第1話「久しぶりの弁当屋」
前作のあらすじ
生まれつき空想世界へ行ける力を持つユアは、待ちに待った新作RPGゲーム「イマジネーション・ストーリーV」(イマストV)の発売を迎えた。推しはラスボス・ディンフル。
彼と同作品のキャラたちとも出会い、様々な出来事を通じて絆を深めるのであった。
初夏。
ミラーレという名の世界にある弁当屋「ネクストドア」は、今日の売り上げも好調だった。
この日はその弁当屋に、異世界からユアとディンフルが客として来ていた。
「ユアとディンフルと出会って半年か。今年の一月に助太刀として来てくれたのが始まりだが、時が経つのは早いな」
青い髪の青年・キイが二人の来店を喜んでいた。
弁当屋にはイートインがあり、ユアとディンフルは買ったばかりの弁当を食べていた。
「う~ん……、やっぱり美味しい!」
目を閉じ、味を堪能するユア。
今日はトレードマークのピンク色の髪を、二つに下げていた。
衣装も夏にぴったりな薄いピンク色のワンピースを着ていた。
「いつ食べても美味だ」
対照的にディンフルは冷静に味わっていた。
紫色の長い髪に黒いマントという、いかにも魔王らしい風貌をしていた。
ここミラーレでは、彼が出るイマスト(「イマジネーション・ストーリー」の略称)というゲームは知られていないので、正体を隠す必要はなかった。
二人が弁当の味に感動していると、とびらが声を掛けて来た。
「でしょ?! うちの弁当、世界一なんだから! 他のどの異世界にも負けてないんだよ!」
得意げなとびら。
外から入る陽射しで、彼女のオレンジ色の髪がキラキラと輝く。
「異世界のどこかに惣菜界という世界があるらしい。そこと勝負してみたらどうだ?」
異世界を巡って来たディンフルが提案する。
他の者は「惣菜界」という名前を初めて聞き、どんな世界なのかと頭をひねり出す。
「惣菜」という言葉で、とびらの母・まりねはあることを思い出した。
「そうそう、ディンフルさん。この間、提案してくれたお惣菜、とっても良かったわ。一時間もしないうちに完売よ!」
「そんなにか……?」
ディンフルが驚きのあまり、食べる手を止めてしまった。
聞いていたユアも、同じように手を止めた。
「この間?」
「お前たちと別れた数日後に、ここへ来たのだ。そしたら、珍しくキイが落ち込んでいてな」
「うっ……!」
名前を出されたキイ本人が肩を震わせた。
髪色と同じく、顔まで青くなった。
「どうしたの?!」
ユアが心配で声を掛けた。
「キイ君、砂糖と塩を間違えてお客さんに出しちゃったんだ。でも失敗を許してくれる人だったし、大丈夫だよ!」
とびらが明るく説明した。
「大丈夫じゃない! あの人だから良かったものの、病気がある人だったら命に関わってたんだぞ!」
「そうよ! 中には塩分または糖分を控えなきゃいけないお客様だっているんだから!」
キイに続いてまりねも声を荒げると「ごめんなさい……」と、とびらが失言を認めて謝った。
「それで、ディン様が手伝ってあげたの?」
「……優秀な者が落ち込んでいては、手を貸さずにおれぬだろう」
ユアに聞かれ、ディンフルは渋々と答えた。
「相変わらずツンデレなのね」と、まりねがイタズラっぽく笑う。
「べ、別に心配などしていない! キイが凹めば、まりねが苦労するからだ! そうでなくとも、ドジな店員がいると言うのに!」
ツンデレを発揮するディンフルへ、とびらが「ドジって私のこと……?」と気後れしながら尋ねた。
ドジの自覚はあるようで、がっくりと肩を落とした。
店内に客が増えて来たので、ユアとディンフルは弁当屋の奥の食卓に移動した。
店をとびらとキイに任せ、まりねが二人と話すことになった。
「ディンフルさんは相変わらず、魔物退治してるの?」
「ああ。毎日出るが、強くはないゆえにウォーミングアップにもならぬ」
「頑張ってるのね。ユアちゃんは何してるの?」
「施設を出て、今は女子寮で暮らしてる。勉強しながら近所の弁当屋で働いてるんだ。ここでの経験が活きてるよ!」
ディンフルは初耳らしく、わずかに目を見開いた。
「弁当屋……? 職員の補助はどうした?」
「辞めた。四月に新しい職員さんが来て、補助もその人がすることになったんだ。園長ら職員は温かく送り出してくれたよ。“困ったことがあったら、いつでも来ていい”って」
「そうか。円満で辞めたのなら良い」
「ディンフルさんから聞いたんだけどユアちゃん、リアリティアって世界で嫌な目に遭ってたんですって?」
まりねの質問に、ユアの表情が少しだけ曇った。
「ま、まぁ……」
曖昧にしか答えられないユアを察したディンフルが、代わりに答えた。
「ユアをいじめていた元社長令嬢からは、もう離れられた。今は、一切関わっていない」
「それなら、良かったわ」
「うん! それもこれも、ディン様が助けてくれたから!」
「俺がリアリティアに着いた時、真っ先に泣いていたのは誰だ? そんな顔を見せられると、助けずにおれぬだろう」
ディンフルが当時を振り返ると、まりねは余計心配になった。
「ユアちゃん、そんなに辛かったの?!」
「な、泣いてませんから!」と言いながらも、半泣きで反論するユア。
◇
楽しい時はあっという間に過ぎ、ユアとディンフルが帰る時間になった。
「今日はわざわざありがとうね」
二人へ礼を言うまりね。
ユアも見送りに来たまりね、とびら、キイに感謝した。
「こちらこそ。また来てもいいかな?」
「もっちろん! ここは、ユアちゃんのお家なんだから!」
「またリアリティアで辛くなったら、いつでも来てよ! 部屋もそのままにしてるから!」
まりねととびらは、いつでもユアを受け入れる気でいた。
二人の気持ちにユアが心から感謝していると、ディンフルが苦言を呈した。
「出来れば、自分の世界で暮らした方が良いが?」
「な、何で?」
「ユアは長年、リアリティアで生きて来たのだ。あちらのルールもほとんど理解している。だが、こちら異世界はリアリティアとはるかに違う。ましてや、ユアのことだから覚え直しが大変である」
「“ユアのことだから”って何?!」
「だから、なるべくリアリティアで生きた方が良い」
ディンフルが本人を無視して結論を言うが、ユアは納得するしかなかった。
(異世界育ちのディン様が来て早々、リアリティアで騒動を起こしてたのも、文化が違うからだったね。ディン様は勉強家で負けず嫌いだから、すぐになじめたけど、私は時間が掛かるかもな……)
ディンフルは、ユアが今思ったことを心配して言ったのだ。
「でもミラーレは、リアリティアと似てるとこあるんでしょ? だったら大丈夫! 何なら、私が教えるし!」
ドヤ顔をしながら言うとびらを、キイが睨んだ。
彼女はミラーレに長年住んでいるが、ユア同様ドジが多いことを知っていたからだ。
ここで、ディンフルが話題を変えた。
「“リアリティアに似てる”と言えば、ミラーレにラーメンとやらはあるか?」
「ラーメン?」
彼の質問に全員が目を丸くした。
「あるが、どうかしたのか……?」
「あるのか?! 何故、教えてくれなかった?!」
突然、声を荒げるディンフル。
彼はリアリティアでラーメンを食べて以来、虜になっていた。
前回ミラーレに滞在していたのは、約一週間。
食べに行く時間はあったはず。
「今回は無理だが、次こそは……!」
ラーメンを食べることに命を懸ける勢いの彼を、ユアは心の中で呆れた。
(どんだけハマってるのさ……?)
怒りを表すディンフルの顔を、キイがまじまじと見つめていた。
「何だ? 何かついているか?」
「ディンフルって、そんなに表情豊かだったか?」
「は……?」
キイの言葉を聞いて、他の者もディンフルを覗き込む。
思えば、弁当屋で働いていた時の彼は人間嫌いの魔王だった。
もちろん笑みを見せることはなく、怒ることが多かった。
それでも言葉を荒げるだけで、表情はほとんど変わらなかった。
「私は元からこんな顔だ!」
「そうかしら? さっきも、ちらっと笑ってたわね? きっと色々あって、顔の筋肉が柔らかくなったのね。あーあ、写真に撮ってシオリンに見せたら喜んだだろうな~」
「シオリン」とはキイの母で、近所にあるキーワード図書館の副館長・シオリのことだ。
「わ、笑ってなどいない! あれは、ほくそ笑んだだけだ!」
「本当にツンデレだな……」
キイは呆れながら言った。
◇
弁当屋に別れを告げると、ユアとディンフルは二人が出会った公園に来た。
ミラーレを離れる時は、ここで別れる予定にしていた。
「私とディン様が出会った場所~!」
ユアは、出会った時にディンフルが眠っていたベンチに飛びついた。
「今日はありがとう。勉強も頑張るのだぞ」
「こっちこそ、ありがとう。“ミラーレに挨拶に行かなきゃ”って思ってたから、ディン様も一緒で心強かったよ」
「それは良かった」
「次はいつ会えそう?」
ユアはキラキラした目で尋ねた。
イマストVが出てもうすぐ半年。
彼女のディンフル推しはまだまだ健在で、出来るだけたくさん会いたかった。
「わからぬ」
ディンフルはユアから目を逸らしながら、たった一言で答えた。
素っ気ない感じを受けたので、ユアは彼を疲れさせていないか心配になった。
「やっぱり、頻繁に会うと疲れちゃう……?」
「そうではない。このところ、フィーヴェに“邪龍”という名の魔物が蔓延っているのだ。それも大量にな」
「邪龍って……?」
ユアは思い出していた。
三月頃に彼女を含めた一行は「超龍」という、フィーヴェ最大にして最強の魔物と戦った。
その超龍は、邪龍という狂暴な魔物が魔法で合体して作られた姿なのだと、戦いが終わった後で判明した。
「超龍を倒して、フィーヴェも平和になったと思っていたが、今度は大量の邪龍が人々を困らせている。もし、奴らがまた魔法で合体し、再び超龍が現れようものなら……」
ディンフルから事情を聞いたユアは、ぞっとした。
超龍の倒し方はわかっていたが、戦闘力に長けたディンフルでさえも苦戦したことを思えば、二度と会いたくないモンスターだった。
「実は、今日も依頼が入っていた。前からお前と約束していたので断ったがな」
「そ、そうだったんだ。ごめんね、忙しかったのに」
「気にするな。そういう理由で、しばらくは会えぬ。お前も、極力フィーヴェには来ない方がいい」
「わかった……」
しばらくディンフルとは会えないが、ユアは仕方がないことだと受け入れた。
二人で別れの言葉を交わすとディンフルはフィーヴェへ、ユアはリアリティアへ帰って行った。




