第2話「それぞれの今」
ユアは現在、女子寮「アクセプト寮」から近所にある弁当屋で働いていた。
育った養護施設「グロウス学園」の職員補助が新しい人に代わったため、転職していた。
来春の大学入学も目指していた。それまでにお金を貯め、勉強もコツコツと頑張っていた。
ディンフルは邪龍や魔物が大量に猛威を振るっているので、国王からその退治を任されていた。
ディファートそのものはフィーヴェで保護される対象となったが、理解者はまだ少なかった。
邪龍と魔物退治は、自身とディファートの信頼回復のためでもあった。
フィトラグスはディファートを受け入れる国作りの準備を進めていた。
邪龍問題も視野に入れていたが、それは魔導士らやディンフルに任せていた。
ティミレッジは世界中に蔓延る邪龍について、ソールネムら魔導士と共に研究していた。
もちろん退治にも参加しており、国王に依頼された魔導士と共にディンフルに力を貸していた。
オプダットは故郷でチェリテットと共に、ディファートが暮らせる集落作りを任されていた。
だが、彼の言い間違いが多く、新たに出会ったディファート含めた者たちから「勉強からやり直した方がいい」という意見も少なくなかった……。
このように、超龍と戦った一行はユアを含めて、それぞれ忙しく過ごしていた。
◇
ミラーレに行った翌週、ユアは再びディンフルと会う約束をした。
「しばらくは会えない」と言われたが、前日に彼から「久方ぶりにリアリティアを見たい」と急に誘いが来たのだ。
待ち合わせはユアが住むアクセプト寮の前。
わくわくしながら門の前で立っていると、リアリティアの青年・ディーンの姿になったディンフルが歩いてやって来た。
「待たせたな」
これは彼のマントを使った変身魔法。
リアリティアでは、イマストVは知名度があり、魔王のままでは人々から注目を集めるからであった。
やって来た彼をユアは喜んで迎えるが、同時に違和感を覚えた。
「歩いて来たの?」
いつもディーンは魔法でユアの前に現れるが、今日は何故か道を歩いて来た。
「これには理由がある。来い!」
ディーンは急に後ろを向いて呼びかけると、曲がり角の塀から赤茶色のウルフカット、紺色のショートヘアに丸眼鏡、そして色黒で金髪の出で立ちをした三人の青年がやって来た。
「どなた……?」
ユアは目を丸くした。
ディーンが連れて来るということは異世界の者に違いないが、彼らは初めて見る顔だった。
呆然とするユアを見て、ディーンたちは一斉に笑い出した。
「本当にわからぬのか?!」
「わ、わかんないよ! 初めて会うもん!」
「初めてじゃないよ、ユアちゃん!」
紺色ショートヘアで丸眼鏡の青年が、笑いながら言葉を発した。
彼の声と呼び方に、ユアは聞き覚えがあった。
「も、もしかして、ティミー?!」
「あったりー!」
言い当てられ、青年は嬉しそうに笑った。
「ということは……?」あとの二人を見ると、すぐに答えが出た。
「フィットとオープン?!」
「ご名答」とクールな赤茶色のウルフカット。
「正解!」と親指を立てて「いいね」の手をする色黒の肌をした金髪。
言い終えてから「“ご名答”って何だ?」と質問すると、あとの四人がずっこけた。
三人とも、ディンフルと同じようにリアリティアの青年へと姿を変えていた。
ユアは驚きすぎたが、何とか声を絞り出した。
「な、な、何で……?」
「魔法のレベルを上げて、リアリティアへ来られるようになった話はしただろう? それと同じで、変身魔法も強化したのだ」
ディンフルの変身能力は、以前は魔力を大幅に消耗するため一日に一度しか使えなかった。
「本当に努力家だな……」とユアは改めて彼の凄さを知り、脱帽するのであった。
「ディンフルさんから聞いたよ。こっちの世界じゃ、僕たちの知名度があるから普通に出歩けないって」
「だから、マントを借りて姿を変えたんだ!」
「かぶる時に抵抗はあったけどな……」
変身したティミレッジとオプダットが言った後で、フィトラグスが気まずそうに言った。
気になったユアが尋ねた。
「何で?」
「だって、魔王の使い古しを頭からかぶるんだぞ……」
彼の不満に、ディーンがカチンと来た。
「定期的に洗っているがな……。文句があるなら、お前だけ元の姿のままでいいのだぞ。そして、リアリティア中から注目を浴びまくれ」
「それがイヤだから、お前のマント使ってやったんだが」
「“使ってやった”だと? 妙に、上から目線だな」
敵対していた時ほどではないが、軽く険悪な空気に包まれる。
ユアは、あとの二人へ耳打ちした。
「ど、どうしたの……? 仲良くなったんじゃなかったの?」
「意見の食い違いが多くて、元どおりになったんだよ……」
「で、でも、前みたいに剣を出すことは、なくなったぜ!」
馬が合わないらしい二人。
しかし、ディファートを守りたいという思いは両者共通なので、戦い合うことはなかった。
それだけでもユアは安心した。
「それより、今日はどこへ行くんだ? ディンフルのオススメの店があるらしいが?」
「そうだ。それよりもだな……」
フィトラグスに名前を呼ばれ、ディーンは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「この姿で本名はやめた方がいい。仮の名前を決めた方が後々、楽である」
「仮の名前?」
目を丸くするオプダット。
「リアリティアは妙にややこしい。何かと名前を聞かれることがあるからな」
「噂には聞いてましたが、フィーヴェ特有のシステムがあるみたいですね?!」
「そういうのがあるなら、言っててくれよ。前の晩から考えて来るのに……」
今から目を輝かすティミレッジと、対照的に文句を垂れるフィトラグス。
「まあまあ。今から考えよう! ディン様が本名をアレンジした“ディーン”だから……」
ユアはディンフルの時のアレンジにヒントを得て、フィトラグスらへ提案した。
「ラルス、ティム、ダットってどう?」
「フィトラグス……最後の“ラグス”を変えたのか?」
「僕のは“ティミー”を縮めたの?」
「俺のは最後からそのまま取ったんだな? いいじゃねぇか!」
「僕も賛成!」
「これなら、バレなくて済むな!」
三人全員、賛成だった。
名前も決まったところで、ディーンは四人をある店へ連れて行った。
◇
やって来たのは、ユアとディーンオススメのラーメン屋。
ここに来て、もう何度目かになるので大将とも顔なじみになっていた。
「おや? 今日は友達も一緒かい?」
「ああ。今日は、ボックス席を希望だ」
ディーンの提案で、大将は空いていたボックス席に五人を通した。
何度も通ううちにディーンは、店の構図がすっかり頭に入っていた。
「ここが例のラーメン屋さんですか?」
「そうだ。お前たちは食べたことがないだろう? 一度食べてみてくれ。やみつきになるぞ」
得意げに話すディーンを見て、他の三人は絶句した。
「何だ……?」
言葉を失う彼らに、ディーンが思わずムッとした。
「お前、食に対してニヤニヤする奴だったか……?」
「“ニヤニヤ”とは何だ?! 美味いから勧めているのだろう!」
ラルス(フィトラグス)の言い方へディーンが怒鳴ると、横からティム(ティミレッジ)とダット(オプダット)が諫めた。
「まあまあ! フィット……じゃなくて、ラルスは驚いたんですよ。ディーンさんが、何かをオススメするのは初めてなので……」
「そうそう! 俺らもビックリしたが、ディンフルが勧めるってことは相当美味いんだろ? 楽しみだぜ、そのダーメンっての!」
「“ラーメン”だ! あと、名前も“ディーン”と呼べ!」
テンションが上がり、つい大声になるダットへディーンがツッコんだ。
ダットが言い間違う上に、うっかり本名を呼ぶという予感が的中し、ユアは冷や汗をかいた。
せっかく楽しい時間を過ごすので、ゴタゴタが起きる前に早々とラーメンを注文した。
店は混んでいなかったので、ラーメンはすぐに来た。
「もう良い匂いだぜ!」
ダットは犬のように鼻をひくひくさせた。
ラーメンと受け取ると、ラルス、ティム、ダットが麺を一口食べた。
「うっま!」
「美味しい!」
「うめ~!!」
三人同時に感動の声を上げた。
さらに、ティムがレンゲでスープをすくって飲んだ。
出たのは、やはり褒め言葉だった。
「こんなスープ、飲んだことありません……!」
「そうだろう?!」
ディーンも共感するとラーメンを一口食べ、「いつ食べても美味い……!」と頬を緩めた。
四人の感動する姿をカウンターから見ていた大将は「俺のラーメン、みんなも気に入ってくれたのか……」と、嬉し涙を流すのであった。
やり取りを見たユアは、店内にいるわずかな客から注目を浴び、恥ずかしくなった。
そしてこの時、ディーンたちにあるものを勧めようと決心するのであった。




