登場人物とは違ってゲーム本編に出ていないため、「全世界対応」の要素が行き渡らず、リアリティアの言語がわからないのではと考えた。
そう考えているうちにクルエグムから切り出した。
「今日はお前に頼みがあって来た」
彼はまた不敵に笑うと、たった一言を口にした。
「俺と付き合え」
ユアは一瞬、何を言われたのか理解出来ず、すぐに返事が出来なかった。
「な、何を言っているの……?」
「”俺と付き合え”って言ってんだよ」
「それって、愛の告白……?」
「想像に任せる。ただ、ディンフルなんかを好きになったって、ろくなことねぇぞ」
クルエグムは、ユアがディンフルを好きだとすでに知っていた。だから、告白めいたことを言っているのだと思った。
ユアはもちろん受けるつもりは無いため、勇気を出して断った。
「つ、付き合いません!」
「お前、ゲームのキャラが好きなんだろ? 俺も一応、イマストって作品のキャラなんじゃねぇの? 本編には出てないらしいが」
「あなたは昨日、私を殺そうとしたじゃない!」
「そういうお前も、ヴィへイトル様を傷つけたな?」
ユアが反論するも、即座に言い返された。
だが、ヴィへイトルに一撃を食らわせたのは彼女が仲間たちを守るための行為。悪いことをしたつもりは無かった。
だんまりを決め込んでいると、クルエグムが口を開いた。
「だから、おあいこだ。今回は大目に見る。御本人もそこまでダメージじゃなかったからな」
彼からは仕返しをする素振りが感じられない。
だが、それはそれで恐ろしかった。「大目に見る」と言っていても、怒らせると何をするかわからない相手だ。忘れた頃に報復が来るかもしれないと考えられた。
「だから安心して、俺と付き合え」
「付き合いません!」
ユアは今度はきっぱりと拒否した。
「私だけじゃなくて、仲間たちも傷つけたでしょ? フィットにも剣を向けて!」
「あれは脅しだよ。少し血を流させようとしただけで殺そうなんて思ってねぇ。ほら、あいつって偽善の国の王子だからさ」
「偽善じゃない! フィットは今、ディファートのために頑張ってるの! ティミーもオープンも、ディン様だって……!」
ユアは恐怖を堪えて、出来る限り言葉を絞り出して反論し続けた。
クルエグムもイマストのキャラだが、共に旅をして来たフィトラグスたちの悪口は許せなかったのだ。
「だから、ディンフルはやめとけ! あんな中途半端な魔王!」
ディンフルの名前を聞いた途端、クルエグムは憤慨しながら否定した。
「俺らはあいつを信じて手を貸したんだ。それなのに、次々と人間を見逃しやがって……!」
ディンフルは人間を殺さず、異次元へ送るなどして排除していた。それは亡き恋人・ウィムーダの遺言を守っていたからだった。
だが、仲間だったクルエグムら三人衆からすると、当然面白いことではなかった。
「ディン様は優しい人だから」と言おうとしたユアに「損はさせねぇぜ?」と、クルエグムは先手を打ち出した。
「今の弁当屋、苦しいんだって?」
突然聞かれた内容にユアは再び目を見開いた。
弁当屋で働いていることだけでなく、経営状態まで把握されていたからだ。
「さっきも言ったが天然パーマのガキ、過去と現在を調べられるんだ。お前が出入りしてる弁当屋が儲かってねぇのも知ってんだ」
弁当屋が話に出され、ユアはもう嫌な予感がした。
「俺と付き合ってくれたら、毎日買ってやる」
見事に的中した。
彼はさらに「あそこ以外に行くとこねぇんだろ?」と付け足した。
ユアは先ほどと違って、拒否が出来なかった。
クルエグムとは付き合いたくないが、弁当屋の危機も気掛かりだった。
相手が迷っている様子を彼は楽しそうに見つめ、さらに続けた。
「あとな、ディンフルの城を返してやってもいいぜ?」
「ディン様の……城?」
何を言われているかわからず返答に困ったが、しばらくするとその意味がわかってきた。
先日、ディンフルは拠点にしていた城を何者かに奪われ、部下のサーヴラスと共にインベクル王国へ身を寄せて来た。
胸騒ぎが再びユアを襲う。
「もしかして、あなたたちが……?!」
「そ。打ってつけの建物だから、ちょっと借りてんだ」
「ひどい……。そうでなくても、ディン様は住むところが無いのに!」
「あいつだって俺らにひでぇことしたんだ! これぐらい当然だろ?!」
ユアはクルエグムへ、恐怖から怒りの感情が募って来た。
構わずに彼は楽しそうに言い続けた。
「そうそう。最近のフィーヴェ、邪龍でパニックになってるらしいな? あれもヴィヘイトル様のお力だ」
「邪龍も?!」
クルエグムが得意げに次々と衝撃の事実を告げる。
ユアの怒りはついに爆発し、精いっぱい声を張った。
「だったら、なおさら付き合わない!!」
「そんなこと言っていいのかぁ?!」
ユアの再度の拒否にクルエグムも負けじと大声を上げた。
さらに目を見開き、狂ったような笑みを浮かべていた。
「俺と付き合ってくれたら“弁当を毎日買う”、“ディンフルの城を返す”って言ったよな? 付き合わなかったら、逆のことをしてやる!」
「逆のこと……?」
「あの弁当屋を潰して、ディンフルの城も返さねぇ! 邪龍も、もっと増やす!」
突然の提案にユアから一気に怒りが消え、信じられないような表情で彼を見ながら「卑怯者!」としか言い返せなかった。
弁当屋とディンフル、フィーヴェの未来が自分に掛かっているとなるとさらに怖くなり、わずかしか声が出せなかった。目の前の相手なら、すべてやりかねないと思ったからだ。
「卑怯でけっこう! 俺はこんなやり方でしか生きられねぇからな!」
一方、クルエグムはまったく怯んでいなかった。
むしろ褒め言葉に捉えており、より楽しそうに笑った。
「さあ、俺と付き合うか? 潰れる店を見守るか? フィーヴェも滅ぶぞ!」
クルエグムとは付き合いたくない。だが拒否すると「ネクストドア」が襲撃され、邪龍の数も増え、ディンフルの城も戻って来ない。
ユアは答えられず、頭が痛くなるほど悩み始めた。
「何してるんだ?!」
そこへ、心配したキイが公園まで追い掛けて来た。
「ユアから離れろ! まりねさんから話は聞いているぞ!」
「……今日はここまでだ。いい返事を期待してるぜ、ユア」
キイが来たため、クルエグムは最後にユアの名前を強調して呼ぶと、魔法を使ってその場から去って行った。
ユアの胸に、強いモヤモヤが残ってしまった。




