第15話「魔王と元部下」
夜のフィーヴェ。
ユアたちが無差別襲撃事件の犯人に苦しめられているところに、ディンフルが颯爽と現れた。
「ディンフル!」
「ディンフルさん!」
フィトラグス、オプダット、ティミレッジが彼の名を呼んだ。
「ディン様~!」
ユアは嬉しさのあまり、思わずディンフルに抱き着いた。
「気持ちはわかるが、今はやめておけ。それどころでないことは承知の筈」
「すいません……」
ユアは途端に恥ずかしくなり、彼から離れた。
ディンフルは仲間たちへの挨拶もそこそこに、クルエグムらへ向かい合った。
「お前たちも久方ぶりだが、ずいぶんなことをしてくれたな」
「“久方ぶり”って……知り合い?!」
ユアのみ驚きの声を上げた。
フィトラグスら三人は先日国王から聞き、事情を知っていた。
だが、イマストVの攻略本には「ディンフルの元部下」などの詳細は書かれておらず、ユアだけが今、初めて知ったのだ。
「この人たち、ディンフルさんの元部下なんだよ」
「部下になった覚えなんてねぇよ!」
ユアへ駆けつけたティミレッジが説明すると、食い気味にクルエグムが否定した。
受けたダメージによる苦悶と怒りに満ちた表情で、彼は立ち上がった。
「……お久しぶりだね、魔王様」
同じく、レジメルスも苦痛に顔を歪ませながら立ち上がった。
口調は落ち着いているが、敢えて「魔王様」の部分を強調した。
アジュシーラも立ち上がるが、何も言わない代わりに、憎しみと恐怖が混じったような目でディンフルを睨んだ。
「聞いているぞ。ここ数日、お前たちが暴れ回っていることを」
「上司面で説教でもしに来たのか? あんたに止められようと、俺らはやめねぇ! 人間どもを徹底的に苦しめてやる!」
クルエグムはディンフルに噛みついた。
かつて上司と部下の関係だったが、言うことを聞く気はなさそうだ。
「お前たちの考えはわかっている。それゆえ、期待などしていない」
「は……? わかってるなら、考えたことあるの? 僕らがあんたから離れて行った理由」
レジメルスも反発した。
先ほどまで目の色一つ変わらなかった彼だが、今のセリフには怒りの感情が込もっていた。
「その節はすまなかった。だが、後悔はしていない」
「何だと?!」
ディンフルが伝えると、クルエグムはさらに怒気を強めた。
「後悔してないだと……? 人間が俺らに何したか忘れたのか?! あんただって大事な人、殺されたんだろ?! それなのに瀕死の人間を見逃したり、今だって庇いやがってよ!!」
ディンフルの恋人・ウィムーダは人間から暴行を受けて亡くなった。
それでも彼女は、人間との共存を望んでおり、死ぬ直前まで彼らを信じ続けていた。
だからこそ、ディンフルは人間を殺さず、異次元へ飛ばすという方法を選んだ。
クルエグムが言った「瀕死の人間を見逃した」と言うのは、ディンフルに残っていた優しさによるものだった。
「何だよ、異次元へ送るって? 魔王になったんだから殺せばいいじゃねぇか! 人間は、俺らから家族や友人、故郷も奪って来たんだ! 俺らも、奴らの大事なもの奪ってもいいだろうが!」
「そんなことをしても、解決にはならぬ。失う辛さを知っていたからこそ、殺さなかった」
「綺麗事だね。それに嫌気が刺したから僕たち、離れたんだよ。あんたみたいな中途半端な魔王には仕えたくないし」
クルエグムとレジメルスがそろって、ディンフルを非難した。
「話しても無駄だな。三人まとめて掛かって来い。私が勝てば、こいつらと人間たちには金輪際、近づくな」
ディンフルは魔法で大剣を出した。
「面白ぇ!」とクルエグムは剣を構え直し、レジメルスはファイティングポーズを取り、アジュシーラも青紫色の球体を周囲に出したりと、戦闘態勢に入った。
ユアたちが離れて見守る中、クルエグムが早速、斬り掛かった。
最初は押されたディンフルだが、すぐに払いのけると、クルエグムは吹き飛ばされてしまった。
次にレジメルスが強烈な蹴りを入れた。
ディンフルは剣を持っていない方の手で受け止めると、同じように蹴りを繰り出した。
レジメルスも大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
最後にアジュシーラが、周囲に出した青紫色の球体を次々と放って行くが、すべてディンフルの大剣さばきで相殺されてしまった。
そして、球体がなくなると、アジュシーラの目の前まで一気に距離を詰めた。
「子供だからと言って、容赦はせぬ!」
そう言うと、彼の頬を思いきり引っ叩いた。
「容赦はしない」と言うが、クルエグムやレジメルスと比べれば、明らかに軽かった。
「痛いよ~!!」
だが、子供には強烈な一撃だったようだ。
アジュシーラは大声で泣き始めた。
ユアたちは「助かった……」と胸を撫で下ろすと共に、改めてディンフルの強さを思い知るのであった。
「あきらめろ。お前たちに、私は倒せぬ」
「誰が、あきらめるかよ……!」
クルエグムは負けを認めず、痛みに耐えながらも体を起こそうとした。
倒れた三人の元へ、フィトラグスたちが近づいた。
最初に、オプダットが尋ねた。
「何で、人を襲ったんだ?」
「決まってるだろ。人間が嫌いだからだよ。元魔王だって嫌ってたくせに」
レジメルスは胡坐をかき、倒れた際にズレたマスクを整えながら答えた。
「ディンフルさんは色々あって考え直したんだよ。君たちも考え直せば……」
「冗談じゃねぇ!!」
ティミレッジが言い掛けると、クルエグムが乱暴にさえぎった。
「誰が、人間に対して考え直すものか!」
アジュシーラは文句を言いながらも、まだ目に涙を浮かべていた。
ディンフルはため息をつくと、まだ立てそうにない三人の前に片膝を立ててしゃがみ込んだ。
「城を出てから、どこで何をしていた?」
「あんたに関係ない」
レジメルスが無感情で言ったきり、他の二人も仏頂面のまま答えなかった。
「関係ないことはない。お前たちはまだ若い」
「年上ぶってんじゃねぇ!! 人間を助けて、俺たちディファートを裏切ったくせに!」
「別に裏切ってなど……」
反発し続けるクルエグムに、ディンフルはどうすればいいかわからず、言葉を切ってしまった。
「あの御方とは大違いだ」
クルエグムはディンフルから視線を逸らしながら、つぶやいた。
その意味深な発言を、ディンフルは聞き逃さなかった。
「あの御方……? 誰のことだ?」
聞かれたクルエグムは、ニヤリと笑いながらディンフルを見た。
「待ってました」と言わんばかりの笑みだった。
「“血筋の者”……とでも言っておこうか」
聞いても、ユアたちは首をかしげるばかり。
だが、今の発言でディンフルのみ胸騒ぎを覚え、眉間にしわを寄せた。
そこへ、一行を再び突風が襲った。
最初のアジュシーラが現れた時よりも強い風だった。
「ここに居たのか」
風が止むと、男性の低い声がした。
ユアたちの前には、青紫色のオールバックの短髪、黒いロングコートを着た長身の男性が立っていた。
さらに隣には、長いウェーブ状の黒髪に、ゴスロリを思わせるダークな色調のメイクに、黒を基調としたジャケットにロングスカートを履いた女性がいた。
男性が姿を現すと、三人衆は痛みに耐えながら体を起こし、彼へ向かってひざまずいた。
「探したのよ。みんなそろって出て行くなんて、本当に仲が良いのね」
一緒に来ていた黒髪の女性が、楽しそうに言った。
彼女を無視して、クルエグムは男性へ尋ねた。
「ヴィヘイトル様、何故こちらへ?」
先ほどまで乱暴に振る舞っていたクルエグムでさえ、「ヴィヘイトル」と呼ばれる男性へ敬意を払っていた。
「ヴィヘイトル……?」
名前を呼ぶディンフルは、血の気が引いた。
「お前もいたのか、ディンフル」
ヴィヘイトルはクルエグムには答えず、まっすぐにディンフルを見つめた。
思わず、ティミレッジが「あの人も知り合いですか?」と尋ねた。
「……兄だ」
ディンフルが声を絞り出して答えると、他の四人は固まった。
ユアは、新しく来た二人も攻略本で知っていたが、やはり詳細は初耳だった。
そしてその兄は今、無差別事件の犯人のディファートから敬われている。
五人全員、嫌な予感がした。
「ほう。クルエグムたちから聞いてはいたが、また人間に心を許したようだな? ウィムーダを殺され、俺と同じ人間嫌いになったのではないのか?」
「貴様には、関係ない……!」
「“人間と仲良くしたい”などと戯言を言っていた彼女、人間どもに殺されたのだろう? あんな奴らに媚びるからだ」
「ウィムーダを悪く言うな!! 彼女は間違っていない!」
会話の時点で、ユアたちはこの兄弟が親密でないと察した。
それも、ただの不仲ではない。
ディンフルが大切に想って来たウィムーダをヴィヘイトルは良く思っておらず、故人であるにもかかわらず冒涜した。
「恋人を殺されたのに、人間と一緒にいるのか? 昔から中途半端だな、ディンフル。今回も結局、世界を支配せずに終わったではないか」
「黙れ!! これで良かったのだ!」
ヴィヘイトルは余裕からか常に怪しい笑みを浮かべ、逆にディンフルはずっと焦っていた。
ユアは、超龍戦以外で切羽詰まった彼を初めて見た。
目の前にいる五人は明らかに味方の雰囲気ではない。
ユアは不吉な予感に、だんだん胸が苦しくなって来た。




