第12話「居場所を求めて」
リアリティア。
ユアは職業紹介所へ来ていた。
老師から二つのアイテムをもらったその夜、アヨやギャルたちから無職であることをからかわれ、一刻も早く働きたかった。
だから、仕事を探しに来たのだが……。
「ユア・ピートさん、こちらへどうぞ!」
職員から大きな声で呼ばれるとその場からどよめきが起こり、ユアは注目の的になった。
動画がすでにたくさんの者に見られていると思うと恥ずかしくなり、思わず紹介所から走って逃げてしまった。
◇
そういうわけで、今日もミラーレに来てしまった。
昨日は弁当屋に頼み込んだが、この世界には他にも働けそうな場所があった。
今日はキイの両親が経営する「キーワード図書館」に来た。
ユアを見るなり、キイとその母であり副館長のシオリがやって来た。
「聞いたぞ。向こうの弁当屋を辞めたそうだな?」
キイと弁当屋のとびらは家族ぐるみの付き合い。
昨日ユアが来たことは、図書館組の耳にも入っていた。
しかし、シオリは違うことが気になっていた。
「今日はディンフルさん、一緒じゃないの?」
「あ、はい。最近ディン様とは会えてなくて……」
「“ディン様”?! そんな風に呼んでるの?! 私も呼ぼうかな~?」
「やめてくれ。いい歳してみっともない……!」
羨ましがるシオリへキイが怒りを交えてつっこんだ。
シオリは館長でありキイの父・ワードと恋愛結婚したが今も惚れっぽく、イケメンのディンフルにも一目惚れしていた。
それでも浮気までは発展せず最終的にはワードへ戻って行くので、キイもそこまで心配はしなかった。
むしろ、すっかり慣れていた。
「今日はどうしたんだ?」
「あの……、もし人手が足りてなかったら、ここで……」
「ダメ」
ユアが言い終えるのも待たずにシオリは即答した。
「最後まで聞いてやれよ!」
「“働かせて下さい”って言おうとしたんでしょ? それなら無理だから」
ディンフルを想ってときめいていた様子から打って変わって、シオリは冷静に言った。
「私が“ディン様”って呼んでるから……?」
「ディンフルさんは関係ない。昨日まりねんから聞いたと思うけど、弁当屋が苦戦しててキイがこっちに戻ったのよ。館長と副館長の私とキイの三人がいるから、今は人手が足りているの。だから、ごめんね」
キーワード図書館自体、自宅の一部としてあるのでさほど大きくは無かった。そのため管理も三人で出来るので、これ以上の助けは必要ないそうだ。
ユアは納得するしかなかった。
「ミラーレに来るってことは、リアリティアでは難しいのか?」
「わけあって、今は……」
心配するキイへ気落ちしながら答えるユア。
「こっちで他に探してみる? 弁当屋や図書館以外にもお店があるから」
シオリが提案してくれた。
働けるなら、知っている人がいる弁当屋や図書館である必要は無かった。
今は妥協している場合ではない。
ユアはこの時、タイプの合わない店で働くアヨの気持ちが少しだけわかった。
図書館で話をしていると、弁当屋からまりねが迎えに来て「今日は泊まって行きなさい」と言ってくれた。
ユアも寮へ帰る気分ではなかったので、ファンタジーフォンでアクセプト寮へ電話を掛け、外泊の許可をもらった。
早速、ファンタジーフォンが役に立った。
お言葉に甘えて「ネクストドア」の二階に泊めてもらった。
夕食時、リアリティアで仕事を探さない理由を聞かれたユアは、もう隠せなくなった。
リマネスに撮られた動画のことや店で働く姿を盗撮された上、ネットに上げられたこと全てを打ち明けた。
「それはひどいよ!」
「本人が嫌がっているのに動画を上げるなんて! 盗撮もひどすぎるわ!」
「犯罪だよ!」
とびら、まりね、こうやが自分のことのように憤った。
さらに事情を知ったまりねたちは「ミラーレで仕事を探しなさい」と言ってくれた。
稼いだお金も今はリアリティアでは使えないが、いずれ会うディンフルに両替してもらえば大丈夫だと思った。何より、働く経験を積むことが出来る。
動画のことは話したくなかったが、共感してくれた三人を見て、ユアは胸の内がスッキリした。
心からとびらたちへ感謝するのであった。
「こっちで働くなら寮は?」思い出して質問するこうや。
「そうね……。ここがあるし、もう出てもいいんじゃない?」
まりねの提案にやはりユアは甘えられなかった。
弁当屋も今は経営が苦しい時。そんな時に置いてもらうのは申し訳なかった。
「大丈夫です! 寮には動画のことを理解して、心配もしてくれているので」
もちろんウソだった。
せっかく出来た友人たちもアヨへなびいてしまい、居場所を無くしたのも事実だ。
寮を出たい気持ちをユアは必死に抑えていた。
その夜、弁当屋の二階から久しぶりに外を眺めた。
近くに見える公園はディンフルと出会った思い出の場所だ。
そこのベンチが目に入った瞬間、ユアは猛烈に彼に会いたくなった。
「最近連絡ないけど、元気かな……?」
ディンフルだけでは無かった。
同じイマストVのフィトラグス、ティミレッジ、オプダット、ソールネム、チェリテットにも会えていないどころか、声も聞けていない。
ユアは前の戦いで超龍に飲み込まれたことを思い出していた。
自身の死を悟ると「こうすれば良かった」「ああすれば良かった」と数々の後悔が走馬灯のように浮かんで来た。その時に「ゲームの世界に自由に遊びに行きたかった」と振り返った。
これまでゲームの世界を行き来して来たが、遊べてはいなかったのだ。
と言うのも、ユアが行く時はいつもゲームの発売直後。その時期はキャラたちが自分たちの戦いに集中しており、非力のユアはいつも遠回しに見るか守られる存在だった。
なのでキャラたちとゆっくり話したり、遊べてはいなかったのだ。
もう一つ大事なことを思い出した。
異世界とリアリティアを行き来できるのは、生来の力を持つユアと移動魔法のレベルを上げまくったディンフルのみ。
ディンフルは最近フィーヴェに蔓延る邪龍と魔物退治で忙しい。
つまり他の仲間は彼に頼るのが難しく、ユアから皆へ会いに行かなければならなかった。
「みんなはリアリティアへ来られないんだった……」
思い立ったが吉日。
ユアは寝間着から着替えると、フィーヴェへ飛ぶように念じた。
しかし何も起こらなかった。
前にフィーヴェ内を移動しようとした時と同じで、異世界同士の移動は出来ないのだ。
「やっぱり、リアリティアから飛ばないとダメか……」
ユアは気が進まないが、一旦リアリティアへ飛んだ。
◇
リアリティア。たどり着いたのはアクセプト寮の庭。
何やら玄関が騒がしく、フィーヴェへ飛ぶ前にユアは耳を澄ませた。
「困ります!」
声を上げていたのはアクセプト寮の寮母。
向かいにいるのはスマホを持った三人の若い男性たち。
縦に構えている様子から、怒る寮母を撮っているようにも見えた。
「頼むよ~。俺たち、ユアちゃんの大ファンなんだ」
「帰って下さい! ユアはこの寮にはいません!」
「ウソつくな! ここにいるって情報が出回ってんだよ!」
「隠すなら訴えるぞ!」
「警察呼びますよ!!」諦めが悪い三人組へ寮母は負けずに言い返した。男性の「訴えるぞ」は明らかに逆ギレ発言である。
その時、寮の中からラッカが出て来た。
「通報しました! 今もスマホで撮ってますよね? 犯罪ですよ!」
彼女の言葉で三人組はようやく怯み、寮母たちを睨みつけて帰って行った。
彼らがいなくなると、寮母は「ありがとうね、ラッカさん。助かったわ……」と疲れ切った声で感謝し、中へ入ってドアを閉めて行った。
(寮にまで変な人が押し掛けて来たの……? 今度はここのみんなが危ない!)
隠れて聞いていたユアのモヤモヤは募る一方だった。




