第14話「三人衆」
フィトラグス、ティミレッジ、オプダットの三人は、無差別襲撃事件の犯人であるディファートに襲われ、大きなダメージを受けていた。
「よっわ。大したことなくて、だる……」
黒マスクの青年は気だるく皮肉を言った。
「これがディンフルや超龍からフィーヴェを救った勇者か。聞いて呆れるぜ」
尖った耳の青年はパーティを侮辱した後で、フィトラグスの後ろ髪を引っ張った。
「ぐっ……」
「お前、正義の国の王子らしいな? 正義の味方って割に、ディファートは救えてねぇじゃねーか!」
「そんな人に正義は名乗らないで欲しいよね~」
「そういうの、“偽善”って言うんだよ」
文句を垂れる尖った耳の青年の次に、オレンジ髪の少年が楽しそうに言いながらやって来た。
最後に黒マスクの青年がため息まじりに茶化した。
「ディファートは保護することになった……。今は理解者が少ないが、君たちも、必ず助けるから……」
「ウソつくな!」
痛みに堪えながらフィトラグスが説明するが、尖った耳の青年は信じなかった。
「本当だよ……。今フィーヴェは人間とディファート、仲良くする世界になってんだ……」
「そんなの夢物語だね」
倒れた体を起こしながらオプダットも説得を始めるが、黒マスクの青年は吐き捨てるように言った。
「辛い目に遭って来たんだろうけど……、こんなことしたら、逆効果だよ。そうでなくても……」
「弱いくせにうるさいよ!」
続けてティミレッジも諭すが、少年が遮った。
三人の説得をディファートたちは聞こうとしなかった。
尖った耳の青年は持っていた剣の刃を、フィトラグスの首に当て始めた。
「フィット?!」
オプダットとティミレッジが立とうとすると、あとの二人がその前に立ちふさがった。
剣を向けた青年は楽しそうな表情を浮かべていた。
「フィーヴェ代表国家の王子を殺せば、世界はどう思うかなぁ?」
「ダメだ! 人間との争いが始まったのは、大昔にディファートが人間の王子を殺したからだ! 同じことをしたら、なおさら両者の溝が深まる!」
ティミレッジは体を起こせず、声だけを張り上げた。
それでも敵は剣を降ろそうとしなかった。
「溝なんて今さら埋められねぇだろ。それもこれもみんな、てめぇら人間のせいじゃねぇかよ!!」
「やめて下さいっ!!」
尖った耳の青年が怒鳴ると、同じ声量でユアが叫んだ。
彼女は全員の注目を浴びながら、フィトラグスたちの近くまで来た。
「ユアちゃん、帰ってなかったの……?」
「早く帰れ! ここは危ないぞ!」
ティミレッジとオプダットの制止も聞かず、ユアはおそるおそる、尖った耳の青年を見つめた。
青年は凝視して来る彼女へ訝しげに睨みつけた。
「何だよ……?」
「あ、あなたたち……クルエグム、レジメルス、アジュシーラだよね?!」
ユアが敵の三人へ大声で尋ねると、彼らは驚きで目を見開いた。
「な、何で、オイラたちの名前、知ってるの……?」
「その攻略本に書いてあるから!」
オレンジ色の天然パーマの少年・アジュシーラが目を丸くすると、ユアは彼が持つ攻略本を指さした。
久しぶりにイマストVで新たに出会うキャラ相手に興奮し始めたのだ。緊迫していた空気も読まないで……。
「コーリャクボン……?」
「“攻略”は“敵陣を攻め落とす”って意味だよ。それが本になってるってどういうこと……?」
アジュシーラが手の中の攻略本に疑問を持つと、黒マスクの青年・レジメルスが「攻略」について説明した。
だが、彼らは「攻略本」が何なのかはわからなかった。
「あなたたち、イマストVのボツキャラでしょ?」
地面に伏せているティミレッジとオプダットが「ボツキャラ……?」と声をそろえて聞いた。
「“ボツキャラ”って言うのは、作られたけど本編には登場出来なかったキャラだよ。本来ならこの三人はイマストVに出る予定だったけど、中止になったんだ。でも攻略本には一人ずつの情報も載ってるし、何ならゲームカードの中にもデータは残ってるんだよ。だから、よっぽどのイマストVファンにはとっくに知られてるんだよね。私ももう三人の名前を覚えたし、どれが誰なのかも見てすぐに……」
ドォン!!
ユアが興奮して早口で解説するが、言い終える前に彼女の横の地面が突然爆発を起こした。
「ゴチャゴチャうるせぇんだよ」
尖った耳の青年・クルエグムが爆発が起きた方へ向かって手を伸ばしていた。魔法を使ったようだ。
彼は静かに言った後、フィトラグスを乱暴に離すと、ユアの真ん前に瞬間移動した。
驚いたユアは後ずさりをするが、クルエグムがすぐに距離を詰め、彼女の胸ぐらをつかんだ。
「ユア!!」
「ユアちゃん!」
立ち上がろうとするティミレッジとオプダットを、アジュシーラが魔法を掛けて動きを封じた。
フィトラグスも体を起こそうとするが、レジメルスに足で背中を押さえつけられてしまった。
クルエグムはユアの胸ぐらをつかんだまま、彼女の後ろにあった木に押し付けた。
「俺らのこと知れてそんなに嬉しいか? 楽しいのか?! 一人騒がしくして耳障りだし迷惑なんだよ! 情報手に入れて弱点探って、しまいには傷つけようとか思ってんだろ?! どこの誰かは知らねぇが、てめぇから殺してやるよ!」
ユアは興奮がすっかり冷め、目の前のボツキャラに怯え始めた。
これまで空想の世界ではこのような悪役に近付くことはなかった。むしろ、その作品のキャラたちが率先して守ってくれていた。
しかし今、仲間たちは動きを封じられ、自身が未だかつてないピンチに襲われていた。
こんなことは初めてだ。
ユアは今度こそ死を悟り、全身がガタガタと震え始めた。
「今さら命乞いしたって無駄だ。俺を怒らせたてめぇが悪いんだからよ!」
クルエグムはユアを掴む力を強めると、空いている方の手から青紫色の球体を出した。
「やめろぉーーーーー!!」
フィトラグスの叫びが野原に響き渡った。
その時、フィトラグスを押さえていたレジメルスと、ティミレッジとオプダットに魔法を掛けていたアジュシーラが急に倒れてしまった。
「どうした?!」
突然の事態にクルエグムはユアを掴んだまま振り返った。
すると、出していた魔法の球体が勝手に弾けてしまった。
それに気を取られていると、今度は彼に紫色の光が直撃した。
「ぐはっ……!」
クルエグムがその場で膝をつくと、ユアはようやく自由になれた。
彼女だけでなく、フィトラグスらが安堵の表情を浮かべた。何故なら……。
「久方ぶりだな」
紫色の長い髪に黒いマントを夜風になびかせながら、ディンフルが姿を現したからだ。




